風の向こう側
風の向こう側(45)

タイガー・ウッズが明かした「マスターズ」完全復活優勝「3つの意味」

執筆者:舩越園子 2019年4月16日
エリア: 北米 日本
14年ぶりにオーガスタで聞いた勝利の咆哮(C)EPA=時事

 

 どんな優勝にもそれぞれに意味があり、その意味は、ときとしてその後の歴史を変えることがある。

 43歳3カ月15日で「マスターズ」を制し、同大会5勝目、メジャー15勝目、米ツアー通算81勝目を飾ったタイガー・ウッズは、1986年に46歳2カ月23日でマスターズを制した帝王ジャック・ニクラスに次ぐ史上2番目の年長チャンピオンとなったが、優勝会見でウッズは、「その1986年大会は、僕にとって大きな意味があった」ことを初めて明かした。

「1986年大会は、僕の記憶に初めて残ったマスターズだった。15番でジャックがグリーンを4番アイアンで捉えた瞬間、その場面は僕の心に突き刺さった」

 ニクラスのパワフルなショットに驚かされ、憧れを抱いたウッズは、以後、技術を磨きながら、同時にトレーニングを積んで体を鍛えていった。

 ウッズは生来のパワーヒッターだったわけではなく、ニクラスという先人に刺激され、ウッズ自身の意志と努力で生み出されていったのだ。

 ウッズがプロ転向した1996年当時、米PGAツアー選手たちは球を打って練習はしていたが、「ジムに行って体を鍛えていたのは、僕とビジェイ・シンだけだった」

 もしもゴルフ界にニクラスがいなかったら、ニクラスの1986年のマスターズ勝利がなかったら、王者ウッズも存在していなかったのかもしれず、私たちファンがウッズのマスターズ5勝目を目にする日も到来していなかったのかもしれない。

 球を打つのが上手い職業ゴルファーを精悍なアスリートに変えたニクラスやウッズがいなかったら、若い選手たちが当たり前のようにジム通いをして肉体作りに励み、軽々300ヤード超のドライブを披露する近代のプロゴルフ界は生まれていなかった。

「より多くの若者をゴルフへ導くことができたと思う。米ツアー選手たちは、以前より大きく強く、アスレチックになっている。そうするために貢献できたことが僕はとてもうれしい」

 それが、マスターズ5勝目が持つ意味の1つだと、ウッズはしみじみ語った。

父子の涙

 ニクラスのマスターズ勝利に駆り立てられたウッズがマスターズを初制覇したのは、プロ転向した翌年の1997年大会だった。

 2位に12打差をつけて圧勝したウッズは、18番グリーン奥で待っていた父親アールと抱き合い、父子はしばらく泣いていた。それが、単なるうれし泣きではなかったことも、マスターズ5勝目を挙げたウッズは、しみじみ明かした。

「あの1997年大会のとき、父はオーガスタにくるべきではなかったんだ。心臓に問題があった父は飛行機に乗ってはいけなかったのだけど、それでも父は飛行機に乗り、オーガスタへやってきて、水曜日の夜、僕のパッティングを見て、調整してくれた。そうやって、その先で、僕の歴史は生まれたんだ」

 父親アールの存在は王者ウッズの歴史の発端となり、そして根幹になっていった。

 いや、父親アールが無理を押してオーガスタにやってきたのは、パットのレッスンのためだけではなかっただろうと思う。

 当時、アールは息子ウッズを「将来、このアメリカ合衆国の大統領になるべき人物だ」と豪語し、ウッズも父の言葉を否定してはいなかった。そんなふうに強気だった父子に米メディアは「傲慢だ」と冷たい視線を向けていた。父親アールが命をも縮める覚悟で1997年のオーガスタにやってきたのは、そんな大人たちから息子を守ろうという親心もあったに違いない。

 このマスターズ初優勝には、ウッズ父子がいつまでも固く抱き合いながら涙を流すだけの、父子にしかわからない深い事情と意味が実は隠されていたのだ。

 ウッズのマスターズ勝利の歴史は、ウッズと父親との愛に始まった。そして、さまざまな苦難を乗り越えてついに挙げたマスターズ5勝目の陰にも、やっぱりウッズと家族との愛の物語があった。

「パパはユーチューバー」

「もう、ここに父はいない。でも、あの初優勝から22年が経った今も、母はここにいてくれている」

 そう、母クルティダは息子が勝ったときも負けたときも、黄金時代も低迷時代も、常にウッズを見守ってきた。

「そして、娘のサムも息子のチャーリーもここにいる。彼らは去年の『全英オープン』にもきてくれて、僕はバック9で首位に立ったが、勝利のチャンスを逃してしまった。あんな姿を彼らには2度と見せるまいと僕は心に誓った。僕がこうしてメジャーで勝った姿を子供たちには忘れないでほしいと願う」

 ウッズが激しい腰の痛みにさいなまれていたころ、ようやく物心ついた子供たちが目にしたのは、苦しんでばかりいる父親の姿だった。ゴルフクラブを握り、球を打てば、顔を歪めた父親。試合に出れば、成績低迷に落胆した父親。そんな姿を間近で目にしていた子供たちには、「ゴルフは苦痛と同義語になっていた」とウッズは明かした。

 自宅の裏庭の練習場にスマホも持たず、クラブとボールだけを手にして向かった際、腰の痛みに襲われて芝の上に倒れ、そのまま動けずに横たわっていたことがあった。ウッズは、たまたま裏庭に出てきて通りかかったサムに助けを求めた。

「サム、いい子だから家の中へ戻って、誰か大人をここへ呼んできてくれるかい? 今、パパは腰がとても痛くて動けないんだ」

 すると、サムから「また痛いの? Again?」と返されたことが、とてもショックだったと、以前、ウッズが明かしたことがあった。

 幼いチャーリーはウッズがプロゴルファーであることすら理解できておらず、『ユーチューブ』で見かけるから「パパはユーチューバー」だと思っていた。それを知ったときも「かなりショックだった」とウッズは苦笑していた。

 父親の辛い姿ばかりを目にしてきた子供たちは、昨年の全英オープンで勝利ににじり寄って惜敗した父親の「新たな姿」に心を動かされ、父親にとってのゴルフの意味が「苦痛」ではなく「喜び」であることを初めて知った。

 昨秋、ウッズが「ツアー選手権」を制し、5年半ぶりに復活優勝を遂げたとき、学校で新学期を迎えたサムとチャーリーは試合会場にはいなかった。

 そして今年のマスターズでも、サッカーや学校で忙しくしていた子供たちは、最初はオーガスタにきてはいなかった。

 だが、最終日の朝、サムとチャーリーは初めてオーガスタにやってきて、父親が必死に戦う姿、そしてメジャーで勝利した姿を間近に眺めた。

「今度こそ、子供たちは僕にとってのゴルフの意味、僕がこの世界でやってきたことの意味を理解し始めてくれたと思う」

 それが、2019年マスターズ勝利の最大の意味――。また1つ、新たな歴史が刻まれた。

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執筆者プロフィール
舩越園子 ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。
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