饗宴外交の舞台裏 (100)

言語ナショナリズムをかざし席を蹴ったシラク大統領

執筆者:西川恵 2006年5月号
エリア: ヨーロッパ

 その“事件”が起きたのは三月二十三日夕、ブリュッセルでもたれた欧州連合(EU)首脳会議初日のオープニング・セッションでだった。 EU二十五カ国首脳と財界・労働団体トップの経済会合で、フランス人のエルネスト・アントワーヌ・セリエール欧州産業連盟会長が演壇に立った。会長はまずフランス語で挨拶をし、英語に切り替えてスピーチをはじめた。すかさずシラク大統領から厳しい声が飛んだ。「きみはなぜ母国語ではなく英語でスピーチをするのか」。「英語はビジネス用語だからです」とセリエール会長は演壇から弁明した。 シラク大統領は荒々しく立ち上がり、呆然とする他の首脳らを尻目に、ドストブラジ外相、ブルトン財務相を引き連れて会議場を出て行った。大統領が戻ってきたのは十五分後、フランス人のトリシェ欧州中央銀行総裁がフランス語でスピーチを始めてからだった。

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執筆者プロフィール
西川恵(にしかわめぐみ) 毎日新聞客員編集委員。日本交通文化協会常任理事。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。
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