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Bookworm (56)

イ・ドゥオン 小西直子・訳『あの子はもういない』

評者:香山二三郎(コラムニスト)

2019年4月29日
エリア: 朝鮮半島 日本
イ・ドゥオン 1985年生まれ。文学博物館のキュレーターや塾講師を経て2012年から本格的に小説の執筆を開始し、16年に本作でデビューとなった。

韓国エンタメ小説に火がついた
予測不能のKスリラー

 韓国映画といえば文芸ものという先入観を払拭したのは、2000年日本公開の『シュリ』だった。北朝鮮のテロ計画を韓国の情報部員が阻止しようとする迫真の謀略活劇で、ハリウッドも顔負けの仕上がり。その後20年近くたち、ミステリー系娯楽路線では今や日本を凌駕しているといっても過言ではないが、一方文芸はというと相変わらず純文学が主流、ミステリーやSF等ジャンル小説の進出は遅れていたようだ。
 しかしここにきて、ようやくエンタテインメント路線にも火がついた。2016年刊の本作はその先陣を切る著者のデビュー長篇だ。
 刑務官志望の「私」ことユン・ソンイは面接試験に挑むものの幼時のトラウマに起因する発作で失敗。そんなとき、高校生の妹ユン・チャンイが失踪し、殺人事件に関わっていると警察から知らされる。ソンイたちの両親は売れない俳優夫婦で、話題の番組に父と出たチャンイに一時期人気が出るが、その後低迷。両親も不仲になり、やがて母の事故死をきっかけにソンイは祖父母と、チャンイは父と暮らすことになり、以来10年間、音信は途絶えていた。
 ソンイはかつて住んでいた家を訪れるが、チャンイのクローゼットには子供服しか見当たらず、父の痕跡もなかった。程なく父は七年前から江原道の施設に世話になっていることが判明。もういちどかつての家に入った彼女は、家中に隠しカメラが設置されているのを発見する……。
 訳文は平明、頻繁な行アキも読みやすさを図ったものだろう。現在と過去とが交錯し、「私」以外の視点も挿入されるので、有効な作法といえようが、軽快なタッチとはちょっと違う。ヒロインの姉妹は内に闇を抱えているし、怪しげな人物も随時絡んできて、物語の節々から不穏なムードが湧き上がってくるのだ。まさに心理サスペンスの典型ともいうべき演出だが、帯の惹句に「予測不能。どす黒い真相へと突進するKスリラー」とある通り、単なるハラハラドキドキのままでは終わらない。
 訳者あとがきによれば、著者いわく、スリラーのジャンルでは「女性は主に犠牲者やサブ・キャラクターとして消費されることが多い」ので、「そんな女性たちをメインに据え、彼女たちの感じる怒りや恐怖、思いを描くスリラーを書きた」かったとの由。日本の作品でいえば、桐野夏生『OUT』の路線か。いや『OUT』の黒さもただごとではなかったが、本書のエグさはそれ以上かも。女流、恐るべし!

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