「台湾の大学」進学を選ぶ日本の高校生が増えている

執筆者:真島久美子 2024年1月12日
タグ: 台湾 日本
エリア: アジア
台湾の大学は国外からの留学生を積極的に受け入れている(國立臺灣大學HPより)
高校卒業後、国内ではなく台湾の大学に進学する若者が増えている。学費と生活費を合わせても、親元を離れて東京の大学に通うより安いケースもあるという。入学前に中国語を学ぶハードルはあるが、4年間で英語や中国語のコミュニケーション能力を伸ばせるメリットもあり、両親や学校が積極的に後押しする例も珍しくない。

 コロナ禍が明けて真っ先にマスコミが取り上げたのは、台湾のグルメ、観光だった。この年末年始の日本人の旅行先ランキングでは、台湾が堂々の2位である。

 だが台湾の魅力は、グルメや観光だけではない。実は今、教育関係者から熱い視線を向けられているのが、台湾の大学への留学だ。それも半年、1年の短期ではない。入学して卒業までの4年間を、まるごと台湾で学ぶのだ。

 橋本真那さんは、今年6月に国立台湾芸術大学を卒業。専攻はダンスだ。現在は日本でダンスハウスに所属しながら、作品に参加したり公演を開催したりしている。実は台湾のダンスは、世界的に注目されているという。

「留学中、言葉には苦労しました。一人の相手と話す分には、何とかなる。でも複数の人から同時に中国語を話されると、混乱してしまう。初めはどうなることかと思いました」

 授業は録音して何度も聞き返す。コツコツと積み上げた努力が実を結び、何とかついていけるようになった。

「台湾人の友達には、すごく助けてもらいました。最初に壁を感じたことは確かだけど、それを乗り越えたら、ものすごく強いきずなができたんです」

 真那さんが留学してすぐ、台湾もコロナ禍となった。しかし台湾の大学は一律にオンライン授業のみという日本の大学とは違い、臨機応変に対応した。状況に応じて、半分ほどは対面の授業もあったという。

 台湾の大学生は、基本的に寮生活だ。寮にはいくつかタイプがあるが、真那さんの場合は4人部屋だった。日本では幼いころから個人部屋で育つ子が多い。ストレスがなかったと言えば、嘘になる。最初はいろいろあったが、「そのうち慣れました」という。

学費は東京の大学に行くより安い場合も

 真那さんは留学前に産経新聞の日台文化交流青少年スカラシップの作文に応募。見事大賞を受賞して台湾総督府に招待された。真那さんも含めて計8名の高校生たちは、副総統の陳建仁氏と面会を果たしている。

 都内にある彼女の出身校、文教大学付属高等学校は近年、台湾の大学への留学プログラムに熱心に取り組んでいる。彼女はその三期生だ。導入した星野喜代美元校長は、都立高校改革に取り組んだ河上一雄元日比谷高等学校校長の下で働いた教師の一人である。提携先の業者は、台湾留学サポートセンター(以下センター)。同校の東條朱里教諭曰く「星野先生自ら、茨城の本部まで乗り込んで」、徹底的に精査した。その上で信頼できる業者と判断したという。

 センターは毎年300名以上の生徒を台湾に送り込んでいる。今年は国立台湾大学に5名、地方国立大学に20名、さらには名門私立の東海大学、中原大学、逢甲大学、中国文化大学にも数多くの合格者を出している。優秀な生徒には奨学金が与えられ、場合によっては4年間の学費、生活費が免除されることもある。中退率はわずか4.5%(体調不良による中退者含む)。最近センターへの相談で目立つのは、台湾の大学が提供する給付型奨学金に関する問い合わせだ。台湾の大学の学費は、国立私立、理系文系でさほど差はなく、年間50万円ほど。入試から入学手続きまでに至る費用は、センターを介した場合で20~25万円だ。

 特に地方の高校生にとって魅力的であることは間違いない。地元の大学に進学しても、良い就職先があるとは限らない。実家を離れて都会の大学に進めば、学費に加えて生活費が大きな負担になる。そう考えても不思議はないほど、今の日本で、教育費は大きく家計を圧迫している。平均的な授業料は私立大学文系で年間約82万円、理系は約114万円。学費のほかに施設設備費も必要で、総額で年間200万円に上る大学もあり、医学部はさらに高額になる。国立大学の授業料は年間約54万円だが、各大学が標準額の20%増を限度に学費を決められるようになったため、東京工業大学ではすでに値上げ済みだ。今後どれほどの金額になるかは不透明である。

 日本は受験システムも複雑化し、同じ大学の同じ学科を受けるのに、いくつもの受験パターンがある。どの組み合わせを選ぶかを決めるのにも、塾の力を借りることになる。受験料だけでもバカにならない。「うちはヴィトンのバックくらいかかったわ」「うちはエルメスよ」というのは、受験期にママ友間で交わされる定番の会話だ。ではAO入試(現・総合型選抜)はというと、これも対策のため塾に通わなければならない上に、入学後の学力の問題がある。死に物狂いで勉強して一般受験した学生と、差があるのは当然だ。中退者の割合が多いのも、AO進学者と言われている。

 それに比べて、台湾留学の場合、受験はいたってシンプルだ。まず高校での内申点と小論文を大学に提出する。書類審査に通れば、次は面接。それをクリアーして、合格通知となる。小論文は「私はどういう人間か」という自己紹介から始まり、その大学への志望動機、入学してからの学習計画などを書かせる場合が多い。漠然としているだけに、掘り下げが難しい。もちろん中国語で書く。面接は大学によって時期が異なる。

英語や中国語で教授とやりとり

 文教大付属高等学校では、現在8人の受験予定者がいる。高木琳太朗さんの将来の夢は外資系の航空会社に勤めること。鹿島浩市さんは経営・経済系の学部を志望しているが、複雑な台湾の政治状況にも興味がある。升本武志さんの家は会社経営で、将来的にアジアにも進出するつもりで、後継ぎの彼が台湾留学を決めた。3人とも授業の合間を縫って、情報交換をしながら中国語の勉強に余念がない。

 同校は中高一貫校だが、そもそも中学受験の時の彼らの決め手は、この学校なら台湾留学ができるということだった。だから保護者も、我が子の台湾留学にはもろ手を挙げて賛成している。同校は修学旅行先も台湾で、生徒たちは現地大学生と交流するなどして、刺激を受けている。

 地方の高校から台湾へ進学する例も多い。熊本県出身の藤本和夏菜さんは、この9月に、桃園市にある中原大学の理学部バイオテクノロジー学科に入学したばかりだ。テニスサークルにも入り、充実した大学生活を送っている。

 高校は地元の有名な進学校である。周囲が受験勉強を進める中で、彼女は自分の将来をどう決めたらいいか、悩んでいた。どうしても勉強に集中することが出来ない。しかも彼女には「地元縛り」という制限があった。大学は地元で、という両親の強い希望があったのだ。そこに風穴をあけたのが「台湾留学」だった。8月にセンターのパンフレットを手にしたとき、運命を感じたという。おそるおそる両親に申し出たところ、意外にもOKが出た。

 実は彼女の父親は熊本県立小国高等学校の校長、藤本浩明さんである。同県立大津高等学校の副校長だった頃、修学旅行の引率で初めて台湾を訪れ、交流先の相手校の生徒たちの感じのよさに感銘を受けたのだという。また、小国町は「小国国際交流会」が中心となって35年前から台湾との交流を続けてきた。中国文化大学の学生のホームステイを受け入れるほか、「台湾・小国郷経済文化交流セミナー」や「異文化交流」などの講座を、有識者を招聘して開催している。台湾人観光客目当ての即席友好都市とは、次元が違う活動を小国町は展開してきたのだ。その実績が実り、来年2月には台北市士林区との友好交流協力覚書が結ばれることになっている。小国町の近隣にはいくつもの温泉があり、台湾人観光客も訪れる。TSMC(台湾積体電路製造)の熊本工場も近い。

 藤本校長は娘の和夏菜さんとセンター主催の見学ツアーにも参加し、台湾の各大学を回った。教授たちが英語で大学の特徴、大学生活について説明すると、日本人留学生が自分の言葉で巧みに通訳する。時折教授と中国語でやり取りする姿も自然である。最近、台湾の大学ではアメリカ人留学生も増えているのだという。アメリカは日本以上に学費が高い。受け入れる側の台湾も少子化が進んでいるため、留学生を呼び込んで大学の経営を安定させたい狙いがあるようだ。

 和夏菜さんの場合は志望した時期が遅かったため、受験に向けた中国語の勉強はハードだった。大学によって要求されるレベルは違うが、中原大学の場合は入学までに1200時間の学習時間が要求される。平日は帰宅してから3時間ずつ、週15時間はこなし、高校卒業から9月の渡航までは一日6時間。センターの短期合宿にも参加し、規定をクリアーした。計画的に休みも入れていたので、ガリ勉というわけでもなかった。

「台湾留学」が学校と地域のセールスポイントに

 留学生には週20時間のアルバイトが認められているが、和夏菜さんは月5万円の仕送りで、なんとかやりくりができている。冒頭で紹介した橋本真那さんの場合、親からの仕送りは年に50万円(寮費、食費含む)だった。足りない分だけ日本語教師のアルバイトで稼いだ。日本人が経営する飲食店でバイトをする留学生は多いが、時給は最低賃金(2023年現在で176元=約790円)に近い場合が多い。日本語教師は安くても1時間300~500元(約1350~2250円)なので、段違いである上、肉体的にも楽だ。

 高校選びの時点で台湾留学を視野に入れるケースも増えている。文教大附属と同様、熊本の小国高校も中高一貫校だが、「高校の在校生にも台湾留学の準備を進めている子が何人かいますし、すでに中学生にも留学希望者がいます」(藤本校長)。

 さらに小国高校では令和6年度に実施する入試から「地域みらい留学」というユニークな取り組みが始まる。台湾留学の全面支援を謳い、全国から生徒を募集するのだ。「台湾留学ができる高校」は私立にとっては個性となり、地方では地域おこしとしても重要な役割りを担うことになっていくだろう。

 親や学校からの手厚い支援がなければ留学できない、というわけではない。センターの助けを借りて、個人で留学を実現させた都立新宿高等学校の生徒の例もある。センターが主催する大学見学ツアーは現地集合でひとり3万円、中国語の講座は1時間1210円で参加できる。文教大付属の場合、コロナ前は学内で講習を受けることが出来た。現在はオンラインである(最大12名)。センター以外にも留学支援機構はいくつかあり、料金、システムはそれぞれ異なる。留学を考える人は、実績等をよく見て選んでほしい。

 藤本校長は「娘の4年後の成長が楽しみです」と語る。見学ツアーで見た頼もしい留学生たちに、和夏菜さんの姿を重ねてみているのだろう。

 無難に小さくまとまりがちな今の日本の中で、留学を目指す若者たちの挑戦は貴重なものだ。そのエネルギーが、停滞した日本の社会・経済に風穴を開けてくれることを期待したい。

 

カテゴリ: 社会 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
真島久美子(ましまくみこ) 昭和31年東京生まれ。 漫画家として活動のち、自らの婚活体験を描いた『お見合いの達人』(講談社)が12万部のヒット、TBSにてドラマ化される。 近著に『志は日台の空高く― 日本建築を飛躍させた台湾人たち』(展転社)。ほか子育て、介護に関する著書多数。
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