Bookworm (58)

三浦瑠麗『21世紀の戦争と平和 徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』

評者:板谷敏彦(作家)

2019年5月6日
タグ: 中国 ロシア 日本
みうら・るり 1980年神奈川県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修了。主な著書に『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)など。

徴兵制にまつわる
現代の戦争と平和の知見

 第1次世界大戦の開戦が決定したその日、サンクトペテルブルクやパリ、ロンドン、ベルリンの街は市民の歓喜の声に包まれた。
 世に民主的諸制度の進歩や経済的利害による戦争抑止力に関する論考は多い。しかし19世紀から20世紀初頭にかけて発達した民主主義は戦争の抑止力にはならなかった。戦争は軍部の独走だけによって生起するのではなく、国民が戦争を支持し、積極的に推進することがあるというのが歴史の教えるところである。
 日本は先の戦争での敗北を受けて、米ソ冷戦構造の下、米国の核抑止力に守られて平和を享受してきた。しかしポスト冷戦後、イラクやアフガニスタン戦争などいくつかの限定戦争を経て米国は内向し始めた。
 またその一方で権威主義的な中国が経済的にも軍事的にも台頭し、ロシアは復権を強くアピールしている。
 日本は非戦を主張できるが、相手の野心までは管理できない。日本を取り巻く環境は変化している。
 本書で著者は国際政治学のアカデミックな知見を駆使し、こうした環境下において我が国はいかにすれば平和を創出できるかを問うた。
 著者は前作『シビリアンの戦争』(岩波書店)において、「血のコスト」を分担しないシビリアン(市民)の暴走による無責任な開戦決定を忌避するためには、曖昧な正義に頼るだけではなく、緩い徴兵制や予備役制度の採用によって全国民に平等に戦争のコスト負担を意識させるのが良いと提案して物議を醸した。本書はさらにその考察を深めたものである。
 我が国特有の歴史を紐解けば、徴兵制が軍国日本の復活に直結するとの連想は無理もない。また日々テレビのワイドショーを賑わす官僚による政権への忖度は、戦前の東条英機による徴兵制の懲罰的運用や敵対者迫害のイメージさえ呼び起こし、制度の不平等な運用を危惧させる。しかし、だからと言って条件反射的な思考停止ではまた進歩がないだろう。
 本書では平和を巡る世界の現状認識から始まり、大国間の戦争を抑止する5次元の構造の創案。カントの『永遠平和のために』への参照があり、徴兵制の歴史的経緯を経て、現在徴兵制を採用している諸国のケーススタディまでカバーされている。
 これほど徴兵制にまつわる現代の戦争と平和の知見が集約された本は類を見ない。提案のような徴兵制が困難ならば、代案は如何にすべきか。
 安全保障に興味があるのならば是非一読を推奨する。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top