
英国で7月に実施された総選挙の結果、14年ぶりの政権交代が実現した。穏健左派の新首相キア・スターマー(61)が率いる労働党は、全650選挙区のうち411選挙区で勝利を収め1、安定多数を背景に、比較的堅実な政権運営に携わると予想される。外交や安全保障は、保守党政権のラインから大きくは外れないと見られている。
ここでは、下野した保守党に焦点を当ててみたい。英国の欧州連合(EU)離脱騒ぎのさなかに実施された前回2019年の総選挙で365議席と大勝した保守党は、約4年半の間にその資産を使い果たし、今回121議席に沈んだ。その過程と背景を振り返る営みは、今後の英国政治のみならず、欧州政治やポピュリズムの将来を考えるうえでも重要だろう。
筆者は今回、投開票日の7月4日前後に英国に滞在し、英保守党政治研究の第一人者として知られるロンドン大学クイーン・メアリー教授ティム・ベイル(58)の助けを借りつつ、選挙を観察した。
労働党は、実は票を減らしていた
その選挙結果は、事前にある程度予想されたとはいえ、やはり衝撃的だった。改選前に比べ、労働党は209議席増となったのに対し、保守党は実に244議席を失った。歴史的な勝利を収めた労働党の議席数は、保守党の3倍以上となった。
労働党は、伝統的な牙城である「赤い壁」地方の多くを、今回奪い返した。かつては羊毛産業や石炭採掘で栄えたものの、近年衰退が激しいイングランド中部から北部にかけての一帯で、労働党のイメージカラーにちなんでこう呼ばれる。前回総選挙では、保守党が前面に掲げたEUからの離脱(ブレグジット)実現に有権者の多くが呼応し、保守党のイメージカラーである青に、一斉に転じたのだった。一方、伝統的に保守党が強く「青い壁」と呼ばれるイングランド南部でも、今回は労働党が健闘した。
労働党は2015年以降、教条的な社会主義と陰謀論を振りかざす最左派のジェレミ・コービン(75)が党首を務め、一部の若者の熱狂的な支持を受けたものの、政権を任せられないとの認識が一般に広がっていた。しかし、前回総選挙の敗北を受けてコービンが辞任し、穏健派のスターマーが党首を引き継いだことで、政権復帰への準備は整っていた。
議席配分だけ見ると、保守党から労働党へと票が流れ、まるでシーソーのように上と下が入れ代わったように見える。しかし、投票傾向を1つずつ見ていくと、いくつか奇妙な現象が浮かび上がってくる。
まず、労働党の「勝利」である。全国の得票率を見ると、労働党が今回得たのは33.70%である。労働党は前回2019年の得票率が32.08%だから、増えたのは1.62ポイントに過ぎない。さらに全国の得票数を見ると、前回が約1027万票だったのに対し、今回は約971万票で、逆に少し減っている。つまり、労働党は前回より少ない票数しか得られず、「勝利」と誇るにはほど遠いにもかかわらず、209議席増と大勝してしまったのである。
同様に奇妙な現象は、労働党と保守党に続く第3党である自由民主党にもうかがえる。自由民主党は前回総選挙でわずか11議席と惨敗し、党の存続さえ危ぶまれる状態に陥ったが、今回は72議席を得て完全に復調した。ところが、得票率を見ると11.55%から12.22%へとわずかに上がっただけであり、ましてや得票数は、約370万票から約352万票へと下がっている。労働党と同じように、減ったにもかかわらず61議席も上乗せしたのである。
一方、保守党は今回の得票率が23.70%で、前回の43.63%から半分近くに減らしている。得票数も今回は約683万票で、前回の1397万票の半分以下にとどまった。
すなわち、今回の選挙は労働党が勝ったのではなく、保守党が負けたのである。労働党も自由民主党も得票を増やせなかったにもかかわらず、保守党が勝手に崩壊してくれたお陰で、相対的に浮上したのだった。
保守党票を奪ったリフォームUK
では、保守党が失った数百万票はどこに消えたのか。

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