2024年、日本の地経学環境の新たな変化:経済は「力に基づく国際秩序」に覆われるか

執筆者:鈴木一人 2024年1月1日
エリア: アジア 北米
台湾の総統選・議会選を見越した中国は「恵台政策」と高関税など硬軟両様の働きかけを強めてきた[支持者と握手する台湾の民進党総統候補、頼清徳氏(右から2人目)=2023年12月26日、台湾・台北](C)AFP=時事
世界的に大きな選挙が続く2024年、各国・地域が内向き志向を強めるのは確実だ。台湾総統選に干渉する中国、大統領選を控え政権批判が広がるアメリカなど、大国もなりふり構わぬ自国ファーストに動けば世界の秩序が揺らぐだろう。ウクライナやガザ情勢の背景にある「力」で秩序を変えようとする動き。これが経済の領域にも広がることに、歯止めをかける必要がある。

 2024年は歴史的に見ても面白いくらい、大きな選挙のある年となる。1月13日の台湾総統選挙と議会選挙はもちろんのこと、11月5日のアメリカ大統領選挙と連邦議会選挙は、世界秩序を揺るがす可能性のある選挙である。その他にも、欧州各国で台頭する極右ポピュリスト政党が参加する欧州議会選挙(6月6日~9日)があり、その選挙結果次第では、2期目を目指すとの見方が強いウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長(現任期は10月31日まで)が交代することも考えられる。

 4月か5月にはインドの総選挙が予定されており、ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)が勝つと見込まれているが、BJPが野党の選挙を妨害するような政策をとる可能性もあり、インドの民主主義のあり方を問う選挙となるだろう。ロシアの大統領選も3月17日に予定されているが、ウラジーミル・プーチン大統領の再選はほぼ確実だとしても、どの程度の投票率となるのか、また選挙不正をめぐる抗議が起こるのかどうかといった点に注目が集まるだろう。また、日本やイギリスでは年内の選挙は予定されてはいないが、政治状況次第では解散総選挙ということもありうる。

 このように、重要な選挙が控える中、2024年はどのような地経学――すなわち地理的に規定された国際関係における経済的な側面――がどのように変化していくのかについて論じてみたい。

台湾での選挙の影響:懸念される中国の経済的威圧

 台湾はTSMCをはじめとする半導体製造の中心地であり、台湾で何かが起これば世界経済に多大な影響が及ぶリスクがある。地震や台風といった自然災害に対しては、台湾も多くを経験し、十分な備えがあるが、中国との関係が悪化すれば、台湾をめぐる環境も大きく変わりうる。

 そんな中で1月の総統選挙と議会選挙が行われる。現時点で総統選挙では、民進党の頼清徳副総統が一歩リードしている状況だが、国民党の侯友宜が追い上げており、本稿執筆時点ではまだ確実な予測ができる状態ではない。仮に頼清徳が勝利すれば、現状の継続となるとは思われるが、中国としては最も望ましくない結果であり、さまざまな形で頼政権に対して嫌がらせをするだろう。

 しかし、台湾の選挙でより重要なのは、議会選挙になるかもしれない。というのも、台湾の政策決定において、議会は立法や予算の決定権を握っており、総統が進めようとする政策を妨害することが可能だからである。蔡英文政権においては政権政党の民進党が議会でも多数を占め、大きな障害はなかったが、陳水扁政権(2000~2008年)のときには総統府と議会のねじれ現象が起こり、政策の遂行が困難になっていた。頼清徳政権でもそうしたことが起こる可能性はある。

 総統府と議会のねじれは、中国による台湾有権者へのさまざまな働きかけと相俟って、次期政権を極めて不安定な状況に追い込みかねない。しばしば中国によるディスインフォメーション工作などが問題とされるが、台湾は国共内戦以来、ずっと中国からの圧力にさらされ、偽情報による社会的な分断の工作を受け続けていたため、それなりの耐性がついている。また、2018年に日本を襲った台風21号で関西空港が孤立した際に、中国大使館は中国人を救済したのに、台湾の外交部は台湾人を救助しなかったという偽情報が出回ったことで担当者が自殺する悲劇があったが、それ以降、こうした偽情報に対する警戒心も強まっている。

 そのため、中国は経済的手段による働きかけも活発化させた。中国は2022年に台湾産高級魚のハタの輸入を停止したが、これを再開して民進党の票田である漁業者に恩恵を与えたり、農産物の輸入を積極的に行うといった、いわゆる「恵台政策」を展開している。他方で、台湾独立の意識の強い地域の産品に対しては選択的に高関税を課したり、輸入制限を行うなど、経済的な圧力をかけている。中国と台湾の間にはECFA(海峡両岸経済協力枠組み協定)と呼ばれる貿易協定があり、一方的な関税や輸入制限などは認められていないのだが、中国は台湾製品や農産物の安全性などを理由に台湾との貿易を制限している。

 仮に頼清徳が勝利した場合、中国はこうした経済的威圧をさらに強めるものと思われる。馬英九政権(2008~2016年)時代に進んだ中国市場への依存がアキレス腱となり、台湾がそうした経済的威圧に抵抗力を失えば、中国との貿易制限で不利益を被る企業や農家が頼清徳政権に圧力をかけ、中国との宥和を求めるかもしれない。

アメリカ大統領選挙の影響:さらに「アメリカ・ファースト」化

 地経学的観点から見れば、11月に行われるアメリカ大統領選は、アメリカ政治のみならず世界の地経学的秩序を大きく変えかねない重要な選挙なのは間違いない。

 現時点では共和党の予備選も始まっておらず、誰が候補になるかは決まっていないが、ドナルド・トランプ前大統領が圧倒的な優位にいるとの世論調査が多い。かなり高い確率でトランプ前大統領が共和党の候補となり、11月の本選ではジョー・バイデン大統領対トランプ前大統領という再試合が繰り広げられることとなるだろう。どちらが勝つのかを予想することは困難であるが、いくつか勝敗を分けるポイントはある。……

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
鈴木一人(すずきかずと) すずき・かずと 東京大学公共政策大学院教授 国際文化会館「地経学研究所(IOG)」所長。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、編・共著に『米中の経済安全保障戦略』『バイデンのアメリカ』『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』『ウクライナ戦争と米中対立』など多数。
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