ウクライナ支援「トランプの呪縛」を解く手はあるか――バイデンの隘路に残された選択肢

執筆者:杉田弘毅 2024年4月1日
エリア: 北米 ヨーロッパ
バイデン政権は安全保障関連の予算の中で、ウクライナ支援に使えるものを血眼になって探している[2024年3月12日、米国・ワシントン](C)AFP=時事
上院を通過した緊急予算案が共和党多数の下院で可決される見込みはほとんどない。採決にかければ共和党穏健派は賛成に回るとも見られるが、「バイデン外交の失敗」をアピールしたいトランプ大統領候補に従うジョンソン下院議長が採決自体を阻止するからだ。「採決請願」制度も望みは薄い。仮にトランプが再選すれば融資などの形でウクライナ支援も再浮上しようが、11月の大統領選が終わるまでは、凍結ロシア資産の流用や日本や欧州の同盟国も巻き込んだ小出しの支援を積み上げるしかないだろう。

 ロシア軍の侵攻から2年1カ月が経つが、ウクライナによる領土奪還の見通しは立たないばかりか、最大の軍事支援国である米国の支援が尽きたことで暗雲が漂う。11月5日の米大統領選が終わるまで、米国の新たなウクラナ支援が実現しない可能性もでてきた。「ウクライナは今年夏のロシアの攻勢で多くの領土を失う」とウィリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官は警告する。ロシアが占領した土地のロシア化を進めるだけでなく、占領地を拡大するという暗澹たる展開に、ジョー・バイデンはどう向き合うのだろうか。

支援予算の生殺与奪を握ったトランプ

 大統領選までまだ7カ月以上あるのだが、既にドナルド・トランプ前大統領が配下に押さえ込んだのが連邦議会下院だ。マイク・ジョンソン議長以下、強力なトランプ派を配置し下院が持つ予算先議権を盾に米国の予算執行をバイデン大統領から奪い取った。

 米議会の大型ウクライナ支援予算は戦争が始まった直後の2022年3月に136億ドル、5月に400億ドル、9月に120億ドル、そして12月に450億ドルを可決したものの、それ以降の1年3カ月は可決できていない。

 バイデン政権は議会がつけたこれらの予算から兵器や弾薬を供与してきたが、昨年末にとうとう底を突いた。

 こうした事態を予想してバイデンは昨年10月に600億ドルの予算を議会に求めたが、宙に浮いたままだ。

 上院の方は共和党の一部も賛成してこれを可決したが、下院はトランプ派の抵抗で暗礁に乗り上げたままである。実は下院でも共和党穏健派は賛成するとみられ、採決にかければ、定数435のうち300以上の賛成で可決すると予想されるが、トランプに命じられてジョンソンが採決に首を振っていない。

 昨年秋に、トランプ派の意向に反して民主党と予算案で手を握った共和党のケビン・マッカーシー元議長が党内の造反で解任に追い込まれた記憶がジョンソンを震え上がらせている。

 下院議長が認めなくとも、議員の過半数の署名で本会議での採決を求められる「採決請願」制度がある。だが、これは共和党の穏健派が民主党に同調する必要があるため、トランプ派を怖がる穏健派は容易には動けない。またウクライナ支援予算はガザ戦争を戦うイスラエルへの軍事支援141億ドルとセットになっており、イスラエル批判を強める民主党左派が反対する可能性があり、民主党執行部も及び腰だ。

 ジョンソンは2024年度本予算を民主党との妥協の末に3月末に成立させたが、トランプ派の急先鋒であるマージョリー・テイラー・グリーンは間髪を入れずにジョンソン解任決議案を提出した。グリーンは「今は採決を求めないが、次に民主党と妥協すれば求める」と警告している。「次の妥協」とはウクライナ支援にほかならない。ウクライナ支援を葬ることこそがその本丸であり、ジョンソンの命運もそこに結びつけられた。

 トランプ派の横暴に立腹するマッカーシーや民主党は「解任決議案は民主党が反対するから心配するな」とジョンソンにハッパをかけている。だが、本当に民主党は信頼できるのか。多数派を握る共和党が混乱すれば、議長職を奪うシナリオも民主党は描く。それに民主党と手を握ればトランプ派だけでなく党の大勢から「裏切り者」と指弾される恐れがある。それは今後の議長職の遂行を極めて難しくする。ジョンソンがウクライナ支援にそこまでの意義を見出すのか疑問が募る。

 それにしてもまだ大統領選の候補者でしかないトランプが米国の予算支出を握るというのは異様としか言いようがない。

ウクライナには一銭も出さない

 トランプのウクライナ嫌いは徹底している。3月8日にトランプと会談したハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相は「トランプはウクライナには一銭も出さない」と発言している。「米国が金を出さなければ、戦争はウクライナの敗北で終わる」というわけだ。

 トランプとそのグループにとって、遠い欧州の戦争の優先度は低い。欧州の国々が米国の軍事力に頼る「安全保障ただ乗り」も許せない。「ウクライナより米国の国境を守れ」というアメリカ・ファーストだ。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
杉田弘毅(すぎたひろき) ジャーナリスト・明治大学特任教授。1957年生まれ。一橋大学を卒業後、共同通信社でテヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、論説委員長などを経て現在客員論説委員。多彩な言論活動で国際報道の質を高めたとして、2021年度日本記者クラブ賞受賞。BS朝日「日曜スクープ」アンカー兼務。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、国際新聞編集者協会理事などを歴任。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)『国際報道を問いなおす』(ちくま新書)など。
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