ウクライナ、クリミア攻撃の背景にある歴史の重みと戦略的意義

執筆者:真野森作 2023年10月6日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
新たな国防相にはクリミア・タタール人のルステム・ウメロフが就任した[議会で演説するウメロフ=2023年9月6日、ウクライナ・キーウ](C)AFP=時事
クリミア半島とその周辺地域に対するウクライナの攻撃が本格化している。2014年にロシアが一方的に併合したクリミアは、スターリンによるクリミア・タタール人の強制移住から始まる現代史と戦略上の重要性の両面で、戦争の行方を確実に左右する要衝だ。13年からウクライナ情勢をウオッチしている筆者が、この半島が持つ重みと展望について現地での取材を基に解説する。

 ロシアに対するウクライナの反転攻勢が続く中、侵略の「原点の地」が再び注目されるようになっている。それは、ウクライナ南部クリミア半島だ。2014年3月にロシアが一方的に自国領へ併合した行為は、実態としては武力を用いた侵略だった。このとき国際社会は微温的な態度にとどまり、8年後の全面侵攻につながった。

 ロシア軍の要塞と化したクリミアに対し、その奪還を目指すウクライナは今年6月から攻撃を次々と繰り出している。また、同9月上旬には半島の先住民族であるクリミア・タタール人がウクライナ国防相の要職に就いた。

中央アジアに強制移住させられたクリミア・タタール人

 そもそもクリミア半島とはどのような土地か。黒海に突き出たひし形をしており、その面積は日本の四国の1.4倍ほどだ。地理的条件からさまざまな民族が住み着き、古代にはギリシャの植民都市もあった。中世に入ると、モンゴル帝国の流れをくむイスラム王朝、クリミア・ハン国が成立。やがて、同じチュルク系の強国オスマン帝国の保護下に入った。

 現代につながる大きな転機は18世紀後半に訪れる。露土戦争に勝ったロシア帝国がクリミア進出を開始し、1783年にクリミア・ハン国は滅ぼされた。そして、ロシア人たちの入植が始まり、追いやられたクリミア・タタール人は少数派に。かのヤルタが有名なクリミア南部はロシアきっての保養地となり、ロシア文学の舞台にもなっていく。

 帝政ロシア崩壊後、ソ連支配下でクリミア・タタール人はさらなる悲劇に見舞われる。ナチスドイツとソ連が戦っていた第2次大戦中の1944年、ソ連の独裁者スターリンの指導下でクリミア・タタール人は「対敵協力民族」と決めつけられ、中央アジアへ民族まるごと強制移住させられた(帰還は91年のソ連崩壊前後からとなる)。その穴を埋めるように、多くのロシア人、ウクライナ人が半島へ入植した。

 クリミア半島は54年、ソ連内でロシア共和国からウクライナ共和国に管轄が移され、ソ連崩壊以降は独立したウクライナの領土となった。こうした歴史的経緯からウクライナの中で特にロシア系住民が多く、一方で、少数民族も暮らす複雑な土地柄となった。

 2014年2月、ウクライナでの政変でロシア寄りのヤヌコビッチ政権が倒れると、プーチン露政権はすかさずクリミア半島を露軍の覆面部隊で制圧。現地の親露派勢力と住民投票を強行して、ロシアへの併合の口実にした。ロシアでは「失地回復」に愛国ムードが盛り上がり、政権の支持率は上昇。半島はプーチンにとって虎の子というべき象徴的な土地となった。

クリミア攻撃強化の背景

 今年6月上旬にウクライナ軍が反転攻勢を開始して以降、クリミア半島と周辺地域に対する攻撃は徐々に本格化してきた。

 6月22日、半島と本土の南部ヘルソン州を結ぶ橋が、ウクライナ軍による攻撃で損傷した。7月17日、半島とロシア南部を結ぶ「クリミア大橋」への攻撃で道路部分の一部が崩落。大橋への攻撃は22年10月に続いて2回目となった。ウクライナ側はのちに、爆発物を搭載した無人艇(水上ドローン)2隻による作戦だったと公表した。

 8月5日、半島とロシアの間に位置するケルチ海峡の南方を航行していたロシアのタンカーが水上ドローンによるとみられる攻撃を受け、船体が損傷。翌6日、半島と南部ヘルソン州を結ぶ二つの橋を狙った攻撃があり、橋やガスのパイプラインが損壊。同12日、露国防省は「クリミア大橋へのミサイル攻撃を迎撃した」と発表した。

 ウクライナ独立記念日の8月24日には大胆な動きがあった。ウクライナ国防省は、特殊部隊が半島への一時上陸作戦を決行し、ロシア軍の装備を破壊したと公表。報道によると、小型船を用いて半島西端の海岸に上陸して国旗を掲揚した後、引きあげた。

 9月に入っても攻撃は止まらず、ロシア海軍・黒海艦隊が拠点を置く半島南部セバストポリが標的に。9月13日、巡航ミサイルや水上ドローンによる同地への攻撃で大型揚陸艦と潜水艦を損傷させた。英国供与の長距離巡航ミサイル「ストームシャドー」も使われたと報じられている。さらに、本丸と言うべき黒海艦隊司令部に対しても、同22日、ウクライナ軍のミサイル攻撃がなされた。ウクライナ側はこの攻撃で露軍黒海艦隊司令官ら幹部が死亡したと主張している。

 なぜ、ウクライナはクリミア攻撃を強化しているのか。まずは、昨年5月に取材した現地識者の声を紹介しよう。

「ウクライナを侵攻開始前の状態に戻すだけでは、ドンバスとクリミアの問題が残り、それは戦争が再び繰り返されることを意味する。国民の大多数は、そうならないように敵を国土全てから追い出したいと望んでいる」……

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
真野森作(まのしんさく) 毎日新聞記者。1979年生まれ、東京都出身。一橋大学法学部卒。2001年、同社入社。北海道支社報道部、東京社会部、外信部、ロシア留学を経て、13~17年にモスクワ特派員として旧ソ連諸国をカバー。20~23年にはカイロ特派員として中東・北アフリカ諸国を担当し、ロシアのウクライナ侵攻も現地取材した。単著に『ルポ プーチンの戦争―「皇帝」はなぜウクライナを狙ったのか』(筑摩選書、18年12月刊)、『ポスト・プーチン論序説 「チェチェン化」するロシア』(東洋書店新社、21年9月刊)、『ルポ プーチンの破滅戦争―ロシアによるウクライナ侵略の記録』(ちくま新書、23年1月刊)がある。
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