風の向こう側 (91)

開幕目前「マスターズ」優勝候補たちの原点回帰「我がゴルフ」

執筆者:舩越園子 2021年3月26日
カテゴリ: スポーツ
エリア: 北米
5カ月前は初制覇のD・ジョンソンが前回覇者タイガー・ウッズから着せられたが、今回グリーン・ジャケットを着るのは!?(C)EPA=時事
 

 ゴルフの祭典「マスターズ」の季節が、すぐそこまで来ている(4月8~11日、米ジョージア州「オーガスタ・ナショナルGC」)。

 昨年大会はコロナ禍による影響で異例の11月開催だったため、わずか5カ月後に次なるマスターズを迎えようとしていることは、これまた異例である。

 だが、その5カ月間のうちにゴルフ界にも選手たちにもさまざまな変化があった。だからこそ、今年のマスターズへの期待はことさらに膨らんでいる。

 今、最大の注目を集めているのは、もちろん、27歳の米国人ブライソン・デシャンボーだ。今年3月の「アーノルド・パーマー招待」を見事に制し、通算8勝目を挙げた。翌週の「ザ・プレーヤーズ選手権」でも優勝争いに絡み、残念ながら3位タイに甘んじたが、フェデックスカップランキングでは1位へ浮上し、絶好調ぶりを世界に示した。

 それほど実績を上げながらも、デシャンボーは飽くなき努力を続けている。プレーヤーズ選手権の舞台「TPCソーグラス」の練習場で毎日、最後まで球を打っていたのはデシャンボーだった。

「僕は完璧主義者だ。死ぬまで練習を止めない。ゴルフを辞めるまで努力を止めない」

 振り返れば、昨年のマスターズ開幕前、デシャンボーの姿は、他選手たちにとってはある意味、脅威だった。コロナ禍で一時休止された米ツアーが6月に再開されたとき、巨漢となって登場したデシャンボーの姿に誰もが目を疑った。

 ハイカロリーな食事やプロテイン・ドリンクを大量に摂って体重を前年から50ポンド(約23キロ)も増やし、厳しいトレーニングを重ねて筋肉増強に努め、飛距離アップを図った彼の奇想天外なチャレンジは、すぐさま出場3試合連続のトップ10入りへ、7月の「ロケット・モーゲージ・クラシック」優勝へ、9月のメジャー「全米オープン」初制覇へという形で結実した。

 その勢いのまま、デシャンボーが11月のマスターズを制覇するのではないか――そんな期待が膨らんだことは当然の流れだった。巨体から打ち放たれる飛距離は370ヤードを超えていたが、さらに彼は「マスターズには48インチのドライバーを持っていく」と公言し、オーガスタをパワーで捻じ伏せようと躍起になっていた。

 しかし、いざ蓋を開けてみたら、デシャンボーは原因不明の体調不良を起こし、48インチのドライバーも使わずじまいで、期待外れの34位タイに終わった。

デシャンボーの「新たな戦い方」

 とはいえ、練習や努力を「決して止めない、諦めない」のがデシャンボーである。昔から物理化学的見地からゴルフを見つめ、トライアル&エラーを繰り返してきた彼は、昨年のマスターズで振るわなかった原因を追究し、反省し、新たなチャレンジに乗り出した。

 体調不良の原因究明のため、「たくさんの病院であらゆる検査を受けた」結果、過度の緊張によって脳の前頭葉が過敏に反応することによる神経性の体調不良と診断された。その結果、「規則正しい生活と睡眠、リラックスと深呼吸を心掛けたら、体調もゴルフの調子も良くなった」。

 故郷であるカリフォルニア州マデラに戻り、ジュニア時代からのコーチ、マイク・シャイを訪ねて、スイングの基本を振り返った。その上で現コーチのクリス・コモとスイングをブラッシュアップし、飛距離のみならず正確性も高めるスイングづくりを目指してきた。

 絶大なる飛距離を最大の武器にして戦う方針は、もちろん今でも変わらない。だが、終始パワーに頼るのではなく、ここぞという場面ではパワーを生かし、攻守双方を使い分けながら戦おうと心に決めた。アーノルド・パーマー招待の舞台「ベイヒルC&L」の6番(パー5)で、3日目と最終日のみ湖越えに挑み、見事に成功させたことは、緻密な計算と状況観察を行った上でギャンブルに挑むデシャンボーの新たな戦い方を物語っていた。

 そんなふうに成長と変化を垣間見せているデシャンボーに、タイガー・ウッズ(45)も期待を寄せ、エールを送っている。

 今年2月に交通事故を起こして足に重傷を負ったウッズは、3月16日にロサンゼルス市内の病院から退院し、フロリダ州ジュピターの自宅へ戻ったが、まだ病院のベッドの上にいたときですら、デシャンボーに「頑張れ! 戦い続けろ!」とメールを送っていた。

「タイガーに気にかけてもらい、激励のメールまでもらえたことは大いなる励みになる」

 確かな手ごたえと自信に満ちる今のデシャンボーは、今年こそマスターズ優勝候補の筆頭と言っていい。

D・ジョンソンは「自分を見失わない」

 思い起こせば、昨年のマスターズでは「48インチのドライバー持参」を公言していたデシャンボーに煽られる形で、フィル・ミケルソン(50)やアダム・スコット(40)らが47インチの長尺ドライバーを実際に使用し、ローリー・マキロイ(31)やザンダー・シャウフェレ(27)は47インチを練習ラウンドで試したが、実戦では使わなかった。

 米ツアーきってのロングヒッター、ダスティン・ジョンソン(36)までもが47インチをオーガスタに持ち込み、ぎりぎりまで迷っていた。だが、ジョンソンは迷った末に実戦では45.75インチを使い、そして勝利を収めた。もしもあのとき、ジョンソンがデシャンボーへの対抗意識を燃やしすぎて長尺ドライバーを使っていたら、彼の勝利はなかったかもしれない。

 最近になってジョンソン自身が明かしたのだが、彼は昨年10月ごろ、

「デシャンボーにつられてパワーアップを図ろうとしたら、スイングがおかしくなりかけた」

 そして彼は、

「自分を見失っては意味がない。飛距離をアップさせても精度がダウンしてミスが大きくなるのでは逆効果だ」

 と思い直したそうだ。

 それでもやっぱり目の前で繰り広げられるパワー合戦を完全に無視することができず、オーガスタに長尺ドライバーを持ち込んでいた。

 最終日の朝は「緊張しすぎて朝食も喉を通らず、ラウンド途中で口にしたサンドイッチも無理矢理、水で流し込んだ」ほどの極限状態だったそうだが、デシャンボーを意識したおかげで「自分を見失わない」ことの大切さをすでに悟っていたジョンソンは、だからこそ、その極限状態を乗り切り、勝利できたのだと思う。

 そんなジョンソンには今年、ジャック・ニクラス(81)、ニック・ファルド(63)、ウッズに続く史上4人目のマスターズ2連覇への期待が寄せられている。3月上旬には、いち早くオーガスタで練習ラウンドを行った。

「グリーン・ジャケットを着てオーガスタに入る気分は最高だ。オーガスタに大きな変化は見られず、いつものオーガスタがそこにあった。2連覇のことは意識していない。それよりも、去年のサンデー・アフタヌーンを戦った僕の一打一打を思い出していた」

 世界ナンバー1のジョンソンは、今年も「自分のゴルフ」でマスターズ優勝を目指す心づもりだ。

「自分を取り戻す」マキロイとトーマス

「自分を見失っては意味がない」と悟ったジョンソンとは対照的に、マキロイはいつまでもデシャンボー・エフェクトを受け続け、すっかり調子を落としてしまった。

 2019年11月の世界選手権シリーズ「HSBCチャンピオンズ」で優勝して以来、マキロイは勝利から遠ざかっている。今年は優勝争いにも絡んでおらず、2月の「ジェネシス招待」では予選落ち。3月のプレーヤーズ選手権では初日に79を叩き、あっけなく予選落ちとなった。

 マキロイいわく、

「去年の秋ぐらいから、デシャンボーを意識して筋力アップ、パワーアップを図った」

 しかし、彼のスイングとゴルフは日に日に崩れ、世界ランキングでは、ついにトップ10から陥落してしまった。

 その結果、パワフルなデシャンボーのゴルフが妬ましくさえ感じられるようになった。

「ブライソンほどアップライトに振れれば、深いラフからも簡単に脱出できる。それに彼のショートアイアンはスタンダードより長い。誰よりも長いわけだから、スピードも出るし、そりゃあ有利だ」

 そんなデシャンボー対策ということで、今後の試合のコース設定が「より長く、より固く、より速くなったら、大変なことだ」と脅威を感じたマキロイは、先ごろ、

「もうこれ以上、パワーや飛距離を追うことはしない」

 と語った。つまりマキロイは、パワー合戦、飛距離合戦においては、デシャンボーに白旗を上げたのである。

 だが、それはゴルフの戦い全般においての白旗ではない。むしろマキロイは、自分と自分なりのゴルフを取り戻すことの大切さに気づき、「僕は僕のゴルフで今年のマスターズに挑む」と意を決して、デシャンボーに挑戦状を叩きつけようと意欲を燃やしている。

「自分を取り戻す」と言えば、ジャスティン・トーマス(27)は今年1月の「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」3日目のラウンド中、LGBTQに対する差別的言葉を思わず口にして、ラルフローレンからウェア契約を解消されてしまった。だが、「人間として自分を見つめ直し、成長したい」と語ってからの彼は、胸にロゴマークが無い無印シャツ姿で粛々とプレーを続けてきた。

 そして、マキロイが大叩きして予選落ちを喫したプレーヤーズ選手権で、絶好調のデシャンボーを抑え込み、米ツアー通算14勝目を挙げた。世界ランキングは2位へ浮上。そんなトーマスも、今年のマスターズでの活躍が大いに期待される1人だ。

 昨年のマスターズは、ゴルフ界全体がパワー競争、飛距離合戦になりそうな気配に誰もが翻弄された感があったが、今年のマスターズは、誰もが自分と自分のゴルフを見つめ直し、「我がゴルフ」で挑む戦いになりそう。そんな原点回帰のマスターズが今から楽しみでたまらない。

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執筆者プロフィール
舩越園子(ふなこしそのこ) ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。
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