ナゴルノ・カラバフ「統一」後の現在(1) 地雷と復興

執筆者:国末憲人 2025年2月3日
タグ: 紛争
エリア: アジア ヨーロッパ
アグダムで見つかった地雷や不発弾(筆者撮影、以下すべて)
アゼルバイジャン-アルメニア間で1990年代から続いたナゴルノ・カラバフを巡る対立は、アルメニア系住民が実効支配する「共和国」をアゼルバイジャンが軍事制圧した2023年秋から新たな局面に入っている。ただし、両国の和平条約はいまだに締結されていない。アルメニアから奪い返した土地の復興には、国際社会に向けた正当性のアピールや、南コーカサスをとりまく地域大国の思惑も影を落とす。住民の帰還とインフラ再建が進められる現地を本誌特別編集委員・国末憲人氏が訪ねた。【現地レポート】

 ロシア・ウクライナ戦争中東の混乱の陰で注目度はあまり高くないものの、近年大きな変化に見舞われた地方が、ロシア、トルコ、イランという地域大国に囲まれた南コーカサス(アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア)である。アゼルバイジャン領ながらアルメニアが実効支配を続けてきたナゴルノ・カラバフ1を、アゼルバイジャンが2023年9月に制圧し、紛争の構図が一変した。これと前後して、自国の安全保障をロシアに依存してきたアルメニアは、欧米への接近を試みるようになった。その状況は本欄『アルメニア「サバイバル戦略の行方」』(24年10月25日から3回連載)2ですでに報告した通りだが、一方で豊富なエネルギー資源を誇るアゼルバイジャンは、制圧した地域の復興を進め、同時に国際的な影響力も強めて、地域大国の風格を帯びるに至っている。

 ナゴルノ・カラバフでは、アルメニア支配時代に退去を余儀なくされたアゼルバイジャン人国内避難民(IDP)の帰還が始まっている。その実情を見ることができないか。現地への外国人の立ち入りは依然として制限されているが、アゼルバイジャン当局と交渉した結果、一部の取材が認められ、2024年12月上旬に訪問した。本稿はその報告である。

 今回訪問したのは、ソ連時代に都市として栄えながら1990年代の第1次ナゴルノ・カラバフ紛争で廃墟となったアグダム、かつて「カラバフ汗(ハン)国」の首都として栄えたシュシャ、アルメニア国境に近い交通の要所ラチンの3カ所である。筆者は約2年前の2022年11月、やはりアゼルバイジャン側からナゴルノ・カラバフに入り、アグダムとシュシャを訪問したが、今回はその復興の進み具合を確認できた。また、ラチンは今回が初めてだが、住民の帰還が最も進んでいるところであり、産業振興と雇用創出の具体例を見た3

 取材には、アゼルバイジャン当局の紹介による有料の通訳兼コーディネーターが同行した。インタビューの相手や内容に関する制限はなく4、事後の確認や検閲もなかった。写真撮影は基本的に自由だった5

地図作成:筆者

奪還地での地雷除去作業

 アゼルバイジャンの首都バクーからナゴルノ・カラバフへは、車で数時間の行程である。通訳の運転する車で朝6時にバクーを出発した筆者はまず、この国第2の都市ギャンジャに通じる高速道路を西進し、途中のイェブラフで左に折れて南下した。前回はこの途中から田舎道をたどったが、2年を経た今、ぴかぴかの高速道路が片道2車線でアグダムまで通じている。そのすぐ右隣を、真新しい鉄道が並走する。駅はまだ建設中で、開通には至っていないようである。

イェブラフからアグダムに向かう高速道路。2年間の間に随分整備が進んだ

 ほぼ全土が険しい山岳地帯であるナゴルノ・カラバフの中で、アグダムはその東端の麓に位置している。カスピ海から平野を延々と走ると、山並みが見えてくるあたりである。ソ連時代には人口4万人前後の街で、この地方の中心都市ハンケンディ(アルメニア名:ステパナケルト)と繁栄ぶりを争う存在だったという。しかし、第1次ナゴルノ・カラバフ紛争さなかの1993年7月にアルメニア側の支配下となり、住民の大多数を占めていたアゼルバイジャン人は脱出した。94年の停戦後、アルメニア側は街を破壊した。アゼルバイジャン側の攻撃で大破したステパナケルトの復興用石材を確保するためだったといわれる。以後、アグダムは廃墟となり、周辺の農地も荒廃したが、2020年の第2次ナゴルノ・カラバフ紛争でアゼルバイジャンが奪還し、以後復興が進んでいる。

 街の入り口で、屈強な男性が待っていた。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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