ROLESCast#005
相次ぐミサイル発射から読む北朝鮮の今

執筆者:小泉悠
執筆者:山口 亮
2021年11月19日
タグ: 韓国 北朝鮮 日本
エリア: アジア
国防5カ年計画を発表し、さらに多様かつ高度な核抑止力を保持するに至った北朝鮮にどう向き合うか。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」による動画配信「ROLESCast」第5回は、軍事・安全保障政策で活発な研究活動を続ける小泉悠・山口亮、東京大学特任助教の両氏によるディスカッションをお届けする。

*お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

北朝鮮が「やって当たり前」のニューノーマル

小泉 今回は北朝鮮についてお話をしたいと思います。昨日10月10日は北朝鮮の労働党創建76周年でしたが、主に北朝鮮を見ている山口さん、どうでしたか。

山口 北朝鮮メディアは党の運営や経済政策に関するものがほとんどで、軍事に関するものはあまりありませんでした(編集部注:収録後、北朝鮮が10月11日に国防展覧会「自衛―2021」を開催したことが判明)。

小泉 去年のような大規模な軍事パレードはなかったのですね。

山口 そうですね。今年は演出の面ではトーンダウンしています。

   金正恩自身も演説しましたが、党の運営や偉業、 経済政策などに関するもので、「重大決断」でも軍事には触れなかったという印象です。

2021年9月 北朝鮮のミサイル実験

11、12日

巡航ミサイル実験

15日

鉄道発射式ミサイル実験

28日

極超音速ミサイル「火星8」号実験

30日

対空ミサイル実験

 

小泉 9月に連続して新型ミサイルの発射実験を行いましたが、それがあたかもなかったことのような体になっている。これには北朝鮮なりの考えがあるのでしょうか。

山口 去年と今年発表したさまざまな政策をこのまま進めるという意志表明なのでしょう。ここ最近のミサイル実験はやって当たり前、これまでの政策の一環だということではないでしょうか。

小泉 「やって当たり前」というのは象徴的な表現だと思います。2017年のミサイル危機の時に、北朝鮮が従来なかったような射程の新型ミサイルを、それも早いテンポで発射し始めた時には、金正恩斬首作戦まで事態がエスカレートするのではないかと緊張が高まりました。

   しかし、あれから足掛け5年経って、北朝鮮が独自の核抑止力を持っていることが「ニューノーマル」になりつつあるということなんですよね。一応、国際社会の法的枠組みとしては制裁を科しているけれども、事実上北朝鮮が核保有国になって核抑止力を発揮していることは認めざるを得ない状況ではある。

   今年1月には国防5カ年計画が発表されて、さらに多様かつ高度な核抑止力――いわゆる戦術核兵器を持つ意志が示されて、もうそれが前提化してしまっている。だから10月10日のような節目に敢えて核をアピールしないのは、北朝鮮が一周回って、核抑止力は織り込み済みというところに落ち着いてきたとも言えるかもしれません。今回の北朝鮮の「おとなしさ」は、良いことではないのかもしれない。

山口 各種ミサイルには長所と短所があるので、北朝鮮としては多様化して揃えておきたいということでしょうね。鉄道発射型ミサイルや極超音速兵器など、特にミサイル防衛システムを突破できるものは、移動式ミサイルシステムとともに喉から手が出るほど欲しいものだった。

   技術的なことはさて置き、北朝鮮が進もうとしている方向は大分わかりました。こうなることは時間の問題だったとも言えるでしょう。5カ年計画も、計画自体は前からプランニングしてきたものだと考えられます。

   もちろん実戦配備できるまでには時間がかかる。特に極超音速兵器はR&Dの初期段階なので、北朝鮮としては能力面で不足している部分もあるし、失敗したとしても十分想定内というスタンスだと思います。

「火星8号」発射実験のメッセージ

小泉 いま山口さんがおっしゃったことを核戦略領域の言葉で表すと、北朝鮮が目指しているのは「確証報復戦略」になると思います。

   冷戦期のアメリカとソ連は「相互確証破壊」、つまり互いを間違いなく破壊できることを戦略の根幹に据えていた。ここで言う破壊とは、相手国が国家として立ち行かなくなるレベルの破壊ですね。アメリカの場合はソ連の人口の3割と工業力の5割を破壊することによって、「耐え難い打撃」を与えることを目指していた。その能力を両方が持っていることが、アメリカとソ連の恐怖の均衡の基本だった。

   ところが北朝鮮はアメリカに対して、とてもじゃないがそんな力は持てない。北朝鮮が持っているミサイルをアメリカに全部撃ち込んでもアメリカという国家を崩壊させることはできない。日本や韓国だと撃ち込めるミサイルの数が増えるので少し様子が違ってくるかもしれませんが、やはり難しいことに変わりはない。

   そこで北朝鮮が目指したのが、「破壊」ではなく「確証報復」です。戦争になったらまず勝てないけれども、その過程においてアメリカやその同盟国に政治的に受け入れ難い損害を与えようとする。

   この考え方は核戦略理論の中に古くからありましたが、北朝鮮は自分たちの持っている技術力、工業力、経済力を冷静に考えて、これしかないと結論を出したのでしょう。

   いま北朝鮮が構築しているのは、簡単に見つからない、簡単に捕まらない、簡単に迎撃されない核抑止力ではないでしょうか。すでに日本、韓国、グアム、ハワイ、アメリカ本土すべてに届くミサイルは作った、これが第1トラック。今は第2トラック目で、それらが簡単にやられないような打撃力を備えようとしている。

   その嚆矢が2019年に発射した“北朝鮮版イスカンデル”と呼ばれる「KN23」でしょう。さらに、もっと射程の長いものや、今年9月に発射した巡航ミサイルのように違う原理の打撃手段、鉄道発射式ミサイルを見せている。そして今年9月に撃ったものが、「火星8」号と彼らが呼んでいる極超音速ミサイルです。

   北朝鮮はこれまで「火星15」号までつくっており、去年10月の軍事パレードにはさらに大型が登場して「火星16」号ではないかと言われている(編集部注:国防展覧会で当該ミサイルの名称は「火星17」号と判明)。つまり、射程を伸ばすようなミサイルの大型化は淡々と進めてきている。

   けれどそれと並行して、「火星12」号や「火星14」号よりももっと早いナンバーのついた、「火星8」号のような極超音速ミサイルも作り始めていたということに注目すべきです。

   この「火星8」号の写真を見てみると、2017年に発射した「火星14」号にブースターの形状などが非常よく似ています。さらにロケットの炎とは別に横にオレンジ色の煙が噴き出していますが、これは非対称ジメチルヒドラジンという、ソ連式のロケット燃料と酸化剤が反応した時特有の現象なんです。同様の反応が出ていたのが「火星14」号だったことを考えると、これは「火星14」号の系列のミサイルと考えて良い。

   今年の春くらいまでの北朝鮮は、トランプ米政権時代にも発射した短距離ミサイルの実験に留めていたけれど、今回2017年以来久しぶりに中距離弾道ミサイル(IRBM)のシリーズを撃ったということになるでしょう。

「火星8」号はどうも実験に失敗し、高度3万メートルまで上がったところで不具合が起きて200キロの陸上に落ちた。今のところ有耶無耶になっていますが、仮に実験に成功していたら国際問題化するのは確実でした。

   ということは、北朝鮮はアドボカティブなミサイル実験をやる気がある。もう核保有国であることは前提として、その運搬手段の近代化は粛々と進める、5カ年計画も作ってある、という話になる。

   では、それに対してアメリカや韓国がどう反応するか。これが次の焦点だと思うのですが、山口さんはどうお考えですか。

北朝鮮の独裁統治体制のタイプとは

山口 北朝鮮からすると、まずはバイデン政権を試す狙いがあるはずです。韓国についても、来年3月に大統領選を控え国内政治がごたついているので、やはり試してみようということがあるでしょう。さらに、アメリカと韓国が同盟としてどう出てくるかを見てみようじゃないかという狙いもある。

 それから、もう1つ重要なファクターは新型コロナです。どこの国も政治的、経済的な影響が大きいですが、北朝鮮の場合は「コロナで怯んでいない。既定のプランの遂行に成功している」と国内外にアピールしたい狙いもある。

   去年の軍事パレードにせよ、今年の政策発表にせよ、北朝鮮はこのままやれる、問題はないと国内外にアピールしようとしている部分は確実にあります。

小泉 独裁者はなぜコロナを否定したがるのですかね。旧ソ連の国々にしてみても、ベラルーシのルカシェンコ政権などの独裁的な国ほど、我が国はコロナなど関係ない、平気だと言いたがる。北朝鮮も、「わが国は感染者ゼロ」とめちゃくちゃなことを言う。あれはなぜなのでしょうか。

山口 北朝鮮は人口の85%が地方で暮らすわけですが、医療のインフラは非常に乏しいです。ここで感染拡大が伝わると、おそらくパニックが北朝鮮の統治のキャパシティを超えてしまう。何が起きるかわからない。暴動が起きてしまうかもしれない。

   独裁者がコロナを否定したがる世界的トレンドのようなものはありますが、それを裏付けている考えは国や状況によって異なると思います。北朝鮮の場合は、他国が負けているコロナに負けていないということで、政策の“正しさ”を補強しようというところでしょう。

小泉 ちなみにベラルーシの場合はルカシェンコがコロナなんて大丈夫だよと言っていたら自分が感染するというオチがついた(笑)。余計に恰好悪かったと思いますが、とりあえず否定してみたがるのは、独裁者ならではの、権力の源泉としてのマッチョなイメージが影響しているのかもしれませんね。

   ただ北朝鮮の独裁的な統治体制というのは、どちらかと言うと党というものが前面に出ている。つまり昔ながらの共産主義国家なんですよね。党があって、そこに金日成(キム・イルソン)の一族という北朝鮮独特の権威の源泉がある。マッチョさというよりは、イデオロギーや政治的正統性が効くタイプの統治なのかなと思います。

山口 北朝鮮の場合、「金日成・正日(ジョンイル)・正恩(ジョンウン)の金ファミリーが父、朝鮮労働党が母、人民が子供たち」という考え方があります。あるいは金ファミリーが脳であり、労働党が神経であり、人民たちが細胞だ、と。そういうハイラーキカルなトップダウン式の考え方が力を持っている。

 中国も含めて、東アジアの共産主義国家というのは、昔ながらの共産主義イデオロギーや社会主義イデオロギーだけでなく、もの凄いナショナリズムも入っています。

韓国SLBM開発「裏のもう一つ裏」テーマ

小泉 山口さんは韓国でも教員の経験がおありになるので、朝鮮半島側のロジックとアメリカ側のロジックが両方分かる。米朝対立というフェーズに入った時に両方の考え方が翻訳できる強みがあります。

   ここへきて僕ら安全保障の研究者たちが疑問に思っているのは韓国なんです。

   以前から韓国は「キルチェーン」という独自の打撃力を持とうとして、それは相手が北朝鮮なので、当然こういうものが必要だろうと理解できたのですが、最近になって潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を作り始めた。

   あれは韓国の中でどう位置付けられているのでしょうか。というのも、対北朝鮮でSLBMは要らないと思うのです。あって悪いことはないかもしれませんが、コストをかけてわざわざSLBMと専用の潜水艦を作るのは、軍事的には納得のいかないところがある。

山口 1つは、自主的防衛力を強化したいという思惑がありますね。アメリカに頼らずに自分たちだけである程度やれるようになろう、もっと強くなろう、と。

   もう1つは、中国です。あまり表立って言いませんが、韓国はかなり中国を警戒している。日本では、日本をターゲットにしているのではないかという声が聞かれますが、韓国はそこまでは考えていません。政治的にいろいろなポーズを決めていますが、それはあくまでもポーズです。軍事戦略、国防戦略に関しては、北朝鮮と中国をセットで考えている。中国が何をしているのか、何を考えているのか、中国に対するそうした恐怖感が凄い。

   韓国国内では、自分たちの自主的国防力を強化するのを良しとする人が圧倒的多数だと思います。ただ、空母にしろSLBMにしろ費用対効果までは考えていないのではないかと思いますが、韓国軍は今まで陸軍中心で、海軍・空軍はプライオリティーが高くなかったので、海軍からもっとやらせてくれというのはありますね。そういう政治的な面もあるのでしょう。

小泉 地図を見ると一目瞭然ですが、韓国と中国は非常に近い。朝鮮戦争の時も人民解放軍が陸続きで入ってきた。将来的な北朝鮮との統一なり連邦化なりを考えれば、中国とも1400キロくらい国境を接することになる。

   日本人が考える中国脅威論と陸続きの国の中国脅威論はまた違うと思うんです。これはロシアもそうです。あれだけの軍事大国で戦略重心を持ったロシアでさえ、4000キロの中国国境は怖い。怖いからこそ日本のようにダイレクトに抑止に動けないというところがある。

   日本は海で守られているので、日米同盟やオーストラリアを巻き込んで海側から中国をどう抑止するか、有事に中国の活動にどう妨害をかけるかというアグレッシブな作戦が取れる。でも、韓国のように北に主敵がいて黄海の目の前に中国がいる国だと、防衛政策を考えるのは悪夢だと思います。

   それについて1つ分からないことがあるんです。中韓の間で中韓有事のようなことになった場合に、アメリカ側が助けてくれないということは考え得る。なので、独自の抑止力を持つ、そのために地積の小さい朝鮮半島に陸上配備型ミサイルでは不安だからと、潜水艦に載せてSLBMにするのは分かるのです。しかし韓国の新しい潜水艦に載せる6発やそこらのSLBMでは、中国に対する何の抑止力にもなりません。

   そうすると、SLBM保有の裏テーマが中国抑止というのはよくわかるのですが、その裏テーマにもう1つさらに裏のテーマがあって、それはつまり核武装なのではないかというところに、この話は必然的に行きつく気がします。ここは韓国ではどのくらいオープンに語られているのですか。

山口 オープンには決して語られませんが、韓国としても、どれだけ武装してアセットをつくっても中国を抑止するには限界があるというのは十分分かっていると思います。ゆえにアメリカとの同盟関係を維持しつつ、中国とはなるべく穏やかに、という戦略を取っている。ただこれはアメリカ側からすると曖昧じゃないか、どっちにつくんだと指摘される。

小泉 この状況は、実は第二次大戦後の欧州によく似ていると思います。安全保障関係にある海の向こうの超大国アメリカは、本当に出てきてくれるか分からない。しかも域内にはドイツと戦争したばかりで相互不信が渦巻いている。その解決策がNATO(北大西洋条約機構)だった。

   NATOには、ロシア人を追い出し、ドイツ人をおとなしくさせ、アメリカ人を引っ張り込むという3つの目的がありました。アジアにもそういうものができたほうが、韓国の不安も和らげられるのではないかと思うのです。

   つまり、中韓有事みたいなものになったらアメリカが入ってきてくれるか分からない。でも、韓国にしてみれば、米中有事に巻き込まれるかもしれないという懸念もある。日本と韓国は歴史問題や領土問題があって、なかなか分かり合えない。この東アジアがデカップリングされている状態が、結局中国を利することになっている。

 韓国との連携と言うと、どうしても日本では感情的な反発が強い。僕も韓国のやり方について、自衛隊に対するレーダー照射のようにどうかと思うことはありますし、日韓間で話し合わなければならないことがいろいろあると思います。

   でも、たとえばギリシャとトルコは、領土問題を抱えていますが、冷戦中は強力な安全保障上の懸念であるソ連に対抗するためにNATOという集団安全保障上の枠組に入った。お互いに気に食わないけど対ソ連では協力しよう、という男と男の約束みたいなものがあった。そういうものを東アジアでもつくれた方が総合的には安定するんだろうと思います。

「滑り込み南北会談」の可能性も

山口 北朝鮮問題や中国問題で日韓が協力できたらプラスになる。問題はその体制をどうやって作っていくかです。

   韓国では来年3月に大統領選を控えているので、内政状況の行方も影響します。与党「共に民主党」の候補が李在明(イ・ジェミョン)に決まりましたが、とてもポピュリスト的で、イデオロギーも理念も確固たるものがあるわけではない。あれもやってみよう、これもやってみようという人で、文在寅(ムン・ジェイン)がおとなしくみえるくらいです。国内でも、これはさすがに問題だという空気があります。

 このような状況で、今後の南北関係がどうなっていくのか。文在寅政権の残り数カ月で滑り込みの南北会談が行われる可能性は、ある程度考えられると思います。文在寅政権としては、最後まで融和政策がうまくいっていることを証明したい、それが短期的なファクターです。

   もう1つ長期的なファクターは、共に民主党の李在明が大統領になった場合は、大筋の対北朝鮮政策は継承されるので、ある程度の土台をつくっておきたい。 また、仮に野党の保守候補が大統領になれば、いろいろな政策をひっくり返される可能性があるので、今からできるだけ長持ちする政策をつくっておきたい。「文在寅の政策の方がより建設的で効果的であった」ということを証明したい。

 ただ、南北会談が実現したとして、問題はどのような会談を行うのか、どのようなことに合意するのかです。韓国と北朝鮮には、いろいろとずれがある。

   北朝鮮には、南北会談を踏み台にして米朝会談につなげたいという思惑がある。一方、韓国国内では、文在寅政権が譲歩し過ぎた、結局北朝鮮は変わってないということを多くの人たちが言っているので、どうバランスを取っていくのかが問題です。

小泉 韓国の大統領交代は来年5月。今年の年末から来年の初めにかけて朝鮮半島では大きな動きが予想され、駆け込みでいろいろなことが行われる見通しがある。そうすると、北朝鮮は今年9月の連続的なミサイル発射で、とりあえずバタバタバタとやりたいことをやって、作っていた新型ミサイルも一通り実験が終わったので、これからは文在寅に対して外交攻勢をかけていくイメージなのでしょうか。

山口 先日南北ホットラインが再開しました。北朝鮮はアメとムチと言いますか、「会談してもいいよ」「いろいろ一緒にやってもいいよ」「でもこっちの条件はこれ」とくる。いわゆる「ゴールポストを動かす」やり方で、最終的には米韓同盟の解消や米軍の朝鮮半島、東アジアからの撤退に至るまで求めてきます。

   平和条約についても、北朝鮮と韓国とでは認識にかなりの違いがある。あるいは韓国内部でも、特に保守勢力の中には「北朝鮮に賠償させよ」という声がある。拉致問題をどうするのか、今まで休戦協定を破ってきた落とし前をどうつけるのかという問題もある。

   北朝鮮がこうした要求を一切受け付けないのは明らかなので、文在寅政権としても、平和条約の締結は無理だろう、「宣言」だけで済ませようとするわけです。しかし、「宣言」には法的拘束力がありません。いつまたひっくり返されるか分からないというジレンマがある。

「核兵器の戦術化」が生むリスク

山口 北朝鮮の軍事問題に話を戻すと、今後もミサイルだけでなく、通常兵器や小型艦船、無人機、サイバー、その他のシステムも含めて、どんどん強化してくるでしょう。

   これは非常に重要なポイントのはずですが、北朝鮮の軍の近代化ロジックは他の国と違います。他の国はテクノロジーが先行しますが、北朝鮮の場合は戦術的ニーズが先行する。

   アメリカ、中国、ロシア、日本などなどのAランク、Sランクのシステムをつくることは無理だろう。ただBランクのものでもSランクやAランクの 国に勝てるような、少なくとも困らせるようなものをつくっていこう、と。テクノロジーで無理なら戦術で何とかやってしまおうというロジックがあるので、北朝鮮と韓国、北朝鮮とアメリカ、北朝鮮と中国の兵力を比べるというアナリシスにはつながらないのかなと思います。

小泉 それはロシアの軍事を考えるときも同じなんです。アメリカなどのアナリストが陥りがちな罠は、アメリカ軍とロシア軍の装備を比べて「あれはダメだ、これはダメだ」と言って満足すること。結局それで、アフガニスタンでもベトナムでもクリミアでも裏をかかれている。

   テクノロジーコンテストをやっているのではないのだから、ある国の軍事力が期待される目標を達成できる態勢になっているかどうかが本来一番大事なわけです。その意味で言えば、北朝鮮軍はもちろんハイテク度や練度などの面では韓国にもアメリカにも敵いません。

   しかし現状、抑止という点に関してはよくできている。大きなミサイル戦力を持っているし、ソウルを大砲で射程に収めていて開戦数時間でソウルの人口密集地に砲弾を打ち込める。その数時間が過ぎると対砲兵射撃でやられてしまいますが、その間に打ち込めるわけです。まさにこれが北朝鮮の抑止力の根幹です。これまでアメリカへ届くICBM(大陸間弾道ミサイル)がなくてもアメリカが北朝鮮を攻撃できなかったのは、ソウルを火の海にする能力があるからです。

   2017年のミサイル危機の時、当時トランプ政権の首席戦略官だったスティーブ・バノンは、米軍から出された金正恩の斬首作戦のオプションに激怒したといいます。ソウル市民が100万人も亡くなると書いてあり、そんなプランを承認できるわけがないだろうと却下した。バノンのような、ある意味で常識外れの人物でさえ、同盟国の市民を何十万人も死なせることはできない。これが抑止力として機能しているし、その抑止力は簡単には失われません。

   ただ、今年1月の国防5カ年計画で気になるのは、冒頭でもお話したように「核兵器の戦術化」という表現があることです。戦術核兵器となると話が全く変わる。これまでの北朝鮮の核兵器は抑止の体系に位置付けられていますが、戦術核は現状変更のために使われる可能性が出てくる。たとえば、旧式ではあってもそれなりに数があり機械化が進んでいる北朝鮮の陸軍が、戦術核兵器を使いながら南進してきたら、かなりの既成事実を短期間で作れる可能性がある。

   それで「いっちょやってみるか」と考えるかどうかは金正恩の腹の中なので分かりませんが、「能力×意志」で行動が決まるなら、意志の部分がブラックボックスであるにしても、能力の部分が戦術核兵器で変わるとなると相当なリスクが加算されます。短期的には無茶なことはしないかもしれません。しかし、この先韓国の政治的な姿勢が変わる、あるいは米韓に隙間風が吹いたといった時に、北朝鮮が何を決断するかは予測不能だと思います。

   2008年8月に旧ソ連のグルジア(ジョージア)がロシアに想定外の喧嘩を売りました。ロシアもグルジアも挑発し合っていたとはいえ、人口300万人で陸軍が5個旅団しかない国が、南部軍管区だけでその10倍の兵力を持っているロシアにいきなり砲撃を行って、5日間で負けた。普通に考えたらこんなことをやるわけがない。でも時にやってしまうのが、政治です。

「ロジスティクス」への対策が見逃せない

小泉 ところで、2022年以降の朝鮮半島情勢は安定と不安定で言うと、基調としてはどちら側になるのでしょう。

山口 韓国政治については流動的なので、現時点での判断は難しいところです。

   北朝鮮に関しては、今後も軍事強化を進めていくでしょう。ミサイルだけでなく通常兵器やサイバーなども含めて進めると先述しましたが、ロジスティクスの側面も重要です。北朝鮮軍の一番の弱点はロジスティクスで、燃料や人員などいろいろなリソースが不足しており、訓練の方もできていない。この「簡単には戦争ができない状態」に対策を施して行くでしょう。

   ただ、北朝鮮は少なくとも当面、南進などの大きな挑戦には踏み切らないと考えています。先ほど小泉さんがご指摘になったように、北朝鮮が南進をした場合、初期の段階で膨大なリソースを使うことになります。ソウルの砲撃にしろ、南に進めば進むほどリソースの需要が増すので、それに供給が追い付かなくなる。そうすると、負けるのは時間の問題ですし、国自体が潰れる恐れすらあるでしょう。北朝鮮は、そういった部分はかなり緻密に計算します。

小泉 北朝鮮はお勉強ができる感じがしますよね。

山口 失敗を犯すと、国が滅びてしまうというリスクをずっと抱えてきた国ですからね。そこはちゃんと計算するし、プランニングする。兵器プログラムについても、ミサイルだけでなくサイバー、電子戦、原子力潜水艦、極超音速兵器、AIなどいろいろなものに手を出してくると思う。

小泉 北朝鮮の量子コンピュータは見てみたいですね。

山口 かなりのリソースをつぎ込んでいるのは事実です。北朝鮮軍を見るときは兵器システムだけでなく、マクロに見る必要がある。経済、科学技術、社会がどうなっているのかというファクトも考えないといけない。

   1990~2000年代の北朝鮮は「自分探し」をしていましたが、ここ10~20年くらいでいろいろなミサイルを作れるようになった。米韓日は状況としては不利なところに立っていて、できることは限られてくる。日米はもちろん米韓、できれば日韓、その他の国とも連携して、北朝鮮への抑止を高めて行く必要があると思います。

小泉 北朝鮮という分かりにくい国のアセット、戦術、戦略、内政、それに対する東アジアの国々、アメリカ、中国、ロシアの関与を複合的に見ていかないといけない。本来は、そういったことを考えるための拠点が日本にあるべきなんですよ。日本の安全保障に直結する問題なのに、なぜ日本で活発に論じられないのかがと常々考えて来ましたので、山口さんとのお話をこれからも継続的に発信したいと考えています。

(2021年10月11日収録)

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口 亮(やまぐちりょう) 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。アトランティック・カウンシル(米)スコウクロフト戦略安全保障センター上席客員フェロー、パシフィック・フォーラム(米)上席客員フェローも兼任。長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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