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米情報機関がゼレンスキー大統領らを「監視」「盗聴」:ウクライナの「対露攻撃禁止」は緩和

執筆者:春名幹男 2023年8月29日
エリア: 北米 ヨーロッパ
表面上はにこやかだが、意思疎通を欠いているのか(G7広島サミットでのゼレンスキー・バイデン両大統領:ウクライナ大統領府HPより)
ウクライナによるロシアへの直接攻撃を警戒してきた米国は、そのスタンスを微妙に修正しつつも、依然としてNATOへの戦線拡大リスクに神経を尖らせている。だが、対露交渉で優位に立つことを視野に入れたウクライナ側とは意識にギャップがあるようだ。米情報機関によるゼレンスキー大統領らへの「監視」「盗聴」で、そうした実態が明らかになった。

 激戦が続くロシアのウクライナ侵攻で、ジョー・バイデン米政権はウクライナに巨額の軍事援助を供与してきた。

 それと同時に米国はウクライナに対して、ロシア領への越境攻撃や「秘密工作」を控えるよう求めた。ロシア領内で米国製兵器を使用しないというルールも課した。

 ロシアは直接攻撃を受けたら報復のために戦線を拡大し、北大西洋条約機構(NATO)同盟諸国を攻撃するような事態に陥る可能性を米国は恐れている。

 だから、米情報機関はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領やキリロ・ブダノフ国防省情報総局(GUR)長官らの言動を監視し、盗聴などの手段で、彼らの本音を探ってきた。その事実が『ワシントン・ポスト』が入手した米国家安全保障局(NSA)の機密文書から明らかになった。

欠ける意思疎通

 米国とウクライナはがっちりスクラムを組んでいるように見えるが、実際には相互の意思疎通を欠いている。

 実は、ゼレンスキー大統領は部内で、ロシア国内の「都市占拠」やロシア―ハンガリー間の「石油パイプライン爆破」といった過激な工作を提案している。ブダノフ長官は今年2月24日の開戦1周年記念日に「大規模な対露攻撃」の準備をするよう指示していた。

 開戦記念日の攻撃計画に対し、米国が「延期」を要請したためウクライナは折れ、2日前の22日、米中央情報局(CIA)は「GURは延期に同意した」と報告している。

 しかし、こうした米国の配慮の結果、ロシアによるNATO諸国への戦線拡大が抑えられてきたわけではなさそうだ。現実には、ウクライナがドローンでモスクワを爆撃し、ベルゴロド地域の村々に対して砲撃するといった越境攻撃を続けても、ロシアは報復のためにNATO諸国を攻撃しようとはしていないのだ。

 このため米国は5月下旬に政策を変更、ウクライナに対し、ロシアへの直接攻撃の禁止を求めないことになった。

米国は「どこを攻撃するな」とは言わない

 米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は5月31日の記者会見で、次のような新しい政策を公表した。

〈わが国は彼らにどこを攻撃するな、とは指示しない。どのような作戦行動を行うか、についても言わない。装備を与えるし、訓練もする。助言もするし協議もする。図上演習で支援もする。だが、最終的には軍事行動はゼレンスキー大統領と彼の司令官たちが決定する〉

 というのだ。そもそも論だが、欧米の戦争の現実として、もっぱら防衛に徹して、敵と戦うのもウクライナ領土内だけ、という戦争論は通常あり得ない、という事実も考慮した結論のようだ。

 しかし、その翌週6月5日の記者会見で、カービー調整官は再びこの問題で、極めて微妙な米国の立場を次のように説明した。

〈わが国はロシア領内での攻撃を奨励もしないし、可能にすることもしない。わが国の努力は、彼らが自衛し、領土を防衛、主権を守ることを支援することである。彼らが独立と領土を取り戻すのをわが国は助ける〉

 この部分は、バイデン大統領の『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿の一部とほぼ重なる。

 つまり、ウクライナによる対露直接攻撃を積極的に賛成しているわけでもない、ということをあえて主張したのだ。米国はロシアを過度に刺激することをなお恐れている。だが、ウクライナ側からすれば米国は「優柔不断」としか映らないだろう。

核使用の危険性がある3ケース

 その裏には、なお核戦争ないしは第3次世界大戦への展開という危険なリスクの芽を摘んでおきたいというバイデン政権の意図も隠されているとみていいだろう。

『ニューヨーク・タイムズ』によると、米情報当局は、ロシアが戦術核を使用するケースは次のような3つの局面だと指摘している。

■ウラジーミル・プーチン大統領の政権維持が脅かされた場合

■ロシア軍がウクライナで完全に崩壊し始めた場合

■ロシアがクリミア半島を失う局面に直面した場合

 またウクライナ軍のロシア国内攻撃でも、

■誤算や失敗の結果、想定以上のダメージをもたらした場合

■より強力な反撃が必要だとクレムリンが考えた場合

■ウクライナの戦線拡大に反対する欧州諸国間で緊張と対立が深まった場合

 こうした事態は、相当危険な状況をもたらすとみている。

「プリゴジンの乱」に手を出すな

 こうしたリスク予測からみて、これまでで最悪の危機に瀕する可能性があると米国が恐れたのは、6月の「プリゴジンの乱」だったとみられる。

 実は「乱」の進行中に、バイデン米政権はウクライナに対して、次の3点を要請した、と『ニューヨーク・タイムズ』は伝えている。

 その3点とは、

(1)ロシア国内で秘密裏に攻撃作戦を実施しない

(2)「乱」の結果に影響を与えることをしない

(3)混乱状態に乗じる行動に出ない

 ウクライナ側にこうした警告をした理由は、

■「乱」は米国かウクライナが画策した、と主張する口実をロシア側に与える

■ウクライナ軍がプリゴジン氏の目標に大きい影響を与えることはなさそうだが、プーチン大統領には西側非難の口実を与える

 ――とみられたからだ。

 その後、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はロシアのテレビで「米国がウクライナに対して、この機を捉えてロシア国内で破壊活動をしないようにと指示していた」と発言しており、米側の動きを知らされていたようだ。

 またウィリアム・バーンズCIA長官は「乱」の翌週、ロシア側のカウンターパート、セルゲイ・ナルイシキン対外情報局(SVR)長官に電話し、米国はプリゴジン氏の蜂起とは無関係、と伝えたという。

 プーチン政権の維持に関わるこうした問題に、米国は極めて神経質であることが分かる。

ゼレンスキー大統領の過激な提案

 しかし、戦争の当事国ウクライナは立場が異なり、対露工作でも米側が反対するような過激な計画を進めてきた。『ワシントン・ポスト』が入手したNSAの機密文書からその生々しい現実が明らかになった。

 機密文書は、マサチューセッツ州兵空軍部隊基地で、若い州兵が漏洩し、ゲーム仲間とチャットルーム「ディスコード」で共有していた(2023年4月28日『米機密文書漏洩“21歳州兵に最高機密”という事情:スーダンでは貴重な情報も』)ものだ。

 それによると、今年1月の部内の会議で、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍地上部隊がロシア領内に進軍し、「国境地帯の未特定の複数の都市を占領する」という軍事作戦を提案した。「ロシアとの交渉でウクライナ側が優位に立つ」のが目的だと述べたという。

 恐らく、停戦交渉になった場合、クリミア半島や東部ドンバス地方のロシア軍が占拠する領域に対抗して、ウクライナ側もロシア領土を占領し、強い立場から交渉する必要性を主張したとみられる。

 また2月中旬、ユリア・スヴィリデンコ第1副首相との会議で、ウクライナは「ハンガリーに石油を供給する旧ソ連製の石油パイプラインを爆破すべきだ」と述べたという。

 世界的にその指導力を称賛されるゼレンスキー大統領が、こうした過激な提案をしたことに驚かされた。しかし雑なアイデアで、いずれも提案は実行されなかったようだ。

大橋爆破でロシアがウクライナ長官に逮捕状

 他方欧米の政府は、ブダノフGUR長官の手腕を認めている。だが同時に、彼の大胆な工作の危険性も警戒している。3年前に34歳の若さで抜擢された長官は、ゼレンスキー大統領の期待も大きい。

 米情報コミュニティは長官の通信を監視している。彼をインタビューした『ワシントン・ポスト』によると、GUR本部の彼のオフィスは盗聴を避けるためか、恒常的に音楽と雑音が流されていた。

 対外秘密工作はGURの権限とされており、これまでさまざまな工作に関与した可能性が注目されてきた。

 関与したとみられる最も大規模な工作は、2022年10月8日のクリミア大橋爆破事件だ。今年4月21日、ブダノフ長官自身が「首謀者」として、モスクワの裁判所から逮捕状が出ており、ロシア情報機関「連邦保安局(FSB)」の監視対象にもなっている。

 FSBは事件の4日後、関係者として5人のロシア人と3人(内訳不明)のウクライナ人、アルメニア人を逮捕したと発表した。ただ彼らが自供したかどうかは不明だ。

 発表によると、事件の約2カ月前の昨年8月に、ウクライナ南部のオデーサ港からロシア南部に向けて重さ22トンの爆弾が積み出され、その後トラックに搭載、クリミア大橋で爆発させたという。大橋はウクライナ侵攻では戦闘用物資の主要な供給ルートで、ウクライナへの輸送に利用されてきた。

 また、GURはシリアに展開するロシアの民間軍事会社「ワグネル」の傭兵をクルド人組織の支援を得て攻撃するという異例の工作にも関与したと伝えられているが、詳細は不明だ。

 いずれにしても、ロシアに対する直接的な攻撃はウクライナ市民の間で「意気高揚」の効果があると言われ、ロシア国内でのミステリアスな爆発の煙をあしらった模様のTシャツに人気があるという。ウクライナ側は、米国が懸念する「秘密工作」の危険なリスクには深刻に向き合っていないようだ。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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