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Bookworm (73)

上田岳弘『キュー』

評者:豊﨑由美(書評家)

2019年9月14日
エリア: 日本

凄みにたじろぐこと間違いなし
想像力の射程が"遠い"傑作!

うえだ・たかひろ 1979年、兵庫県生まれ。2013年、「太陽」で新潮新人賞を受賞しデビュー。19年、「ニムロッド」で芥川賞受賞。著書に『私の恋人』『塔と重力』など。

 「想像力の射程が長い」という小説家への褒め言葉があるが、上田岳弘の場合、「長い」を超えて「遠い」。
 Cold Sleepによる700年の眠りから覚めたGenius lul-lulが直面する28世紀。高校時代、原爆で死んだ少女の生まれ変わりであり、〈私の中には第二次世界大戦が入っているの〉と語る渡辺恭子に心惹かれていた、37歳の心療内科医〈僕〉が主人公の2016年。〈東回りで行き止まりに行き着いた人類と、西回りで行き止まりに行き着いた人類とがそれぞれに発展を遂げ大きな隔たりを越えて全勢力をかけて争う〉〈世界最終戦争〉という未来図を、石原莞爾が〈僕〉の祖父である立花茂樹に語る戦中戦後期。
 3つの時間軸を内包する長篇『キュー』は、自分はどんな役割を持って存在しているのか、世界はどのように在り、どのようになっていくのかという問いに対し、壮大な物語で応えていく小説なのだ。
 「急」「旧」「九」「求」「究」「宮」「久」「球」「救」というタイトルがついた全9章、390ページの物語が大きく動くのは、〈僕〉が「等国(レヴェラーズ)」と名乗る組織によって拉致される第2章から。〈僕〉は、監禁先の建物の地下29階で〈すべてが叶えられた《予定された未来》からやって来て、万能の力を分け与えてくれるデバイス〉「All Thing」という赤い板を見せられる。これが、半世紀もの間寝たきりで喋ることもできないにもかかわらず、世界の趨勢を左右する力を有する祖父の脳にアクセスするコントロールパネルのようなものだと語る「等国」の男・武藤。しかし、その肝心の祖父は預けてある施設からいなくなり、〈僕〉は武藤と共に、行方を捜すことになるのだ。
 人類を1つの超個体であると捉え、その重心を模索していく「錐国(ギムレッツ)」と、人類は個体群であり、それぞれの個の占めるものを等しく拡大していく「等国」。石原莞爾と立花茂樹の間で構想された、世界が進むべきふたつの針路と未来像を開陳しながら、物語は、特別なところのない役どころの〈僕〉を狂言回しに、Genius lul-lulや渡辺恭子がこの壮大かつ驚愕のビジョンにどう関わっていくかをじょじょに明かしていく。
 まさに、これまでに発表した中短篇作の集大成というべき、大きな構えの傑作。この長篇が放つ射程が遠い想像力の矢に貫かれたなら、デビュー作「太陽」、三島賞受賞作「私の恋人」、芥川賞受賞作「ニムロッド」なども読んでほしい。上田岳弘の凄みにたじろぐこと間違いなしだから。

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