医療崩壊
医療崩壊 (52)

東京・埼玉・沖縄で新型コロナ感染過去最多:根拠なき楽観を捨て「冬」「途上国需要」への対策を急げ

執筆者:上昌広 2021年7月27日
エリア: その他
「行動制限」は対策として限界にきている
新型コロナウイルスのワクチン接種は長丁場の戦いになる。途上国が変異株を抑えるカギである以上、今後は先進国の「自国優先」も通りにくくなるだろう。この夏に表面化したワクチン供給減にもかかわらず楽観ムードの日本政府と、冬に備えて対策を急ぐ各国との意識の差は大きい。

 新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染者の増加が止まらない。世界的にデルタ株が急拡大する最中に東京五輪を開催するのだから、流行が収まるはずがない。ただ、多くの国民は、ワクチン接種が進むまでの辛抱と考えているだろう。確かに、第5波ではワクチン接種がすんだ高齢者の感染は少ない。河野太郎規制改革担当大臣が掲げる、11月までに希望者全員にワクチン接種を完了するという政府目標が実現すれば、コロナの感染拡大は収まりそうだという楽観論も聞こえて来る。

 だが、こんな楽観論が罷り通っているのは日本くらいだ。ワクチン接種が進んだ欧米諸国は冬対策に懸命だ。それは、冬には流行が本格化することに加え、接種したワクチンの効果が減弱し、さらに新たな変異株が出現しているかもしれないからだ。最悪に備えて準備を進める欧米諸国と、東京五輪しか眼中にない日本の姿は、イソップ童話の「アリとキリギリス」を彷彿させる。その末路は改めていうまでもない。本稿では、冬に備えた世界のコロナ対策を紹介し、日本の問題点を論じよう。

冬に向けて動くイスラエルと英国

 世界が関心を寄せるのは変異株への対応だ。現在、世界中でデルタ株(インド株)が急拡大している。日本も例外ではない。国立感染症研究所によると、7月中旬の段階で、国内で検出されるウイルスの11%はデルタ株だった。東京に限れば49%で、このペースでデルタ株の感染拡大が進めば、8月初旬には全てがデルタ株に置き換わる。

 ただ、今冬、我々が対峙するのはデルタ株ではないだろう。それまでには、デルタ株から更に変異した新たな変異株、あるいは異なる変異株が影響し合って新種の変異株が生みだされている可能性が高い。突然変異は、ウイルスゲノムが複製する際に一定の確率で起こる。流行が拡大すれば、その頻度は増え、新たな変異株が発生しやすくなる。昨冬、英国でアルファ株、今春、インドでデルタ株が拡大し、数カ月後には世界的流行へと発展した。デルタ株が大流行している今夏、世界のどこかで新たな変異株が生まれていても不思議ではない。勿論、東京五輪をきっかけに日本で新たな変異株が誕生する可能性も否定できない。

 世界が注目するのは、イスラエルと英国だ。メディアは、両国がデルタ株による感染者が増加している中、規制を緩和したことを大きく報じている。両国が、このような対応が取れるのは、ワクチン接種が進んでいるからだ。7月24日現在、イスラエルは61%、英国は54%が接種を終えている。この結果、多くの国民が免疫をもち、感染が拡大しても、重症者や死者が増加していない。イスラエルでは昨冬、1日の重症者が1200人に達したのに、最近は20人程度だ。感染しても軽症で済むのだから、ワクチン接種を完了した者に限って言えば、コロナは普通の風邪と同じとみなすこともできる。このまま流行が収束すれば、世界で初めて「ウィズ・コロナ」を実現したことになる。

 これは快挙だが、彼らは、そこで思考停止するほど能天気ではない。合理的で現実的な国民だ。この方法が通用するのは、夏場のデルタ株に対してだけかもしれず、今冬はどうなるかわからない。入念な対策が必要だ。彼らはやれることから、やっている。

 一つは、ワクチンの追加接種だ。イスラエルは7月11日から免疫力が低下している人に3回目の追加接種を開始したし、英国は9月から高齢者を対象に追加接種をする方向で調整を進めている。

 ファイザーによれば、2回目の接種から6カ月後に3回目の追加接種を受けた場合、抗体価は5~10倍程度増加するという。同社は7月8日に3回目の追加接種の承認を米食品医薬品局(FDA)に申請する方針を明かした。

 ただ、追加接種については、専門家の間でも意見が分かれている。6月28日、米ワシントン大学の研究者は、ファイザー製ワクチンを打った人のリンパ節に胚中心という構造物が形成されていることを英『ネイチャー』誌に報告した。これは長期的な免疫が獲得されていることを意味する。問題はその強さで、その点については不明なのだが、7月8日、米疾病対策センター(CDC)やFDAは、現時点でワクチンの追加接種は不要という共同声明を発表している。

 米国が、このような対応を取れるのは、国内にmRNAワクチンの開発に成功したファイザーとモデルナが存在するからだ。他のワクチンと比べ、mRNAワクチンは開発・製造が圧倒的に容易だ。ファイザーは8月からデルタ株に対応したワクチンの臨床試験を開始する予定で、いざという時には米国に優先的に配給される。つまり、米国だけは、特別な存在という訳だ。他国はそんな悠長なことはいっていられない。

 現在、世界のワクチン需要は急増している。実は、これこそが、日本に供給されるワクチンが減り、集団接種が減速した理由だ。7月中旬の段階で、約7割の自治体が接種予約を停止、あるいは制限している。7月15日、東京都新宿区は「区へ供給されるワクチン数量は、7月に入り大きく減少しています。8月についても必要とする数量は供給されないことが見込まれている(以下略)」との見解を発表した。11月までに希望者全員にワクチンが打てるという河野大臣と、自治体関係者が抱く実感には、大きな乖離がある。

 十分なワクチンが確保できないなら、手持ちのワクチンを有効活用するしかない。この点についても、世界では研究が進んでいる。例えば、血栓症の副反応のため、使用が激減したアストラゼネカ製ワクチンの活用だ。英、独、スペインなどの研究グループが、ファイザー製とアストラゼネカ製を併用しても、副反応は問題とならず、むしろ強い免疫反応が誘導されたという研究結果を英『ランセット』誌などに発表している。この結果に基づき、英国は3回目の追加接種で、在庫となっているアストラゼネカ製ワクチンを活用する予定だ。

 これは、アストラゼネカ製ワクチンの在庫を抱える日本にとって有り難い研究だ。ところが、加藤勝信官房長官は6月30日の記者会見で、「1回目と2回目で、異なるワクチンの使用を積極的に推奨する状況ではない」と発言し、自ら選択肢を狭めてしまった。

 ワクチンの有効活用に関する研究は、これだけではない。7月9日、英『ネイチャー』誌は「モデルナ製ワクチンは4分の1の量でも強い免疫をもたらす」という論考を掲載しているし、英オックスフォード大学の研究者たちは、アストラゼネカ製ワクチンを用いた場合、2回目を初回から6週間以内に接種する場合と比べて、12週間以上空けると、免疫は約1.6倍強化されたと『ランセット』誌で発表している。この研究を根拠に、英国など一部の国は、製薬メーカーが推奨する間隔で2回目の接種をするよりも、まずはできるだけ多くの国民に1回目の接種をする政策をとっている。国からのワクチン供給が不十分で、多くの自治体が2回目接種用のワクチンを確保するまで、接種を進められない日本において、この研究は有用だが、これも政府は活用していない。

途上国のワクチン需要はこれから加速

 今後、ワクチン獲得競争は益々、熾烈となる。それは、先進国に加え、途上国でのワクチン需要が増えるからだ。世界保健機関(WHO)は、4つの「懸念される変異株(VOC)」と4つの「注意すべき変異株(VOI)」を認定しているが、このうち5種類が南アフリカ、インド、ブラジル、ペルーなどの途上国から拡がっている。途上国での感染を制圧しなければ、先進国は国内での流行を制圧しても、続々と発生する変異株叩きのイタチごっこを続けるしかない。自国のことしか眼中になかった先進国も、最近になって、途上国対策の重要性を認識するようになった。テドロス・アダノムWHO事務局長も、7月12日の記者会見で、3回目接種より途上国への供給を呼びかけた。今後、この流れは加速するだろう。

 途上国へのワクチン供給の多くは、英国やスウェーデンらが主導するGAVIワクチンアライアンスなどの組織による「COVAX」という枠組みで配分される。インドの血清研究所が製造するアストラゼネカ製のワクチンを中心に、11種類のワクチンが利用される。今後、このような枠組を通じて途上国に配付されるワクチンは増える。日本は先進国だけでなく、このような枠組みとも競争しなければならない。ところが、日本政府に危機意識はない。

 このような状況を知ると、日本の将来は絶望的だ。「人々の行動制限だけに頼る時代はもう終わりつつある」という尾身茂新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の発言に象徴されるように、無為無策を貫いてきた日本は、世界に伍してワクチンを確保し、最先端研究の成果をコロナ対策に実装していく力はない。このままでは、今冬、日本ではコロナ変異株が蔓延し、多くの国民が亡くなることになる。日本のコロナ対策は世界と協調しながら、科学的に合理的な視点から見直さねばならない。

カテゴリ: 医療・サイエンス
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執筆者プロフィール
上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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