「聞き書き」の意味を問い直す(下)非日常を生きる

執筆者:六車由実 2014年8月9日
カテゴリ: 社会 政治 カルチャー
エリア: アジア

クライシス

 増村紀子さん(仮名)は、娘さんがそんな思い出話をしてくれても、あるいはお孫さんが「おいしい」といってハンバーグを2つもおかわりをしても、その様子をけだるそうに見ているだけで、「今日は変なのよ。ご飯が食べられないの」と言って、最後まで一口もハンバーグを食べることができなかった。顔は能面のように無表情で、まるで魂が抜けたかのようだった。

 翌日も来所はしたが、朝から元気がなく、言葉数も少なかった。そして、倦怠感を訴え、昼食をほとんど食べられないままベッドに横になった。翌週になると、更に体調は悪化していた。食事ばかりでなく、水分も摂ることができなくなっていたのだ。発熱はないが、血圧は80台に下がっていた。看護師の適切な判断で、ケアマネジャーに連絡して病院受診を勧め、病院では脱水症と診断され、点滴治療を受けた。点滴のおかげで体調は持ち直してきて、翌日からは食事量も少しずつ増えていったが、以前のように快活に動けるようになるまでには、それから1週間ほどかかったのだった。

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執筆者プロフィール
六車由実(むぐるまゆみ) 1970年静岡県生まれ。民俗研究者。デイサービス「すまいるほーむ」管理者・生活相談員。社会福祉士。介護福祉士。2008年に東北芸術工科大学准教授を退職し、静岡県東部地区の特別養護老人ホームの介護職員に転職。2012年10月から現職。「介護民俗学」を提唱し実践する。著書に『神、人を喰う』(第25回サントリー学芸賞受賞)、『驚きの介護民俗学』(第20回旅の文化奨励賞受賞、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。
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