アフガン政権崩壊――背景と展望

東大先端研創発戦略研究オープンラボ:ROLESCast#002

執筆者:池内恵
執筆者:小泉悠
2021年9月2日
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
エリア: 中東 北米
「中東通信」の池内恵・東京大学教授による動画配信チャンネル「ROLESCast」。第2回は8月15日のアフガン政権崩壊を受け、翌16日に急きょ行われた小泉悠・東京大学特任助教との対談だ。首都陥落の原因と周辺諸国への影響、中露・中央アジアの出方を解説する。

※お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

池内:本日は急きょ番組を設定しました。昨日8月15日にアフガニスタンの首都カーブルをターリバーンが制圧しました。その直前にアシュラフ・ガニー大統領が国外に逃亡。最終的にオマーンに逃げたということです(その後、アラブ首長国連邦に身を寄せていることが明らかになった)。

 米国が支援してきたガニー政権が非常に簡単に崩壊し、米国から支援され増強されたはずのアフガニスタン国軍がほとんど雲散霧消した。そして首都だけは守っていたはずの治安部隊も一切抵抗することなくターリバーンに明け渡した。この事態をどう考えるか。そのうえで、ターリバーンの支配が今後どうなっていき、それが国際社会や地域情勢にどのような影響を与えるのかということについて、現段階での認識と見通しをまとめておきたいと思います。

 小泉さん、カーブルでの政権崩壊をどう見ていますか。

 アフガニスタンへの大国の介入について、常に参照されるのが旧ソ連の事例です。旧ソ連が1979年にアフガニスタンに侵攻し、長期間にわたってアフガニスタンの内戦に足を取られ、それがソ連崩壊の遠因にもなったということはよく言われます。

 ロシア専門家の小泉さんは、9.11以降のアメリカの20年間の関与がこのような形で終わったことについてどう見ていますか。

ソ連と同じ轍を踏んだアメリカ

小泉 やはりアメリカもソ連と同じ轍を踏んだなという感じがしますね。

 今回カーブルに進駐してきたターリバーン軍の兵隊たちを見ても、頭にターバンを巻いてサンダルを履いてカラシニコフ銃か何かを持っているだけのゲリラです。真正面から戦ったら、ソ連軍やアメリカ軍の方が強いに決まっている。けれども大国は彼らに戦場では勝てても戦争には勝ててこなかった。

 アフガニスタンの場合には、民心を掴めなかった。つまりアメリカやソ連が持ち込んだ統治の形がアフガニスタンの人々にとって納得のいくものではなかった。それに比べるとターバンとサンダルのターリバーンの方が納得を得てしまったのかなという気がします。

 その納得のメカニズムやターリバーンがどういうものを提示しているのかは専門家でないので分かりませんが、軍事力を中心とする大国の強さが、こういう戦いでは非常に脆く、限定されているということを如実に表している事例が、また繰り返されたと思います。

 

池内 アフガニスタンは「帝国の墓場」と言われますよね。

 今さまざまな英語圏の評論家、専門家が、過去にアフガニスタンに足を取られて敗れていった、去っていった、自らの崩壊を早めた事例を、アレキサンダー大王やチンギス・ハーンに遡って紹介しています。それはソ連崩壊に先立つ1980年代にアメリカで公開されたシルベスター・スタローン主演の映画「ランボー3 怒りのアフガン」にも出てくる、人口に膾炙した話です。けれど、分かっていても、同じ轍を踏んでしまう。

占領統治者が諜報することの難しさ

池内 私から見ると、1つのポイントはアメリカの諜報能力がアフガニスタンで非常に落ちていたということです。

 アメリカが8月末に引けばいずれアフガン政権が崩壊するという見通しは出ていた。しかしその時期について、それでも1年弱は持つだろうとか、いや3カ月だとか、下方修正を繰り返して、(首都をめぐる攻防自体は)ほぼ1日で事態が急展開し、予測が追い付かなかった。それは喧伝されるアメリカの諜報能力が、アフガニスタンではそれほどでもなかったことを示していると言わざるを得えません。

 ただ、現地の人は占領者として君臨している相手に対しては本当のことを言いません。アメリカの諜報当局からすると、第三者の立場からこっそり調べるのではなく、占領統治している立場で、現地の人からホンネを聞き出すのは、非常に難しかったと思います。アフガニスタン人は、アメリカ人とうまくやれば自分の地位が与えられる、お金が与えられる、けれど近づき過ぎるとアフガニスタン社会から報復がある、といろいろなことを考えているわけですから。

 いずれにせよ、たった1日で首都が無血陥落し、政府そのものが雲散霧消したことが示しているのは、アフガニスタン政府の上から下までが皆、面従腹背だったということ。米国はガニー大統領がここまで早期に逃げていくことは予想していなかったと思いますし、現場の兵士たちやその司令官たちも、米国人に向けては、最後まで戦うような振りをしていたけれども、さっと逃げた。

 アメリカ側も、最終的に撤退する瞬間にはかなり混乱があるとは予想していたでしょうけれども、アフガニスタンの政府が全く主体性なく消えてしまうということは想定していなかったのではないかと思います。

 

小泉 アメリカ軍のヘリコプター「ブラックホーク」がフレアを撒きながら地上に降り、再び上がっていったのは、地上に地対空ミサイルがあるかもしれないと警戒していたということです。まだカーブルには米軍がいて、治安維持のために1000人増派すると言っている最中にターリバーンが入城してきたというところに、「アメリカは逃げ出すのだから、これ以上われわれに手出ししてこない」という自信を感じますよね。

 

池内 アメリカがガニー政権を見捨てたのは確かです。「将来見捨てますよ」ということを国際的に表立って宣言したのは2020年2月29日にドーハで調印した米国とターリバーンの和平協定。それまではターリバーンを相手にしないということだったのを転換し、「ターリバーンはテロリストだから相手にしないでくれ」と言っているアフガニスタン政府を差し置いて、ターリバーンとの協定に調印した。

 この時点でアメリカは、将来的にはアフガニスタン政府を見捨てるけれども、自分で統治していけるよう国家建設をある程度やってから出ていく、同時にターリバーンとは和平する、という二正面作戦に切り替えた。ターリバーンを殲滅してアフガニスタンを立派な政府にするのではなく、ガニー政権を支える一方で、ターリバーンの主張するアフガニスタン・イスラム・アミール国もその正統性は承認しないが勢力の存在自体は認めるという形にしたのが、この合意です。

 現地の人間から言えば、これをやってしまった以上、やがて昨日のような事態が生じることは織り込み済みでしたが、織り込み方がアメリカと現地、周辺諸国の間でかなりずれていた。アメリカはやはり楽観的で、これほどアフガニスタンの政府軍、治安部隊、政府そのもの、指導者そのものに当事者能力がここまでないとは考えていなかった。

 このギャップが大きかったという点は忘れてはならないと思います。日本政府や日本メディアはアメリカからの情報に頼りがちなので、アメリカ側の情勢認識にかなり依拠して物事を見てきたのではないかと思います。

 その点、われわれは地域研究をベースに物事を見ているので、今後はもう少し強めに現地の視点から見るとどうなのかということを発信していかないといけないなと考えています。 

 また今回、ターリバーンが以前よりも容易に各地での戦闘を優位に戦うことができた1つの原因としては、現地のさまざまな軍閥が軍事的には弱まっていたこと、それがわれわれ日本を含む外部のアフガニスタン政策の結果ではないかということも指摘しないといけない。

 アフガニスタンの国家構築支援の初期段階においてかなりの部分を占めていたのは、「刀狩り」でした。軍閥がかなりあって、それぞれの地域を支配していたので、場合によってはお金を出して武器を買い取るようなことをした。そして、放っておけば軍閥の部隊に入る若者たちに、教育や職を与えた。それは開発支援という枠組みでは非常に重要とされ、一定の効果をあげましたが、在野の勢力ではターリバーンだけが武器をもっているという状況をつくってしまった。

合同演習を行ったロシア・タジキスタン・ウズベキスタン

池内 最後にいくつか考えてみたい点があります。1つは周辺諸国への影響。

 アフガニスタンは地域という面で言うと、一方で中東、他方で南アジア、パキスタン、そして中央アジアとの関係が深い。国自体がどの地域に属するか曖昧で、言わば主要な地域の全てにまたがる、あるいはその地域間に緩衝材のように無理やり置かれた国です。

 その国でこのような状況が生じ、ターリバーン政権がもう一度帰ってきたことに対して、中央アジアやロシアはどう対処すると見られますか。

 

小泉 このシナリオは十数年前からロシアの安全保障専門家たちが言い続けてきたことです。アフガニスタンが再び不安定化するかもしれない、しかもアフガニスタンの不安定がアフガニスタンにおさまらず、中央アジアに波及してくるのではないか、という恐れです。特に、民族が入り乱れていて不安定で守りにくい、フェルガナ盆地のようなところですね。

 ロシアは80年代にほぼ10年間にわたってアフガニスタンで戦争をしていたので、アフガニスタンを占領することはできるかもしれないけれども、統治し、安定した友好国になってもらうのはほぼ無理だと分かっていたと思います。ターリバーン本人たちがアミール国というわれわれとは全く違う体系の秩序を目指しているのに、そこにネイションステートをつくろうとしたことに根本的な問題があるのではないかと思う。

 冷戦後のロシアがチェチェンの統治に苦労したのと同じで、最初はチェチェン民族独立運動と言っていたけれど、だんだんあちこちからイスラム過激派が集まってきてカフカス・アミール国をつくると言い出した。そこにいくらロシアの連邦軍や国内軍を送りこんで叩いてみても、住民たちの秩序観や闘っている戦士のコアな価値観みたいなものは、ミサイルや砲弾ではつぶせない。

 そこでロシアは、チェチェン武装勢力の中でも比較的話がつきそうなカディロフ一族を抱き込んで、「お前らの好きなようにしていいけど、プーチンに逆らうんじゃないぞ」という取引をした。そして今、一応チェチェンはロシア連邦の一部ということになっていますが、チェチェンの中までロシアの秩序が及んでいるのかというと怪しい。

 いずれにせよ、ロシアはチェチェンでフィクションとしての近代国家をつくって、その下に現地にフィットした別の秩序がありますよという二重体制による間接統治をするしかなかった。

 でも今回のアフガニスタンの場合は、これまでは上はガニーを中心とする近代秩序をつくってアメリカが支援しているけれども、下のところは分からないよねという二重秩序にしてあったわけですけれども、いきなりその間のところを取り払ってしまったんだと思う。たぶんその方針転換がなされたのは、バイデン政権になってからなんじゃないかと感じるんです。

 ガニーを見捨てていずれ米軍が出て行きますよという話は確かに去年から続いている話ではあって、ロシアもそれには同調してきましたよね。ロシアのラブロフ外相も「タリバンを含む政権を」とは言っていた。けれども、今回の撤退にまつわる一連の決定は急に今年に入ってから出て来るような感じがあって。バイデンはオバマ政権の副大統領だった時にも、非常に強硬に急速撤退論を唱えていたらしいんです。だから、バイデンは果たしてこうなることがわかってなくて撤退をしたのか、あるいは「アメリカが撤退するしかないんだ」という考えなのかは、まだバイデンの回りから見えてこないような気がします。「一切、後悔はしていない」と強弁していますけれども、それが政治的な方便なのか、本当にアメリカの政治家としてこうするしかないと心を鬼にしてやったのかが、僕の関心のあるところなんです。

 それからこうなった以上、状況はひっくり返せないというのはロシア側、中央アジア側ではほぼ一致した見解になっている。今年5月くらいからロシアの国防大臣がタジキスタンのロシア軍基地にやってきて現地の激励などをやっている。7月に入ると、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンがアフガニスタン国境で大規模な合同演習を行っている。

 これまでウズベキスタンはロシアの言うことを聞かず、集団安全保障条約機構というロシアの軍事同盟にも出たり入ったりしていて現在は同盟から出ていますが、ターリバーンがアフガニスタンを席捲しはじめると、集団安保条約機構に戻るわけではないよと言いながらも、久しぶりに合同演習を行っている。アフガニスタンが本当に危なくなっていることは真に迫って感じているのだと思います。

ロシアが本当に懸念していること

小泉 ただ、じゃあこれでアフガニスタンまでロシア軍が進駐して安定化作戦を行うかというと、まず絶対にやらないと思います。トラウマも大き過ぎるし、軍事的にとても不可能であることをロシアもよく分かっている。

 今年7月8日にターリバーンの代表団がモスクワに入ってロシア外務省の担当者と会談し、ターリバーン側から「中央アジアには手を出しません。カーブルにあるロシアの在外公館にも手を出しません」とはっきり言質を与えている。

 ターリバーンとしても、せっかくアメリカ軍を追い出せてガニー政権も倒せるというタイミングなので、とりあえずロシアは怒らせない。ロシアのシマである中央アジアにも手を出さない。おそらく中国にも同じような話をしていると思います。

 遠くの域外国アメリカを追い出せたので、近くの国々とは仲良くしておこうというのが、ターリバーンと旧ソ連との間にできている一種の合意なのではないかと思います。

 ただ分からないのは、ターリバーンはアフガニスタンの支配はできるけれど統治ができるのかということ。いまアフガニスタン全土で一番力をもっているのは間違いなくターリバーン勢力なのでしょう。でも、彼らが我々の考えるような近代国家の治安や国境警備、入国管理などができているのかというと、かつてのターリバーン政権はできていなかった。

 今回もそうなのだとすれば、ISホラサーン州やカフカスのテロリストの残党、シリアから逃れてきた連中が入ってきて軍事キャンプをつくるという2000年代のような状況が生まれる可能性は大いにあると思います。

 そうなった場合、ロシアとターリバーン、あるいはターリバーンと北京だけで話がついていても、中央アジアの真ん中に不安定状況が生まれてしまう懸念は拭えない。ロシアが本当に懸念しているのは、ターリバーンそのものではなく、「ターリバーン化したアフガニスタン」という場が引き寄せてしまうものなのだと思います。

「仲介者」カタールの影響力

池内 中東、特にアラブ世界との関係で言えば、サウジアラビアは冷戦時代、90年代においても、ターリバーンに対してかなり親和的だったわけですよね。その後、9.11事件や「アラブの春」などを経て、いまの現皇太子の改革路線の中で過去を払拭しようとしてきている。

 彼らかすれば、ターリバーンが戻ってくるのは、昔の悪事を掘り返されるようなところがある。「お前たち本当はターリバーンの支援者だったじゃないか、有力者がお金を出し、若者たちが“カッコいい”と言ってこぞって武器とお金をもって現地に行き、記念撮影をしてみんなに配っていたじゃないか」と。そういう過去を思い出させられるのは非常に嫌だというのがある。

 同時に、現状ではターリバーン政権のアフガニスタンが再びアラブ世界の政権にとって脅威になることはないと考えているでしょう。ただし、かつてと同じように若い人を引き寄せる可能性はある。そうなれば、テロリストとして非難して排除するというのがサウジやUAE(アラブ首長国連邦)の対応ですよね。

 それに対してカタールは、かつて衛星テレビ局「アル=ジャジーラ」などがターリバーンやアルカイダの主要なマウスピースだった時代もあり、今でも彼らの活動を都合が悪いとは思わずに主要なコンテンツとして世界に広げている立場です。今回もターリバーン勢力のカーブル制圧、政権掌握の声明を、アル=ジャジーラが真っ先に流しました。

 アメリカもアル=ジャジーラのようなカタールメディアの力、そしてカタール政府の外交的な仲介能力をかなり認めるようになっていて、この点でアメリカは今後もカタールとの関係を弱めることはできない。UAEなどカタールの対抗勢力がアメリカに圧力をかけようとするんだけれども、今後もカタールを通じてターリバーンとやり取りするということになると、カタールのチャンネルが必要になってくる。

 そういう意味で、カタールはターリバーンがアフガニスタンを掌握したのを好機として、自らの外交的な力をアメリカに売ろうとすることはあるかもしれない。

 ただ、今回ターリバーンがほとんど抵抗を受けることなく首都まで陥落させたことによって、カタールの仲介の必要がなくなったとも考えられます。

 カタールはターリバーン政権とアメリカ、そしてアメリカに支援されたアフガニスタンの諸勢力、特にアフガニスタン政府に入っている有力勢力とターリバーンとの間を仲介してきました。去年の和平協定では、まずアメリカとターリバーンが大枠の方向性で合意しましたが、カタールはそれに反対するアフガニスタンの勢力に、むしろターリバーンと話をして、ターリバーンも何らかの形で同意する移行政権をつくれと、そういう方向で和平協議をするという、これがカタールの仲介する路線だったわけですね。

 しかし今回、一気に首都が落ちアフガニスタン政権側にはまったく当事者能力がないということになると、もう移行政権は必要ない。米国に支援されたアフガニスタンの政権に外相や行政長官、また最近は国家和解最高評議会議長として入っていたアブドラ・アブドラなどアメリカ側とも関係の深い人たちが、一時的にでも暫定政権をつくって表向きのトップになり、その中にターリバーン勢力を受け入れていくというソフトランディング路線、ターリバーンを主ではなく従とする国家統合の可能性は、ほぼなくなったと言えます。

 もちろん中期的には、混乱の中で再び和平合意の枠組みをつくってターリバーンをワン・オブ・ゼムとする政権構想が出てくるかもしれません。ただ、少なくとも短期的にはターリバーン主導による統治、ターリバーン支配のアフガニスタン・イスラム・アミール国になったのだという主張のもとでの統治を、やるだけやらせるしかないという状況になってしまった。今回の雪崩を打った政権崩壊は、こういう方向性を決めたということになると思います。

女性の人権問題の向かう先

池内 一般的な報道では、ターリバーンが女性の活動を抑圧するなど欧米型の人権、自由を全否定することが問題視されています。これは確かに問題なのですが、アフガニスタン政治の文脈でどれほど重要なのかということに限れば、実際の社会においてはそれほどではないかもしれません。もちろん、明らかにそのような問題を含んだ統治をすることは確かであろうと思いますが。

 ターリバーンは戦略的に、対抗する勢力に平和的に帰順すれば罰を与えないという声明を出していますが、実際には処刑するということが、首都では行われないにしても各地で行われている可能性がかなり高い。そうした報復行動は、イスラム原理主義というよりは現地部族・武装勢力間の闘争の性格が濃いというところだとは思いますが、それをイスラム法で正当化することはやはり問題になると思います。

 女性に教育を受けさせると言っても、結局はターリバーンのイスラム法(シャリーア)に基づくやり方で受けさせるということに確実になります。だから「われわれは人権を守っている」と言う。欧米の近代法よりイスラム法の方が上なのだから、イスラム法の下に女性の人権を守れば、西洋的な意味でも全ての女性にとっての人権の保証になるのだ――という理屈があるので、おそらくイスラム法に基づいて人権を守っていると主張しながら、西洋近代的な意味では大きな制限をかけてくるということになるはずです。

 それについて再び「これは人権と言えるのか」という論争をやるのは若干徒労感があります。われわれは過去20年の間にイラクやシリアのISなども見たので、かつてサウジアラビアやエジプトなどで期待されていた、シャリーア、イスラム法を施行すれば中東・南アジアのいろいろな問題が解決するのだという幻想はかなり薄れたと思います。

 しかしアフガニスタンではターリバーンを支持する人たちがかなりいるわけで、その人たちからすれば、イスラム法が守れていれば女性の人権は守られている、西洋的な意味で守られているかどうかは重要ではないという議論が現地では強くなる一方、アフガニスタンの外からは冷ややかに見られる、ただ誰も手を出したくないという方向にいくのではないかと思います。

 

小泉 ターリバーンが考えるような統治をまずやってみせて欲しい、というのが、我々がいまターリバーン政権に向けてとる態度ということでしょうか。

池内 アメリカが昨年、ターリバーンを交渉相手とした段階で、そうなる将来はもう決まっていたことになります。ただ、その時にターリバーンに対抗できる勢力を、外部ではなく現地社会の内側に作らなくてはならないというところで、アメリカはなおも1年半粘っていたわけですね。しかし粘ったのだけれども、アフガニスタン政府は結局は面従腹背でやる気がなかったということが、今回のカーブル陥落で明らかになってしまった。

中国はどこまで関与するのか

池内 最後に20年前と今回とで違うことはいくつもありますが、1つは中国の台頭です。中国は早期にターリバーン勢力と接触し、ターリバーンが穏健に首都の統治や新政府を発表して見せれば、中国はそれを承認するのではないかという憶測もあります。20年前にはファクターとして重視されていなかった中国が、20年の間の変化で重視されるようになった。これは非常に大きい事象。

 ただ中国としても、本気でアフガニスタンの新たな中央政府となったターリバーンを支えるのかと言うと、新たな墓を建ててしまうことになりかねない。

 支配勢力ターリバーンの後ろ盾ということになると、現地の人たちは中国人に本当のことを言わなくなる。これまでは現地の人たちがアメリカの悪口を中国やロシアに吹き込むという行動をしたので情報をもらえましたが、現地の悪口ネットワークに入れなくなるので、中国の当局者は躊躇していると思います。

 

小泉 いま中国はタジキスタンに国境警備隊を置き始めたので、タジキスタンのテンシャン山脈側をおさえて新疆ウイグルにそういった勢力が入ってこないようにするというのが現実的な限界かなと思います。それはおそらくロシアも同じなのだと思います。

 アフガニスタンの内部のことに手をつっこんだらおしまいだということは皆知っているので、そこまではやらないし、やるメリットもない。

 とするとタジキスタン、キルギスタン、ウズベキスタンのフェルガナ盆地のアフガニスタンと接している部分、さらにアフガンスタン西部と接しているトルクメニスタン東部といった旧ソ連国境をどう管理するかが、これから中露の戦略の1つの柱になってくると思います。

 6月16日の米露首脳会談でも、実はアメリカがロシアに、アフガニスタンを監視するためのドローンの基地を中央アジアに置かせてくれないか、と打診したそうです。少なくとも米露関係に関しては首脳会談以降、小康状態です。ロシアが新たに悪さをしなければ、デタント(緊張緩和)の雰囲気を維持できそうな感じになっている。

 アメリカが中央アジアの安定に関心を持っており、それはロシア、中国の望むところであり――という話になれば、中央アジアで非伝統的脅威対策の大国間協調ができないか、ということが外交のテーマになると思います。

破綻国家を直せなかったガニー

池内 最後にちょっとした小ネタですが、アフガニスタン政府のガニー大統領はもともと世界銀行のコンサルタントのような立場にあり、学者そして行政官でもありました。アフガニスタンに生まれ、レバノンのベイルート・アメリカン大に留学して学部を出て、そこでクリスチャンの奥さんを見つけて結婚。そしてアメリカに移り、コロンビア大で修士号、博士号を取って、ジョンズホプキンス大などで教えたりもしていた。

 その彼が2009年に出した本のタイトルが『Fixing Failed States: A Framework for Rebuilding a Fractured World(破綻国家を直す:壊れた世界を再構築するためのフレームワーク)』です。

 

小泉 ブラックジョークですね。

 

池内 彼は2014年の選挙で大統領に就任しましたが、アブドラ候補と支持は伯仲し、談合の結果、政権に就いた。選挙でケチがついても大統領になれたのは、やはりアメリカとの関係が深いということが大きかった。言ってみれば、現地の非常に優秀なエリートがアメリカとの関係を深め、世界銀行に代表される外からの美しい改革プランを持ってきて統治しようとしたわけです。

 しかし現地社会との乖離は激しく、さまざまな軍閥と談合するという統治をせざるを得なかった。その帰結として「破綻国家を建て直す」ことなく逃亡したことは、やはり非常に示唆的だと感じます。過去20〜30年間のアメリカ主導のグローバルなガバナンス、共通のものさしで途上国、第三世界、非西洋世界を統治しようとしたことの1つの無残な帰結を見ざるを得ない。アメリカのどの政権の誰のどの決断が悪かったかという問題だけではなく、ものの考え方、仕組み、そういったもの全部に対して強烈な問い直しを求める動きだったのではないかと思います。

 アフガニスタンで、ポスト冷戦期のグローバルな秩序形成において指針となっていた何かが、ポキっと折れた、そのような可能性もあると思っています。それが8月15日という日本の終戦記念日、毎年繰り返し自らの国の何が間違っていたのかを問い直す機会となる日に起きたことは、とても印象深い偶然でした。このアフガニスタンの混乱が長期的にどういう帰結をもたらしていくのか、今後も振り返って考えてきたいと思います。

(2021年8月16日収録)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
執筆者プロフィール
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
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