“15年前後で「社会主義強国」を建設”という金正恩の「見果てぬ夢」(1)「青年のため」という大言壮語

執筆者:平井久志 2021年5月25日
タグ: 北朝鮮 金正恩
エリア: アジア
平壌で開かれた第10回「金日成・金正日主義青年同盟」大会最終日の様子。金正恩党総書記は直接参加しなかったが……[KCNA VIA KNS](C)AFP=時事
1月の党大会以降、立て続けにさまざまな会議を開催してきた北朝鮮。その中で何を討議し、何を決定したのか。北朝鮮の最新情勢を分析する。

 北朝鮮では4月27日から29日まで、「金日成(キム・イルソン)・金正日(キム・ジョンイル)主義青年同盟」第10回大会が開催された。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は大会に直接参加しなかったが、代わりに寄せた書簡中で、

「今後15年前後で全人民が幸福を享受する隆盛・繁栄の社会主義強国を打ち建てるつもりだ」

 との展望を示した。

 北朝鮮は国連から経済制裁を受けており、新型コロナウイルス感染拡大の防疫とこれに伴う貿易の大幅な減少、水害という「三重苦」の中にあるが、金党総書記はそんな苦境の中で15年前後で「社会主義強国」を建設すると宣言したわけだ。

 米国が新たな北朝鮮政策を決定し、対話を呼び掛けても無視している状況で、国民に対しては自力更生を呼号し、党員に「以民為天」「為民献身」と滅私奉公を訴えるだけで「隆盛・反繁栄の社会主義強国」は実現するのだろうか。今年1月の第8回党大会以降の国内状況を点検し、現状と展望を分析する。

青年同盟は組織人員500万人の大組織

「青年同盟」は、労働党員を除く14歳から30歳の若者がすべて加入を義務付けられており、その組織人員は約500万人とされる。労働党の外郭団体には「青年同盟」「朝鮮社会主義女性同盟」「朝鮮職業総同盟」「朝鮮農業勤労者同盟」の4組織があり、北朝鮮国民はそのどれかに所属しなくてはならない。4組織の中でも、「青年同盟」は朝鮮労働党の“後備隊”として重視されている。

 北朝鮮は今年1月に第8回党大会を開催した後、「青年同盟」第10回大会を4月上旬に、「職業同盟」第8回大会を5月下旬に、「婦人同盟」第7回大会を6月下旬に、「農民同盟」第9回大会を7月初旬にそれぞれ開催するとした。第8回党大会で決定した国家経済発展5カ年計画の目標を達成し、金正恩政権への忠誠を強化する目的とみられる。

 ところが、4月初旬の予定だった「青年同盟」大会は一向に開催されず、4月29日になってようやく、同27日から第10回大会が開催されたことが明らかになった。

 この開催が予定より遅れた理由は不明だが、先行して開催された党細胞書記大会の開催が遅れたことや同大会の講習会開催などがあったためとみられた。

青年同盟の名称から「金日成・金正日」を外す

 北朝鮮の青年組織は、1946年1月17日に「北朝鮮民主青年同盟」としてスタートした。1951年に「南朝鮮民主青年同盟」と統合して「朝鮮民主青年同盟」となり、1964年5月の第5回大会で「社会主義労働青年同盟」と改称。長く「社労青」の名前で呼ばれてきた。

 そして、金日成主席が死亡した後の1996年1月に「金日成社会主義青年同盟」となり、2016年8月の第9回大会で「金日成・金正日主義青年同盟」となった。

 今回の大会では、組織名称を「金日成・金正日主義青年同盟」から「社会主義愛国青年同盟」に改称した。金正恩体制が2011年12月からスタートした直後の翌年4月6日に、党幹部に行った談話「金正日同志を永遠の総書記にいただいてチュチェ革命偉業を完成しよう」で、

「朝鮮労働党の指導思想は偉大な金日成・金正日主義だ」

 と定式化した。これを受けて2016年8月の第9回大会ではそれまでの「金日成社会主義青年同盟」から「社会主義」を落とし、「金日成・金正日主義青年同盟」と改称した。

 それから約4年8カ月ぶりに開かれた今大会で、「金日成・金正日」という最高指導者の名前を外し、再び「社会主義」を復活させ、「愛国」を入れて「社会主義愛国青年同盟」と改称したわけだ。

 北朝鮮の大衆組織の大きな目的は、最高指導者やその思想への忠誠である。実は、「青年同盟」の組織名称変更は大会前から決まっていたのだが、これまで25年もの間冠していた最高指導者の名前を組織名から外したのは、意外だった。なぜ「社会主義」と「愛国」を入れた組織名にしたのだろうか。

 第1の理由としてはまず、政権スタート以来、金日成主席や金正日総書記の権威を借りて自己の権力基盤を強化してきた金正恩党総書記が、10年を経て、先代や先々代の権威を借りずに権力を運営する基盤ができたと判断した、ということが考えられる。

 第2は、金党総書記が近年推進している、“北朝鮮を「通常国家」に変えていく”という考え方の反映だ。これは人民武力省を国防省、国務委員長を「President」と英訳したように、青年同盟も「通常の社会主義国」の青年組織の名前にしよう、という発想だ。

 だが、金党総書記は今回の大会に送った書簡で、

「青年同盟の名称を改めたからといって、全同盟の金日成・金正日主義化を総体的目標、総体的闘争課題としているわれわれの青年組織の本態が変わるのではありません」

 としている。同大会での名称を改める決定書でも、

「社会主義愛国青年同盟は、全同盟の金日成・金正日主義化を総体的目標、総体的闘争課題に、金正恩同志への忠実性を生命線と捉えていく」

 と表現している。さらに書簡では、

「社会主義愛国青年同盟という新しい名称には、朝鮮革命の現段階における青年運動の性格と任務が直線的に明白に盛り込まれており、われわれの時代の青年の理想と品格が集約されており、青年組織としての固有の味わいもよく生かされています」

「われわれの全ての青年が社会主義を生命のように貴び、その勝利のために代を継いで断固と闘う愛国青年として準備し、青年同盟が社会主義建設で突撃隊の威力を余すところなく発揮することを望む党と人民の大きな期待もこもっています」

 とも述べている。

 つまりは、北朝鮮の“バナナ”は他の社会主義国家と同じように“黄色”にする、ということなのだ。もっとも、ほかの国ではバナナの皮をむくと白い果実が現れるが、北朝鮮では金日成・金正日主義に色付けられた「赤色」の果実が内包されていなければならない、という発想なのだろう。

 第3は、反社会主義、非社会主義との闘争のさらなる強化である。北朝鮮は1月に開催した第8回党大会で反社会主義、非社会主義的な行為との闘争を呼び掛けた。特に青年層の間に浸透している、韓流文化や西側の大衆文化などの取り締まりを繰り広げており、「社会主義」を名称に取り入れたことは、若者の間で広がっている非社会主義文化を排撃する目的もあるとみられる。

 第4には、北朝鮮が2018年末から強調し始めた「わが国家第一主義」の影響もあるとみられる。金党総書記は2019年元日の「新年の辞」で、

「すべての党員と勤労者は情勢と環境がどう変わろうとも、わが国家第一主義を信念とし、朝鮮式に社会主義経済建設を力強く推し進める」

 と述べた。ここでも「わが国家第一主義」と「社会主義」が強調されたが、「わが国家第一主義」の延長線上に「愛国」があるのだろう。

「反社会主義・非社会主義との鋭い対決戦」

 金党総書記は大会に送った書簡で、青年同盟に対して3つの課題を示した。

 第1は「全ての青年を社会主義を信念とする愛国青年としてしっかり準備させることに同盟活動の全てを志向させること」、第2は「第8回党大会の決定を貫徹するための実際の闘争を通じて全ての青年を栄誉ある社会主義建設者に育て上げること」、第3は「青年を社会主義道徳と文化の真の主人にすること」――であった。

 第1の課題に関連し、金党総書記は以下のような興味深い指摘をした。すなわち、

「今の青年世代は国が試練を経ていた苦難の時期に生まれ育ったため、朝鮮式社会主義の真の優越性に対する実際の体験やイメージに欠けており、はなはだしくは一部間違った認識まで持っている」

 というのである。1990年代後半の「苦難の行軍」の時期、党や国家は人民への配給や生活保障を放棄し、人民は自らの手で生活を確保し、生きて行かなければならなかった。この時代に生まれ育った14~30歳の若者は愛国心を持たず、「党や国家は何もしてくれない」という思いを抱いており、「朝鮮式社会主義の真の優越性」を認識していない、という指摘だ。

 金党総書記はそうした若者たちに対して、

「チョンリマ時代の青年の思想精神と闘争気風に見習うようにすることだ」

「1950年代、1960年代の青年たちは社会主義・共産主義理想を信念とし、刻苦奮闘してチョンリマの奇跡を生み出し、この地に最も優れた社会主義を打ち立てた」

 と強調した。朝鮮戦争の廃墟の中から経済建設に立ち上がった「チョンリマ(千里馬)運動」を展開した当時の若者に学べ、と訴えたわけである。

 第2の課題は、若者を空理空論ではなく「実際の闘争」を通じて「社会主義建設者」に育てるということだ。書簡では、

「類例のない厳しい形勢の下で膨大な革命課題を遂行しなければならない今日の時代に、われわれの青年は『社会主義建設の誇らしい闘争で愛国青年の気概を轟かそう!』というスローガンを掲げていかなければならない」

「5カ年計画の遂行において青年が創造と革新の炎を強く燃え上がらせなければならない」

 とし、第8回党大会が決定した国家経済発展5カ年計画の遂行に、若者が中心的役割を果たさなければならないとした。さらに、

「奇跡はおのずと起こるものではなく、集団の力が引き出され、競争の熱風が巻き起こる時にのみ創造される」

 とも記しているが、これは、韓国の金大中(キム・デジュン)元大統領が日本の国会で行った演説(1998年)にあった「奇跡は奇跡的には起こらない」というフレーズと似たような指摘だった。

「青年同盟」は、学生と軍人を主要構成員にしているが、科学部門の青年と大学生に対しては、

「社会主義建設の前途は青年世代の頭脳と科学技術水準にかかっているということを銘記し、世界と競争する大きな胆力と抱負をもって専攻分野の先端科学技術を身につけるため全力を尽くす」

 ことを求めた。また軍人に対しては、

「祖国防衛は、社会主義偉業の遂行において一時もおろそかにできない重大な国事であり、血潮たぎる青年の最も神聖な義務である」

 とした。

 第3の課題については、

「われわれが建設する強大な社会主義国家は当然、道徳と文化の面でも優秀で、発展していなければならず、ここで青年の果たす役割は非常に大きい」

「現段階において朝鮮式社会主義の本態を曇らす危険な毒素は、反社会主義・非社会主義的行為である」とした。さらに、

「青年同盟は、反社会主義・非社会主義的行為との闘争に組織の力を最大限に引き出し、青年大衆をこぞって奮い立たせなければならない」

 と訴え、

「全同盟が反社会主義・非社会主義的行為との闘争が一寸も退くことのできない鋭い対決戦であるという覚悟を持って数百万の青年を総決起させ、青年の熱烈な正義感、肯定の力によって不正の芽、不純の毒草を根絶しなければならない」

 と強調した。北朝鮮の若者の間に浸透している韓国のドラマや音楽などの「毒草」を根絶せよ、と指示したわけだ。それだけ、北朝鮮当局が韓流文化の浸透に危機感を持っていることを示すものだ。

 これら3つの課題は、逆に北朝鮮当局が抱えている困難性を指摘したともいえる。若者が個人主義に走って愛国心から遠ざかり、経済建設の主力にならず、反社会主義的、非社会主義的文化に染まっているというのが、北朝鮮の現状だということだ。

 大会では青年同盟の委員長を朴(パク)チョルミン氏から文(ムン)チョル氏に交代し、9人の副委員長を選出した。朴チョルミン氏は青年同盟中央委組織書記、第1書記、党中央委員候補などを経て委員長に就任。文チョル新委員長は青年同盟平壌市委員会第1書記、同委員長を経て委員長に就任した。

青年のための「隆盛・繁栄の社会主義強国」建設

 冒頭に記したように、金正恩党総書記は青年同盟への書簡で「今後15年前後で全人民が幸福を享受する隆盛・繁栄の社会主義強国を打ち建てる」と宣言した。

 金党総書記は、

「今日の状況下でこのように大胆な目標を掲げて闘おうとするのは、ほかならぬ青年のためであり、われわれの青年の強烈な志向と底知れない力を信じているからだ。朝鮮式社会主義の明るい未来は青年のものであり、青年自身の手で手繰り寄せなければならない聖なる愛国偉業だ」

「わが党は今後の5年間を、朝鮮式社会主義の建設に画期的な発展をもたらす効果的な5年間、歳月を縮めて山河を今一度大きく変貌させる大変革の5年間にするための作戦を立てている」

 と書簡で述べた。

 北朝鮮は今年1月の第8回党大会で新たな国家経済発展5カ年計画を立てたが、果たして「大変革の5年間」にすることは可能なのだろうか。

 それを検証するために、北朝鮮の第8回党大会以降の動き振り返る必要がある。少し、時計の針を戻してみたい。(つづく)

“15年前後で「社会主義強国」を建設”という金正恩の「見果てぬ夢」(2)すぐに見直された経済計画

 

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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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