Bookworm
Bookworm (59)

金子 薫『壺中に天あり獣あり』

評者:鴻巣友季子(翻訳家)

美しく、哀しく、意味のない……
「言葉の迷宮」を描く“擬寓話”

かねこ・かおる 1990年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。2014年、「アルタッドに捧ぐ」で第51回文藝賞を受賞しデビュー。著書に『鳥打ちも夜更けには』など。

 前作『双子は驢馬に跨がって』はメタ・ハイブリッド擬寓話とでも言おうか。わたしは絶賛したのだけれど、あるとき、「鴻巣さん、この作品を読む人生の意味ってなんですか?」と問われてしまった。いや、その、人生の意味はですね……無いです。無い。作者らしい虚構純度の高い物語世界を堪能できる作品なのです。『壺中に天あり獣あり』も同様に不思議な物語だが、「迷宮」をテーマに、「迷宮」の構造を描いているので、人生のメタファーや暗示を見出しやすいと思う。
 「言葉によって造られる迷宮のなか、光(ひかる)は当て所なく歩き続けていた。〈中略〉言葉に言葉を塗り重ねるようにして、言葉を使う言葉となって先へ先へ進んでいく」。冒頭でこう明言される。言葉の迷宮、すなわち、それは虚構や小説の喩えでもある。それらが有限である(文脈が巡りつづける円環作品はあるが)のと同様、この迷宮も「あくまで無限大の比喩であり」「極めて広大なホテル」であると言う。光はこの「譬えを完成させるべく幽閉されて」いるのだ。ここに、フィクションにおける作中人物の究極の「役割」がさり気なく提示されている。ほら、はっきりした直喩があるでしょう!
 廊下には似た間取りの部屋が並び、ある一室の天井に開いた穴から上へと伸びる螺旋階段を光は昇りだす。いかにも危険そうな迷宮に殺されることはないと確信しているのだ。なぜなら、「迷宮は自らの広大さを誇示する相手がいて初めて迷宮たり得る」からだ。ドラッカーの「無人の森で倒れる木は音をたてない」を裏返したような哲学命題ですね!
 彷徨う光は酒場で酒に浸るようになるが、無限のホテルの中に有限のホテルを見つけ、そこに人員を雇い入れて営業を始める。ここでは、作り物とはいえ日が昇って沈む有限の時間や光景を体験できると、ホテルは人気に。一方そのころ、玩具屋でブリキの動物たちの手入れや修理をしていた「言海(ことみ)」は、架空の獣を創作するようになる。ホテルのポスターを見て、そこへたどりつくが……。
 光と言海が創りだす世界は人々と獣たちにあふれ、四季が移ろい、無限の世界など忘れて、リアルに存在するかに見えてくる。しかし「不安と恐怖は雪崩(なだ)れ込んでくる」。
 かつて町田康は『パンク侍、斬られて候』で青空をびりっと破ってみせた。『トゥルーマン・ショー』の主人公はあのむこうに足を踏みだした。光はどうするだろう? 美しく、哀しく、意味のない、わたしたちの人生にそっくりな本。

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