自衛官「処遇改善策」をまとめた最高指揮官・石破首相が防衛省で嫌われる理由

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2025年1月6日
自衛官の処遇改善に取り組む首相だが、当の自衛官にとっては期待外れの結果に終わるかもしれない[自衛隊観閲式で隊員を巡閲する石破茂首相=2024年11月9日、陸上自衛隊朝霞駐屯地](C)時事
人員不足が深刻化する自衛隊が、処遇改善に期待したのは当然だろう。しかし肝心の俸給表改定は事実上の先送り、自衛隊関係者からは「またか」と溜息も漏れてくる。経歴は自他ともに認める防衛族の首相だが、「一度言ったことをひっくり返す」「梯子をはずす」と身内の評価は冷淡だ。防衛大臣を務めた福田康夫内閣の退陣で、総裁選に出馬し最下位に沈んでから16年。リーダーの資質を磨いたはずだが、防衛省内の負のイメージを払拭するのは容易なことではなさそうだ。

 石破茂首相の肝いり政策の一つ、自衛官の処遇改善策で手当の引き上げなどを盛り込んだ施策がまとまったが、足元の自衛官からは不評だ。首相が重視した退職後の再就職支援は具体策に欠ける上、給与計算のもととなる俸給表改定が事実上先送りされたからだ。過去2度の防衛トップを経験した族議員の石破氏だが、当の自衛官からはどうにも人気がない。

 今年11月9日、東京都練馬区の朝霞駐屯地で行われた自衛隊観閲式で陸上自衛隊の部隊を前に、石破首相は訓示した。

「何よりも防衛力の最大の基盤は自衛官諸官であり、どんなに立派な装備品を整備しても、それを運用するのは自衛官であります。その定員が十分に満たされておりません。自衛官諸官が安んじて、国防という極めて枢要な任務に誇りと名誉を持って専念できるよう、万全の体制を構築することが必要です」

 北朝鮮がウクライナ侵略に加担してロシアへ派兵し、欧州の緊張がアジア太平洋へも波及する恐れが高まるなど国際情勢が悪化の一途をたどる中、首相の言う通り、自衛隊の採用人数は右肩下がりの状況にある。

給与のベースアップは数年後に先送り

 約23万人の自衛官のうち、いわゆる下士官・兵に当たる曹・士が全体の8割を占める。令和5年度、任期制の「自衛官候補生」の採用計画に対する充足率は陸海空合わせてわずか30%しかなく、非任期制の「一般曹候補生」でも69%。採用情勢は過去3年間で急速に悪化し、もはや一刻の猶予も許されない。

 背景には少子高齢化があるが、それは今に始まった話ではない。事態を重く見た防衛省は、2022年末に策定された「国家防衛戦略」を受けて翌23年2月に「人的基盤の強化に関する有識者検討会」を設置。同年7月には報告書をまとめ、省内に立ち上げた検討委員会で具体策を練っていた。

 そこへ今年10月、安全保障分野に強みを持つ石破茂氏が首相に就任し、強い要望で自衛官の処遇改善に関する閣僚会議が設置された。ここで掲げられた3つの柱が、①給与引き上げを中心とする処遇改善、②宿舎個室化などの勤務環境改善、③再就職先の拡充などの新たな生涯設計の確立――だった。

 そのいずれも防衛省内の検討委がまとめた中間報告で既に方向性が示されたものばかりだが、全閣僚が加わる閣僚会議について、ある自衛隊幹部は「予算権限を持つ財務省が参加し、にわかに期待が高まった。防衛省だけでは突破できない予算の壁を突き破る最大のチャンスと思われたからだ」と振り返る。

 しかし、その初会合が開かれた10月25日、期待は不安へ変わる。同日の記者説明で、閣僚会議で検討される施策は、22年末に策定された「5年間で43兆円」という防衛費の枠内で行われることを明らかにしたからだ。

 既に空前の円安と物価高の影響で、増額された防衛費でも5年間持つかどうかさえ危ぶまれている。自衛官の俸給は警察官や刑務官と同じ公安職俸給表に、超過勤務手当を付けない代わりに超勤分に相当する1割をあらかじめ割り増したものだ。入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず」と服務宣誓する自衛官だが給料のベースは警察官と同じ。近年は採用難対策で若年層に有利な配分がなされているが、現役世代が期待する大幅改善には防衛費の枠を超えた予算措置が必要となる。

 ところが、12月20日に行われた第4回閣僚会議で示された方針には「自衛官の俸給表を令和10年度に改定」と明記された。期限が区切られたことに一定の意味があるものの、8月に示された省内検討委の中間報告では「自衛官に相応しい俸給体系を実現(令和8年度以降要求)」と書かれていた。

 現在の防衛力整備計画が対象とする期間は令和9年度まで。つまり、給与引き上げは事実上、5年に1度の策定を基本とする次回計画へ先送りされたに過ぎない。「閣僚会議で処遇改善は骨抜きにされた」。給与アップを期待していた別の自衛隊幹部はこう嘆く。

 実際、首相が繰り返し言及するのは再就職先の話ばかりだ。先の観閲式での訓示で首相は閣僚会議の設置目的について、こうも説明していた。

「生活、勤務環境や処遇の改善のほか、若くして定年退職を迎える自衛官が現役時代に努力して身につけた能力を最大限に生かしながら、退職後も社会で存分に活躍できる生涯設計を描くことができるよう私を長とする関係閣僚会議を設置し、議論を重ねている」

 自衛隊は若年定年制を取り、多くの自衛官が55~56歳で退職する。しかし、再就職先の確保には退職自衛官を受け入れる社会全体の理解が必要だ。あるいは欧米各国のように退職軍人による民間軍事会社での受け入れもあり得るが、いずれも一朝一夕に進められる話ではない。閣僚会議の結論で生涯設計の項目には「関係省庁と防衛省が連携して幅広い業界や経済団体に働きかけを行う」と抽象的な文言が並ぶ。

「入隊する時に辞める時のことを考えるやつなんていない」と、現職自衛官からは憤りとも諦めとも付かない悲痛な声が上がる。

「梯子をはずす」大臣という負の記憶

 そもそも防衛省・自衛隊には「石破アレルギー」とも言える不信感がある。

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カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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