
撮影年不詳ながら、義江との離婚、独り立ちを決意した頃のあき(自伝『ひとり生きる』=ダヴィッド社、1956年=より)
謎の美人占い師と言われる黄小娥(こうしょうが)が「藤原あきが死ぬ日」と予言する、昭和42(1967)年8月8日がやって来た。
早朝からうだるような暑さで、夏に弱いあきにはとりわけ厳しい1日が始まる。
国鉄お茶の水駅前、東京医科歯科大学付属病院8階の10畳ほどの個室には、「藤原あき」「中上川アキ」と2つの名前が出ている。
朝7時半ごろあきは、
「今日は気分がいいから、からだをきれいにしたいわ」

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