ROLESCast #006
続・相次ぐミサイル発射から読む北朝鮮の今

執筆者:小泉悠
執筆者:山口 亮
2021年11月24日
タグ: 韓国 日本 北朝鮮
エリア: アジア
10月10日の北朝鮮労働党創建日の翌日から行われたことが明らかになった国防展覧会「自衛−2021」。このところ立て続けにミサイル発射実験を行っている北朝鮮は、展覧会で何を示したのか。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」による動画配信「ROLESCast」第6回は、東京大学特任助教の小泉悠・山口亮の両氏による「続編」(10月21日収録)をお届けする。

*お二人の対談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。

国防展覧会「自衛2021」の狙いとは

小泉 つい先週に山口さんと行った第5回で、10月10日の北朝鮮労働党創建日に軍事パレードが行れわなかったという話をしたのですが、その翌日にいま山口さんの背景に写っている国防展覧会「自衛−2021」なるものが開かれていたことが判明し、パレードは行われなかったけれども、大々的に武器を展示していた。さらに今週に入ってから潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験が行われ、急ピッチで北朝鮮を巡る安全保障情勢が展開している。

   そこで、異例なのですが、同じメンバーで同じテーマについて話し、「続編」としてお届けしたいと思います。

   まずは北朝鮮の専門家である山口さんに伺いたいのですが、北朝鮮はこれまでも国防展覧会というのを行ったことがあるのでしょうか。

山口 具体的にいつ開催したかは記憶が定かではありませんが、規模が小さいものは行っていると思いますので、展覧会自体に意外性はなかったという印象です。むしろ「なるほど、そうきたか」と。

   北朝鮮は8~9年前に最新兵器を並べる国防博物館のようなものをつくっていたので、いつか大規模な展覧会を開くだろうなとは思っていました。

   パレードを行うとお金もかかりますし、人の移動や動員、燃料もかかるので、いろいろな意味でコストと負担をおさえることができる。展覧会だと今までとは違う現代的な演出もできて、ビジュアル的にも面白いものがあった。思い切った、面白いことをしてきたなと思います。

   展覧会自体には、ここ数年積み上げてきた成果と国防5カ年計画の進捗をアピールするという狙いがある。また、兵士がパフォーマンスをしていましたが、ああいうものも含めて軍へのメッセージでもある。展覧会が労働党の創建記念の一環として行われたことを考えると、朝鮮人民軍が党の軍であることを改めて強調している。

   さらに、軍の引き締めという意味合いもあると思います。金正恩が指導者になってから国防部長、参謀長、政治局長の入れ替えが結構激しい。内部の腐敗も深刻になってきているので、軍を引き締めて士気をあげようという狙いもあると思います。

小泉 ちなみにこの巨大なホールはどこにあるのでしょうか。

山口 これは平壌です。三大革命展示館というイベントホールだと思います。

小泉 山口さんの背景の、向かって右側の奥に新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)や2017年に発射した「火星15」号が置いてありますが、ICBMを入れてもまだ天井の高さに余裕がある。相当大きいホールだなとビックリしました。

   おっしゃるように、確かにパレードの時はこれを全て動かすので、燃料も使うし、大量の人員を整列させて真夜中にマスゲームをやったりする。住民への負担や費用を考えても、展示会は楽ですよね。

山口 北朝鮮としては成功したと考えているでしょうから、こういった展覧会は今後もあるのではないかと思います。

小泉 中国やロシアは2年に1回くらい航空ショーを開いて武器の商談展示会を設けますが、北朝鮮も定期的に展覧会を開いて外国人を入れたりしないのでしょうか。

山口 航空ショーは燃料をかなり使うので厳しいと思います。

小泉 確か1回はやりましたよね。

山口 そうですね。ただ定期的にできるかどうかは微妙ですね。少し戦闘機を飛ばすくらいなことはできるかもしれませんが、大規模なものは難しい。外国人に見せるのも、将来的にはアリかもしれませんが、北朝鮮の国防展覧会は他の国と違ってコマーシャルではなく、本質的にはプロパガンダなので、目的が異なるのではないかと思います。

「火星16」号ではなく「火星17」号だった新型ICBM

小泉 ちなみに展覧会に出てきた武器の中で注目しているものはありますか。

山口 正直言ってなかったですね。今まで追求してきたものの延長線上のものが多かったです。

   むしろ昨年10月のパレードの方が、驚きがありました。

小泉 山口さんの背景の、向かって右側の一番奥に写っている一番大きいICBMは、昨年10月10日のパレードに出てきた新型のICBMです。直近に打ったのが「火星15」号だったので、「火星16号ではないかと言われていましたが、今回の展示会では「火星17」号という名前が出てきたようですね。

  ということは、これが17号だとすると、2017年に打った「火星15」号と2020年に登場したこの17号との間に未知の計画があるんだろうなということが言える。

   また、単にアメリカに届くICBMなら「火星15」号で出来ているはずなのに、さらに大きいこういうものをつくって展示会に出して「計画続行中」をアピールしているのは、何が狙いなのか。

   それは国防5カ年計画で出てきた射程1万5000キロ級ICBMや複数の核弾頭を搭載するICBMなどの対米抑止力のさらなる強化は、依然として彼らのテーブルの上に載っているのだろうという感じがします。

「火星17」号の手前の「火星8」号は、今年9月に打ったばかりの極超音速核ミサイルと言われているわけですが、どう見てもブースターは「火星12」号のものなのです。ということは、これは中距離弾道ミサイルです。とすると、北朝鮮は今年、中距離弾道ミサイルまでは打ち始めた。失敗したので有耶無耶になっていますが、このくらいまでは打ってジョー・バイデン米大統領が怒るのかどうか見極めにかかっているような感じがします。

   これで中距離がいけるとなったら、あと1~2回はICBMを打っておきたいのではないかと思います。実際それは国防5カ年計画ではっきりと言っているので、少なくともやる気があることは間違いない。そういったことが、展示会のラインナップから見て取れると思いました。

北朝鮮の「戦略」を象徴するレイアウト

小泉 山口さんの背景の、向かって左側を見ると、短距離ミサイルや短距離ロケット砲類が並んでいます。これも非常に象徴的だなと思うのは、北朝鮮の抑止力は、アメリカ本土やグアムの米軍基地を叩ける長距離打撃能力だけでなく、非常に近距離の朝鮮半島内に届く火力で担保されている。有事に韓国の一般市民を大量に殺傷できる能力を持つというのが北朝鮮の抑止力である、と。

   その長距離の抑止力と短距離の抑止力を両翼に並べて見せているのが、このレイアウトだと思います。

山口 北朝鮮の場合、戦略がすべて朝鮮半島に集中しています。究極の目的は労働党による朝鮮半島の統一で、それができなれば最低でも体制を維持したい。ICBMも外国が朝鮮半島に介入してこないように抑止する目的がある。北朝鮮には不足しているものがたくさんありますが、それをこのように短距離・中距離・長距離とあらゆる種類のミサイルをつくってカバーしようということです。

小泉 北朝鮮が兵器に「戦略」という名前を付ける時の基準は、僕が見ている限り、朝鮮半島よりも遠いところを射程にしているかどうかが基準になっているようですね。朝鮮半島よりも遠いところを射程にしていれば全て「戦略兵器」ということで。

   たとえば今年9月に打った巡航ミサイルも「戦略兵器」と呼んでいますが、射程は1500キロ。1000キロを超える、つまり朝鮮半島を超えて在日米軍を叩ける能力くらいからは全て「戦略兵器」。それ以下は北朝鮮が考えるメイン戦域、つまり朝鮮半島に向いている。

   でも山口さんがおっしゃるように、彼らの関心は基本的に朝鮮半島の中で起きることに限定されていて、外部勢力に対しては手出ししてこないように抑止できればいい。それが戦略であり、そのための兵器が戦略レベルの兵器であると考えると、非常にすっきりします。

   今回の「自衛−2021」でも金正恩が、北朝鮮の軍事力は自衛的であると発言していて、日本のメディアはそれを揶揄的に捉えている場合が多かったのですが、北朝鮮から見たら本当にそう見えているのだと思います。

   私はロシアというなかなか分かりにくい国を研究していますが、彼らもおそらく同じように思っている。

   もちろん我われ西側の人間から見ると、その世界観は受け入れられないわけですが、モスクから見た場合、平壌から見た場合に世の中がどう見えるかというのをエミュレートできるべき。

   仮に我われが平壌の金正恩の執務室に座っているとしたら、北朝鮮の戦略軍司令部のコマンドセンターに座っているとしたら、何を考えるのかが分からないと、彼らのやっていることはよく分からない。

   仮に僕が北朝鮮の将軍だったらイヤですよこんな役回りは(笑)。米韓合同軍と、後ろに日本までついていて、アメリカの作戦拠点がグアムやハワイにもあるとなると、ミサイルをつくって叩ける能力を持つしかないじゃないかという話になる。

   かといって積極的に自分から手出しするのも絶対にイヤ。そもそも戦争を始めさせない、手出しさせないような能力、少なくとも損害を覚悟しないと手出しできないようにする能力を持っておかないと心配でしょうがないというのは、何となく分かります。

  その成果がまさにこの「自衛−2021」で左右に並べられている短距離と長距離のシステムなのだと思います。

北朝鮮の「自衛」と日本の「自衛」の違い

山口 「戦略」という言葉は非常に曖昧で、立場によって定義は異なります。

「自衛」という言葉も同じで、北朝鮮は1960年代頃から「我が国の自衛路線」という言葉を使って国防ドクトリンを構築していますが、北朝鮮の「自衛」という言葉は主体思想の国防版で、パワーワード。

   北朝鮮は、「朝鮮半島の分断はアメリカのせいだ。資本主義国家のせいだ。奪い取られた南朝鮮を奪い返さないといけない。それが朝鮮半島を守ることであり、朝鮮民族のライフワークである」と考える。それも「守り」であって、「攻め」ではない。日本の「自衛」とは意味ががらりと変わります。

小泉 この「自衛」には、中国やソ連の拡大抑止に頼らないで自分たちで自主国防できるという意味が入っています。

   我が国の「自衛」という言葉は、日米同盟体制のもとで日本列島を最低限1週間くらいはもたせるというような意味合いですが、北朝鮮は我が国で言うところの「自主国防」に近い意味で「自衛」という言葉を使っている。そのため、主体思想の国防版になるということなのでしょうね。

   今の話でもう1つ興味深いのは、韓国の扱いです。

   やはりあの朝鮮半島の状態は、南も北もお互いに不安だと思うんです。日本で言うと、利根川あたりで日本が分断されているようなものですよね。僕の実家は千葉の松戸ですが、そこから10キロほど北に軍事境界線があったら、不安でしょうがない。

   いずれ韓国という存在そのものを滅ぼしてアメリカを追い出さないと、北朝鮮の人は究極的には安心できないと思っているのでしょうし、それは韓国も同じ。

   だからアクティブ・ディフェンスと言うか、朝鮮半島をいずれ統一しない限りは安心できないから、そのための手段は自衛だということになる。

   我々から見る侵略的行動、挑発的行動と、北朝鮮が考える自衛的行動が同じことを指しているんだけど、違う意味で捉えられ合っている。

   おそらく中国もそうなんです。アメリカという覇権国家の秩序の埒外で生きている国々は多かれ少なかれこういう感情を持っている。アメリカの秩序の存在そのものが我われを脅かしているのだから、アメリカに対して挑戦をはかる、現状変更をはかることは自衛なのである、我われが安心して生きていくためにはそれしかないんだという考えです。

   我々はアメリカの秩序側で暮らしているので、それに賛同する必要はないけれど、ロジックが分かっていないと、「これはとんでもない侵略の陰謀に違いない」とか、新聞の見出しによく載る「牽制だ」とかいう話になる。僕はいつも「牽制って何?」と思います。弾道ミサイルを発射すると、アメリカへの牽制という意味合いとして捉えられますが、牽制や挑発ということは考えていなくて、アメリカが手出しすることのコストを上げる方法を淡々と頑張ってやっているという認識しか持っていないのではないかと思います。

山口 北朝鮮の立場に立てば見方が変わるというのはおっしゃる通りです。そういうところを理解しないと、北朝鮮が何をしようとしているのかは分からない。

新型SLBMは先制攻撃用兵器ではない

小泉 それに関連して言うと、一昨日(10月19日)北朝鮮が発射実験したSLBMも、視点を北朝鮮側に移して見れば当然の帰結だと思います。

   戦争が始まったら、制空権と制海権は間違いなく米韓連合軍に取られるので、地上に広く弾道ミサイルをばらまいたとしても先制攻撃でかなりやられる可能性がある。そうするとこれは冷戦期の米ソと同じで、海の中に隠しておける核ミサイルを持つべきだ、という話になっていくのだと思います。

   ただ、日本人からすると、北朝鮮が水中からミサイルを撃った、危ない、となる。メディアの取材で、「これでどのくらい日本に対して脅威度が上がるのか」と聞かれ、非常に困りました。北朝鮮は何もこれで先制攻撃を仕掛けようとしているわけではなくて、むしろ「先制攻撃されること」を北朝鮮が死ぬほど恐れているからこういうものをつくろうとしているのだと思います。

   北朝鮮には1隻だけ「ゴレ級」という潜水艦があり、1発だけ弾道ミサイルを積めるようですが、このほかに新浦の造船所で潜水艦をつくっていて、これは3発くらい積めると言われている。この両方を海に出しても4発しかないわけです。しかも通常動力型なのでそんなに長くは潜れない。遠くにも行けない。

   となると、やはり国防5カ年計画で言う通り原子力潜水艦をつくりたいということになるのですが、北朝鮮は原潜をつくれるのでしょうか。

山口 まだ5カ年計画の1年目か2年目なので、この先の3年がカギですね。今の段階でできるかできないかを判断するのは早いと思います。

   SLBMの発射は、北朝鮮はSLBMも含む新型ミサイルの実戦配備を着実に進めてきた。もちろん対外的な揺さぶりと牽制もありますし、日米韓の情報収集の食い違いも探りたいというのもある。今も発射したのが1発だったのか2発だったのかで日米韓の食い違いがありますから。

   また南北ファクターもあり、9月に韓国がSLBMの発射に成功した。北朝鮮としては自分たちの方が上であるということを示したい。それが今回の発射に繋がった。

 小泉先生は今回のSLBMがイスカンデル系のミサイルだと言われていることについてどう思いますか。

小泉 「自衛−2021」の中で名前の分からないSLBMが展示されていたんですよ。従来からある「北極星5」号と「北極星1」号の隣にものすごく小さなSLBMが展示されていて、見た目はいわゆる北朝鮮版イスカンデルと言われている「KN23」によく似ている。ただ、お尻の部分の形が違っていたので、潜水艦発射用に改良を加えたのかなと思いました。

   今回北朝鮮が出してきた綺麗な写真を見ると、弾自体は「KN23」そのものでした。お尻の部分は潜水艦から出てくる時だけ役割を果たしてパカッと取れて、あとは「KN23」が飛んでいく。

   このSLBMの特徴は非常に低いところを飛んで、なおかつ最終部分でコースを変えながら落ちてくること。ただの弾道ミサイルではないという意味で「準弾道ミサイル」という言い方をされます。北朝鮮は、変な飛び方をするこのSLBMの性能をおそらくフルに発揮できている。

   その証拠に、日本の防衛省は到達高度50キロと発表したのに対し、韓国は60キロとし、日本は飛行距離600キロとしたのに対し、韓国は最初420~450キロと発表した。おそらく韓国からは、ミサイルがこのままいくと420~450キロのところに落ちるだろうと見えていた。でもそのあと地球の影に入り、韓国から見えなくなった時にまた変な動きをして、600キロくらいのところに落ちた。それが日本からは見えていた。

   こういう面倒な動きをするものが海から撃てるようになったことの意味は小さくありません。

日韓で共同の監視態勢を取れないのか

小泉 ただ、僕が問題だと思うのはどちらかと言うと、その観測態勢をなぜ日韓共同で取れないのかということ。共同で観測を行ってリアルタイムでデータを共有し合えれば一番良いわけですが、現状は米韓同盟と日米同盟というハブ&スポークなので、スポークとスポークが繋がっていない弱みは非常に大きい。

   歴史問題やレーダー照射問題など折り合えないところが多いので、一夜に解決することはないと思いますが、せめてお互いの懸念である安全保障問題くらいは密接に協力できないのかなと思います。

   その点、山口さんは釜山で大学教授もされていましたが、どう思いますか。韓国の一般市民の感覚では、日本と安全保障協力に踏み出す必要性は認識されているのでしょうか。

山口 世代や党派、住んでいる地域によっても違うんです。50代、60代の人は反日感情が強いのですが、少なくとも若い世代の中では、オペレーションレベルでは協力していこうという声が圧倒的に多いです。ただ、政治問題が絡んでくると、前に進まない。

   メディアでは日本と韓国がミサイルの情報を奪い合っていると報道していますが、オペレーションレベルでは、北朝鮮のミサイルが厄介であることと協力の重要性は認識されています。

   ミサイルの話に戻りますが、北朝鮮としてはイスカンデル系を通常の地上発射式、潜水艦発射式などいろいろ揃えている。北朝鮮からすると、ミサイルという武器は飛距離はそれほどないけれども自分達の目的と相性が良い。

「空中発射式KN23」の現実性

小泉 2019年から相当撃っているけれど、ほとんど成功しているんですよね。かなりコピーがうまくいって安定しているうえに性能も良いということなので、「KN23」を短距離火力の中心に据えようとしているのでしょう。

   車両で移動するもの、鉄道で移動するもの、潜水艦で発射するものができた。あと何があるかと言うと、ロシアはイスカンデルを戦闘機から撃っているわけですよね。空中発射極超音速ミサイルと言っていますが、事実上は空中発射弾道ミサイル(ALBM)なんです。

   ロシアは「ミグ31」というバカでかい迎撃戦闘機に積んでいますが、北朝鮮は「ミグ29」とかには積めない。

   でも、「Il-28(イリューシン28)」という誰もが忘れていた50年代の第1世代ジェット爆撃機なら、爆弾倉を少し改造すれば、イスカンデルが少しはみ出るくらいで詰める。これを何とか離陸させて、韓国とアメリカの防空圏の外側から打てば、まさか誰も戦力になるとは思っていなかった「Il-28」が突然強力な極超音速ミサイルのプラットフォームになる、ということも考えられる。

山口 まともにメンテナンスされておらずぼろぼろなので、空中分解してしまうかもしれませんが(笑)

小泉 有事に特攻させるか、空中分解するかもしれないけれど発射プラットフォームとして使うかといったら、軍人は後者を選ぶ気がします。

山口 飛距離があまり出ないという問題はあるんじゃないですか?

小泉 空中発射式にすると、地上から上がっていくという推力を使う最初のフェーズを飛行機が行ってくれるので、かなり射程が伸びるんです。

山口 イスカンデル系ミサイルは野球で言うと長距離4番バッターではないけどマルチプレイヤーになっている。中心ではないけど貴重な戦力であることは確かですね。

北朝鮮の潜水艦は不十分

山口 ただ、ミサイルに注目が集まりがちですが、私は潜水艦の方がカギになるのではないかと思っています。昨日(10月20日)の「労働新聞」を見ると「海軍の水中作戦能力の向上」と書いてありましたが、SLBMの発射=水中作戦能力の向上ではない。同時にSLBMの効果や有効性は潜水艦によって大きく左右されますが、北朝鮮の潜水艦は不十分です。

   北朝鮮の潜水艦は、小型でゲリラ的な攻撃を行ってきたからこそ脅威だったわけですが、SLBMの発射を潜水艦の中心的な役割にすると、潜水艦に求められるスペックが大きく変わってくる。

   潜水艦戦はASW(対潜戦)と表裏一体で、潜水艦戦力が強い国はASWも強い。北朝鮮はASWが非常に弱く、アセットが揃っていません。なので、北朝鮮の潜水艦がうまく動くようになるまでには時間がかかると思います。

   今回SLBMを発射した潜水艦は「8.24英雄艦」と言われていますが、静音性、潜航深度、速度、連続潜航時間などを考えると行動範囲やできることが限られている。

小泉 北朝鮮は海洋観測艦はどのくらい持っているのでしょう。

山口 きちんとしたものは持っていないと思います。

小泉 海底地形、潮流、磁気分布、季節による温度層の変化など、潜水艦作戦、対潜戦をやるための基礎的なデータの収集がおそらくできていないということなので、潜水艦というモノはあっても真っ暗闇の中を手探りで進んでいくようなことにしかならないと思うんですよ。

   あと、北朝鮮の潜水艦がいる新浦の港は、常時アメリカや韓国の潜水艦がじっと監視していると思います。そうすると結局、出た瞬間にバレて、ずっとつけられているということになるので、実効的な核戦力になるのは難しそうです。

   その意味でも、SLBMを先制攻撃用兵器にする可能性は、北朝鮮の指導部がよほど間抜けでない限り、そうは考えていないと思います。どちらかと言うと、ああいうものを持っていることによって、先制攻撃を受けたとしても我われの核アセットはまだ水中に残っているかもしれませんよ、それ心配ですよねという方向に持っていきたいのでしょう。

   それから北朝鮮はVLFタワー(長長波通信用の通信タワー)はあるんですか? あれがないと潜水艦と通信できないはずなんですよね。

山口 いまのところそういう情報は聞かないですね。旧ソ連や中国が所有していたものを持っているようですが、そこまでハイスペックなものはないはずです。ですから北朝鮮の海軍アセットというのは、北朝鮮の沿岸地域から先へは基本的に行けないんですよ。ですので、SLBMを効果的に発射するためには、C4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター、情報、監視、偵察)のアセットも増やさねばならない。逆に言えば、それが増えなければ、北朝鮮の海洋戦力には限界がある。

小泉 極端な話ですが、有事になったら港の中で沈んでおけば良いのではないでしょうか。空中や宇宙から見えない場所にいて、第一撃をかわせる、あるいは第一撃で破壊したか不確実であると米韓に思わせることができれば抑止力になる。

   北朝鮮のやることをアメリカやソ連の基準で評価すると、あれもこれもダメということになりますが、北朝鮮の人たちは知力が劣っているわけではないので、彼らが持っているアセットの中で最善を考えているはず。戦略的曖昧性を高めるためのアセットとして潜水艦とSLBMを考えているのだと思います。

山口 不確かな情報をたくさん出す情報戦と合わせた、ある種のハイブリッド戦ですね。北朝鮮の軍事計画、自衛路線は1960年代から進められてきたわけですが、北朝鮮にとってはこの5、6年は非常に順調にきたという認識のはずです。

経済的に苦しくても軍事計画は進められる

小泉 金もない、技術もない、工業力もない中でよくこれだけのものをつくったと思います。北朝鮮自身から見れば誇らしい自国の成果と見えているのでしょう。従来の「ソウルを火の海にする」ということ以外に抑止力がなかった時代に比べると、だいぶ安心でしょう。

   最後にこういったことを続けていくうえでの基礎体力として、北朝鮮経済について伺いたいのですが、北朝鮮の国民の暮らしはどのような状況なのでしょうか。

山口 相当厳しいと思います。北朝鮮は平壌と地方では全く違いますが、地方は電気もガスもきれいな水もないという状態です。北朝鮮は環境問題も深刻ですからね。こうした状況はコロナ禍で一段と厳しくなった。

   ただ、経済や一般市民の生活を見ると、北朝鮮の軍事計画は続かないだろうと見えるのですが、国家予算もあれば労働党の予算もあり、また実は北朝鮮の中には財閥のような集団もたくさんある。またもちろん軍が海外から違法に獲得してきた資金もありますから、北朝鮮の人たちが苦しんでいるからと言って、軍事計画に影響があるかと言うとまた別物なんですね。経済的に苦しくても軍事計画を進められるようにできている。

 北朝鮮としては政治的・経済的キャパシティを考慮したうえで進められるものを進めていて、戦略的に必要な兵器とそうでないものも計算している。必要性がなくコストもかかる空母は絶対に建造しない。代わりに、ミサイルはどんどんつくるでしょう。

   見えにくいところの発展も気になります。サイバー・電子戦はもちろん、C4ISRや総合運用能力、ロジスティクス、メンテナンス、補給、後方支援、人材教育も重要なので、その面でどうなるのかが注目です。

   また、作戦コンセプトやドクトリンも重要ですね。ミサイルが重要であることは間違いないですが、軍事力を分析する時にはマクロ的に見ないといけない。

小泉 北朝鮮が実際に将来あり得る戦争をどういうものと考えていて、持っているアセット全体をどういう風に使おうとしているのかというドクトリンはまだ見えてきません。

   本来、日本は韓国の次にこういったことを研究するのに相応しい場所のはずなんです。これが北朝鮮の作戦ドクトリンだ、といった英語の報告書が日本から出たら、さすがアジアの安全保障の話は日本だなと認識されると思います。

  今言ったからにはきっと山口さんが出してくれることを期待します。

(10月21日収録)

 

 

 

 

 

 

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口 亮(やまぐちりょう) 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。アトランティック・カウンシル(米)スコウクロフト戦略安全保障センター上席客員フェロー、パシフィック・フォーラム(米)上席客員フェローも兼任。長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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