米空母打撃群中東展開に見る「抑止のための軍事活動」のジレンマ(上)

執筆者:小木洋人 2023年11月21日
エリア: 中東
「地域紛争へのエスカレーションを防ぐ」という目的を強調すればするほど、米国が紛争の水平的拡大を何よりも恐れていることが同時に強調されてしまう問題がある[それぞれの打撃群およびイタリア海軍の艦船とともに地中海を通過する空母ジェラルド・R・フォード(下)と空母ドワイト・D・アイゼンハワー(右上)=2023年11月3日](C)United States Navy / Petty Officer 3rd Class Janae Chambers
中東情勢緊迫化に対応して、米軍は2つの空母打撃群を派遣するなど大規模展開を開始した。その目的はイラン及びイランの支援を受けたヒズボラ等による本格的な紛争参加に対する抑止と、イスラエルへの安心供与によって同国の軍事攻勢を抑止するという「二重の抑止」と見られるが、「意図の透明性」を維持しながらエスカレーション防止を図る米軍のアプロ―チは根深いジレンマを抱えている。

 米国防省が2022年10月に公表した国家防衛戦略(2022NDS)は、中国を「米国に対する最も包括的かつ深刻な課題」、ロシアを「急迫した脅威」と位置付けて防衛上の対処の優先事項とした。これらの主要な脅威認識の陰で、あまり注目されなかったのが、その他の脅威についての言及である。2022NDSは、優先事項である中露への対処に取り組む過程で、北朝鮮、イラン、暴力的過激派組織といったその他の継続的脅威に対しては、警戒を続けつつも、「想定されるリスク(measured risk)を甘受する」と明言した

 10月7日に発生したハマスのイスラエルに対する攻撃とその後の展開を踏まえれば、この2022NDSの文言は示唆的である。1年前の段階で、米国は、中露への対処を優先する中で、中東への関与やテロとの戦いに米国はこれまでどおりには資源を投入しないという姿勢を明確にしていたからだ。戦略文書の役割が優先事項の提示であることを踏まえれば、「優先しない事項」を明確にすることは重要である。

 問題はその戦略の履行である。今般のハマスによるイスラエル攻撃を受けた中東情勢の流動化に際して、米国が1年前に表明した優先順位に基づき行動しているようには思えないからだ。米国政府は、イスラエルに対してアイアン・ドーム防空システムの迎撃体誘導爆弾等の供与を表明するとともに、議会に対し約1059億ドル(約16兆円)に及ぶイスラエル、ウクライナ等支援を目的とした安全保障援助パッケージ予算(うちイスラエル支援関連は約143億ドル=約2兆円)を要求した。また、2つの空母打撃群を東地中海に派遣するとともに、F-35、F-15、F-16、A-10戦闘機部隊やTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)、追加のパトリオット地対空ミサイルを中東地域に展開することとしている。

 米国の現有空母11隻中の2隻を中東対応に充てていることや、軍事援助パッケージのうち台湾などインド太平洋等向け支援がイスラエル向けの2分の1であることを踏まえると、バイデン政権は、2022NDSで表明した優先順位どおりには対応していないのかもしれないという疑念が浮かび上がってくる。米国はなぜ中東に空母打撃群等の大規模部隊を展開しているのか。そして、それらは抑止力として機能するのか。本稿では、抑止のための平素からの軍事活動に内在するジレンマに焦点を当ててこれらの疑問への答えを探ってみたい。

「二重の抑止」のための部隊展開

 米国防省は10月14日、USSフォード空母打撃群に加えてUSSアイゼンハワー空母打撃群を地中海に追加派遣する際、その目的について、「イスラエルの安全保障に対する揺るぎのないコミットメントと、戦争をエスカレートさせようとする国家及び非国家主体を抑止するため」と発表している。また、10月21日にUSSアイゼンハワー空母打撃群を米中央軍の担任区域内に移動させる(すなわち、地中海からアラビア湾方面へと移動させる)とともに、THAAD等の防空ミサイル部隊を展開させる決定を行った際には、「地域における抑止の取組と米軍の部隊防護を強化し、イスラエルの防衛を援助する」と説明している。

 米国防省高官による記者ブリーフィングは、その意義についてさらに、米空母打撃群は情報収集から長距離打撃まで全方位的な多用途性を有しており、あらゆる事態に対応できる態勢を築き、紛争が地域に伝播するリスクを最小化することができると敷衍する。また、世界中どこに生起した事態に対しても対応できる米国の軍事展開能力を、敵国のみならず、同盟国・パートナー国に対しても示す意図があることを明らかにしている。米国防省のパトリック・ライダー報道官も、米国の狙いはイスラエル・ハマス武力紛争の中東地域への拡大を防ぐことであるとしている

 これらの説明から明らかなのは、米国の部隊展開が、イラン及びイランの支援を受けたヒズボラ等の非国家主体による本格的な紛争参加に対する抑止と、イスラエルへの安心供与によって同国のイラン系勢力に対する軍事攻勢を抑止するという、「二重の抑止」の目的を持っていることである。

イラン側抑止の課題:FDOの論理性が招く抑止力の低下

 米国の取組は、イスラエルとイランとの間の直接的な軍事衝突が発生していないことに着目すれば、一見すると成功していると言えるのかもしれない。しかしながら、そもそも最初からイランがイスラエルへの攻撃を企図しており、米国の部隊展開がそれを抑止したと言えるかは分からない。むしろ、イランの意図が、自国が支援する非国家主体を通じて非対称的に敵を消耗させることにあるのだとしたら1、そのような低強度の攻撃を抑止するには至っていない。

 この点、見過ごせない問題として挙げられるのが、「地域紛争へのエスカレーションを防ぐ」という目的を強調すればするほど、米国が紛争の水平的拡大を何よりも恐れていることが同時に強調されてしまうという点である。エスカレーション防止を強調し過ぎると、2個空母打撃群という全方位的で圧倒的な軍事力を展開しているにもかかわらず、その軍事的能力を完全には活用したくないという逆の意図が推定されてしまう。

 10月末時点でイラク及びシリアに所在する米軍基地に計27回の小規模攻撃がなされたとされる一方、米軍はシリアに所在するイラン革命防衛隊関連の施設2カ所に攻撃を加え、イエメンのフーシ派からのドローン及び巡航ミサイル攻撃を紅海において迎撃している。11月8日には、米空軍の無人機MQ-9リーパーがフーシ派によって撃墜されたとされる。さらに、イラン革命防衛隊との密接な関係が指摘されるシーア派武装勢力のヒズボラは、レバノンからイスラエル北部への散発的な攻撃を行っている。

 2個空母打撃群の展開は、そこに存在しているのみではこれらの低強度の攻撃を抑止できていない。イランがこれらの攻撃に一定の指示を与えているのだと仮定すれば、その抑止のためには、展開した軍事力をイランに対して使用し得るという決意の信憑性が必要となる。しかし、そのような行為は自らエスカレーションを行うことを意味するものであるから、「エスカレーションを防ぐ」ことの強調は、決意の信憑性向上にとって逆の効果をもたらしかねない。

 一方、シーア派武装勢力によるイスラエルや米軍基地に対する攻撃の判断が、必ずしもイランの指示に基づくものではなく、各組織の判断に委ねられた分散的なものであるとしても2、このような攻撃をやめさせるには、イランによる追加的行動を要する。その場合、厳密には、そのような行動変容は、まだとっていない行動をとらせないようにするという抑止の問題ではなく、相手に特定の行動変容を強制するという「強要(compellence, coercion)」の問題となる3。相手に行動変容を仕向ける強要は、一般に、抑止よりも強力な制裁を要するとも指摘される4。いずれにせよ、米国の部隊展開は、上記の抑止における問題と同様の理由により、イランに対する強要にも成功しているように見えない。

 それでは、米国の部隊展開が圧倒的な軍事力に依存する一方で、エスカレーションの防止に力点を置き、その意図が透明性を持って伝えられるのはなぜか。今般の空母打撃群の派遣のような部隊展開は、一般に、柔軟に選択される抑止措置(flexible deterrent options: FDO)の一環として捉えられる。米軍の統合ドクトリン文書『JP5-0統合計画(Joint Planning)』によれば、FDOは「事前に計画された抑止を志向する行動であり、敵の行動に対してシグナルを送り、影響を与えるために誂えられたものである。FDOは危機に先立って、あるいは危機に際して確立される」、「FDOは主として危機の悪化とエスカレーションを防ぐことを企図している」と説明されている。また、FDOの目指す目標としては、「敵の潜在的な侵略に対する受け入れ難いコストをもって対峙すること」、「敵の武力を用いた対応を招くことなく急速に地域における軍事バランスを改善すること」などが掲げられる。

 2022NDSが提起したこれと類似の概念として、「戦略的に連関した目標を達成するための連続し、論理的に連接した軍事活動」と説明される「キャンペーニング(campaigning)」がある。グレーゾーン事態における同盟国との共同演習などもこの概念に基づく活動として例示されている

 これらの説明に特徴的なのは、使用された場合大きなコストをもたらす圧倒的な軍事力の誇示により、相手に脅威を与えるという極めて原始的な方法をとる中においても、「事態の更なるエスカレーションの防止」を目的とした「論理的」な活動となることを狙っている点である。今般の空母打撃群の展開は、経済、情報、外交的手段と併せ、抑止のための軍事的活動の1オプションとしてあらかじめ整理された定石どおりの動きであるように見える。

 しかし、このような事前に整理されたであろうオプションに基づく整斉とした対応には、弱点がある。それは、主に核抑止の文脈ではあるが、トマス・シェリングが、「抑止の信憑性」と「意思決定の合理性」を対比させ逆説として論じたとおり、古くから指摘されているものである。すなわち、抑止をもたらす脅威の信憑性を向上させるためには、相手に脅威を与える自らの判断が相手にとって非合理的で、予測不可能であることを一定程度示す必要があるというものだ5。そのためには、自らと相手が共有するコントロール不可能な要素を含むリスクを操作することが重要となる6

 この観点から言えば、紛争の拡大防止を掲げ、自らのみならず他者にとっても論理的に見える軍事力の展開は、米国の意思決定の確実性を示す結果となり、抑止の信憑性を低下させる可能性がある。エスカレーション防止という軍事力展開の意図について明確な説明を行い、軍事力使用のコミットメントを避ければ、米国側から事態をエスカレーションさせる意図がないことが逆に明確になり、軍事力行使の決意が疑われるためだ。事態のエスカレーションと敵の抑止(行動抑制)は、表裏一体の関係にある。その意味では「敵の武力を用いた対応を招くことなく」、「受け入れ難いコストをもって対峙する」というFDOの目標は、両立し難いジレンマを内在している。 (「下」へ続く)

本稿後編はこちらからお読みいただけます。

 

1 Afshon Ostovar, “The Grand Strategy of Militant Clients: Iran’s Way of War”, Security Studies 28. no. 1 (2019): 159-188; Shahram Akbarzadeh, et al., “Iranian proxies in the Syrian conflict: Tehran’s ‘forward-defence’ in action”, Journal of Strategic Studies (2022).

2 米国防省も、必ずしもイランが明示的に武装勢力に指示を与えているとの立場には立っていないが、支援を行っている事実をもってイランが責任を負うだろうとしている

3 Thomas C. Schelling, Arms and Influence (New Haven: Yale University Press, 1966); Robert A. Pape, Bombing to Win: Air Power and Coercion in War (Ithaca: Cornell University Press, 1996).

4 Schelling, 100; Pape, 7.

5 Ibid., 36-43.

6 Ibid., 92-105.

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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