The Touch of E-book──電子書籍に官能性があるとしたら

2021年 私の読書

執筆者:木村元 2021年12月29日
カテゴリ: カルチャー
 

 今年に入って、老齢の父が入退院を繰り返すようになり、コロナ禍の厳戒態勢をかいくぐるように日帰りや1泊で京都の実家に行くことが増えた。そんななか、せめてもの気晴らしにと衝動買いしたのがKindle(Amazonの電子書籍リーダー)。片手に収まるオリーヴ色の端末は愛らしく、いつも出張や帰省の移動にさいして「本欠乏恐怖症」から、読み切れないほどの冊数の本を鞄に詰めこんでいたことを考えると、なんたる手軽さ! 不安と緊張の続くなか、バッグに忍ばせたKindleが精神安定剤の役割をはたしてくれたといっても大げさではない。

 ストレスを打ち消すように、次々に電子書籍をダウンロードしては読みふけっていると、奇妙な感覚が生じてくる。何を読んでも同じ端末の同じ画面だからか、長大な1冊の本をずっと読みつづけているような気がするのである。そればかりか、そこに書かれていることが、まるで自分自身が書いたこと、考えたことのように思えてくる。

 そのうちに、SNSのタイムラインを眺めている感覚に近いと気づいた。おびただしい投稿が流れていくタイムラインを見ているうちに、自分の知識や感情や主張が次々に書き換えられていく。ふと目にとまったツイートが、いつのまにか自分の知識やネタになってしまう。他人の書いたことが体内に直接インストールされていく感覚。

 電子書籍に対して紙の本を擁護する人は、紙の手触りやページをめくる音など官能にうったえる本の物質性を挙げることが多いが、電子書籍がもし官能的でありうるとすれば、それはこの直接性の快感をいうのではないか。

 いま自分が感じていること、考えていることは、いったいどこから来たものなのか──。そんなことを考えはじめたときに読んだのが、著述家・書評家の永田希書物と貨幣の五千年史(集英社新書、2021)だった。永田はこの本をiPhoneのメモアプリで執筆したという。Kindleで読むのにこれほどふさわしい本があろうか。

 

 本も貨幣も「文字と図案を印刷しただけの紙が、その紙や染み込んだインク以上の価値をもつ」。本でいえば著者が思考し執筆した線的な時間が畳みこまれ無時間化されたものだし、貨幣でいえば物々交換から金本位制、そして現在の電子マネーにいたるまで、労働や技術が生みだす経済的価値がそこには畳みこまれている。そこに隠された価値は、読者が本を読んだり、消費者が商品を購買することによりはじめて「開かれ」表現される。つまり本も貨幣も「ブラックボックス」なのだ。本書は、そうしたブラックボックスの数々を例にとり、そこに何が畳みこまれているかを徹底的に「リバースエンジニアリング」(完成品を解体して、その仕組みを遡及的に解明すること)して、現代社会を成り立たせているシステムの基層にせまる。

 音楽でいえば、楽譜はまさに旋律やリズムといった時間的な価値を無時間化して畳みこんだものであり、そこから作曲家の脳内に響いていたであろう音楽を、リバースエンジニアリングして再現するのが演奏家の仕事だ。現代に生きるわれわれの生きづらさは、のっぺりとつかみどころのない完成品の社会に囲まれて、そこに隠された意味を知らずに生活していることからくるのではないか。著者の手つきにならって、それらブラックボックスを徹底的に解体し、そのほんとうの意味をつかみとること──それこそが現代人に必要なリテラシーなのだろう。

 さて、本は読む人によってひもとかれるブラックボックスだというのが永田の主張だが、じつをいえば本を書く者にとっても、自分の思考の跡がどのように編まれて物質化され、流通していくかという過程はひとつのブラックボックスといっていい(そこに出版社のビジネスが成立する余地がある)。

 その現状に一石を投じたのが、哲学者でありながら出版社「ゲンロン」を立ち上げ、〈書く-つくる-届ける〉のすべての工程を自前でおこなっている東浩紀だ。ゲンロン戦記──「知の観客」をつくる(中公新書ラクレ、2020)は、事務のイロハも知らず、経営の素人だった著者が、文字どおり七転八倒しながら成功をつかみとるビジネス奮闘記としてもおもしろいが、経済的価値とは縁遠いブラックボックスだった「知」の世界を、「観光」「誤配」といったキーワードで一般読者に大きく開き、まっとうな商売の場に変えようとする著者の一貫した姿勢に、いち出版人として強いあこがれを感じ、勇気づけられる。

 

 その東ひきいるゲンロンから出版された書物のなかから1冊紹介するとしたら、メディア情報学者の石田英敬と東の共著である新記号論──脳とメディアが出会うとき(ゲンロン叢書、2019)だろうか。東がゲンロンの重要な収益基盤と位置づける「ゲンロンカフェ」において、公開でおこなわれた13時間以上の講義を1冊に凝縮したもの。

 

 内容は広範にわたりひとことでは紹介しきれないが、一文だけ引用したい。「ソーシャルメディアのように、メディアが閉じておらず、好き嫌い(like/dislike)でどんどんと情報をソートするようなメカニズムが高速で働くようになると、メディアは、情動と感情が接する界面へと、人々のコミュニケーションを引き寄せていく存在になります。つまり、メディアは、たんなる表象の媒介ではなく、感情と情動が活性化して渦を巻く表面になっていくというわけです」(石田)──これはまさに冒頭で述べたSNSや電子書籍の直接的な官能性をあらわす事態ではないか。

 本書ではこうした刺激的な哲学トークが、疾走するライヴ感をもって展開するのだが、そこに膨大な注が付され、読者のさらなる探究心にこたえる。電子書籍では本文中の注番号をタップすると、注の内容がポップアップするようになっていて、読書のスピード感をそこなうことがない。高度な哲学的思考と強い好奇心をもった「知の観光客」とが出会うとき、このようなクオリティの高い本が生まれるということの好例だ。

 東はゲンロン創業10周年の2020年10月、独自の配信プラットフォーム「シラス」を立ち上げた。「感情と情動が渦を巻く」無料のSNS空間へのアンチテーゼとして、有料で、誰もが責任をもった個として参加する知の空間だ。

 紙の本も電子書籍もブラックボックスだろう。しかし、読むという行為が深く緻密であればあるほど、その本来的な価値は大きく花開く。それが「本」というものの本質だ。

 ネット空間を利用しながらもその直接性の官能におぼれず、読者の主体性を涵養しようとする東の発想力と行動力に舌を巻きつつ、さて自分たちにも何かできることはないかと考えをめぐらせているところである。

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執筆者プロフィール
木村元 書籍編集者。株式会社アルテスパブリッシング代表。 1964年京都生まれ。上智大学文学部哲学科を卒業後、株式会社音楽之友社に入社。2007年独立して株式会社アルテスパブリッシングを創業。音楽書を中心に旺盛な出版活動を展開。「音楽書と人文書を融合。独自ジャンル創出」(『新文化』2017年6月15日号)と評される。 著書に『音楽が本になるとき──聴くこと・読むこと・語らうこと』(木立の文庫、2020)、近著に『音楽のような本がつくりたい』(木立の文庫、2022年1月出版予定)。 桜美林大学リベラルアーツ学群非常勤講師。国立音楽大学評議員。「ダ・ヴィンチ音楽祭in川口」および「北とぴあ国際音楽祭」アドバイザー。 Twitter @kimuragen
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