ロシアが主導する新「USSR」誕生の現実味:12月に「ソ連邦結成」100周年

執筆者:名越健郎 2022年7月23日
エリア: ヨーロッパ
2014年3月16日に行われたクリミアのロシア編入を問う住民投票。全体投票数の9割が賛成票となり、ロシア連邦に組み入れられた  (C)AFP=時事
ソ連創設から今年で100年。その崩壊を「悲劇」ととらえるプーチン大統領の下で、愛国勢力を中心に「ミニ・ソ連」創設の声が上がっている。一定の距離を保つベラルーシの思惑やウクライナの戦況を考えれば現実味が高いとは言えないが、南オセチアやウクライナ南部では住民投票の準備も進む。

 

 ロシア軍が占領したウクライナ南部ザポリージャ州の暫定行政当局は7月14日、同州のロシア編入の是非を問う「住民投票」を9月初めに実施すると発表した。ロシアが支配した東部のルハンシク州や南部のヘルソン州でも、併合住民投票を実施する動きが出ている。セルゲイ・ラブロフ外相は7月21日、「ロシアはウクライナ東部だけでなく、南部の制圧も目指している」ことを明らかにした。

 今年12月30日は「ソビエト社会主義共和国連邦」(ソ連)の創設100周年。ロシアの一部愛国勢力の間では、ソ連邦結成100周年に向けて、ロシアが支配するウクライナの一部やジョージアの南オセチア自治州、モルドバの沿ドニエストル地方、さらには連合国家創設条約を結ぶベラルーシを一括して併合すべきだとの議論が出始めた。実現すれば、「ミニ・ソ連」の誕生を意味し、ユーラシア地政学が大きく変動する。

 とはいえ、ウクライナの東部や南部では激しい戦闘が続いており、ウクライナ住民の抵抗も強い。プーチン政権が推進を図っても、難航しそうだ。

プーチンのレーニン批判

 ソ連邦が誕生したのはロシア革命から5年後の1922年12月30日で、モスクワのボリショイ劇場の舞台でソ連邦結成条約が調印された。これには、ロシア、ウクライナ、白ロシア(ベラルーシ)、ザカフカス(アゼルバイジャン,アルメニア,ジョージアの3共和国に該当)の4国代表が調印。参加国は平等で、自由な意思で参加・脱退できると定められた。1924年のウラジーミル・レーニン死後、ソ連憲法が制定され、共産党一党独裁の新体制が整った。

 ソ連邦創設は、脳出血で倒れていた革命の父レーニンや、ヨシフ・スターリン・ロシア共産党書記長らが主導した。

 ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ侵攻直前の2月21日に行ったテレビ演説で、

「現代のウクライナはすべてボリシェビキによって作られた。レーニンとその盟友らは、そこに住む何百万もの人々に相談もせず、極めて粗雑な手法でウクライナという国を作った」

 と非難した。

 大統領はさらに、レーニンは「独立派」と呼ばれたウクライナの民族主義者に譲歩し、巨大で無関係な領土を恣意的に形成したとし、

「レーニン主義の国家建設は、単なる間違いではなく、悪と言っていい」

 と酷評した。ウクライナ共和国はロシアの土地に手違いで誕生したとの見立てだ。

 一方でプーチン大統領はこれまで、

「ソ連邦の崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇」

「ソ連崩壊はロシアの歴史の破綻」

 という言葉も残しており、1991年のソ連崩壊はロシアにとって屈辱という認識も持つ。

愛国勢力が「ミニ・ソ連」論

 ロシアの愛国主義者の間では、ソ連結成100周年に向けて、制圧したウクライナ東部や南部をロシア連邦に併合すべきだとの議論が出ている。

 愛国派の人気ブロガー、イリヤ・ワリエフ氏はブログで、

「ソ連邦の廃止は1991年12月、国民投票もなしにスラブ3国首脳が一方的に決めた」

とし、ロシアが独立を承認した南オセチアやアブハジア、ドネツク、ルハンシクに、沿ドニエストルを加え、「USSR(ソ連)2.0」と呼ばれる新国家を結成すべきだと訴えた。

 野党・公正ロシアのニコライ・ノビチコフ下院議員は6月、ドネツク、ルハンシク、ヘルソン、南オセチアのロシア連邦加盟の是非を問う住民投票が9月に実施される可能性があるとし、

「特別軍事作戦はこのプロセスの障害にならない」

 と述べた。公正ロシアのセルゲイ・ミロノフ党首も、

「住民投票が最も正当な併合手段だ」

 と述べ、この見解を支持した。

 与党・統一ロシアのビクトル・ボロダツキー下院議員は、

「ドンバス地方と南オセチアの住民は、強力なロシアの一部になることを夢見ており、住民投票が必要だ」

 と同調した。

 ウクライナ侵攻の契機となったドネツク、ルハンシク両州の独立承認は、与党ではなく、共産党が1月に決議案を提出し、下院が2月に可決。その折クレムリンはいったん、交渉の微妙な時期ゆえ審議を延期するよう下院に求めた経緯がある。今回も議会主導で併合住民投票への流れが進む可能性がある。

南オセチアで住民投票へ

 では、「ソ連2.0」が設立される場合、どの地域が参加するだろうか。

 ロシアが独立を承認したジョージア領南オセチア自治州(人口約5万人)では今年5月、親露派首長が7月17日にロシア併合を問う国民投票の実施を発表したが、その後首長選で敗れたため、投票は延期された。しかし、州議会幹部は9月11日に投票を行う可能性を示した。9月11日はロシアで統一地方選が予定されており、それに合わせる形だ。

 同じくロシアが独立を承認したジョージア領アブハジア自治共和国(人口約24万人)は、南オセチアと違って、ロシアの一部になる意思はないようだ。アブハジアの議会議長は今年3月、『ロイター通信』に対し、

「ロシアは戦略的パートナーだが、われわれはロシア連邦に参加する意思はない」

と述べた。

 アブハジア人の大半はイスラム教徒で、憲法で永久独立を明記しているという。しかし、住民の多くは既にロシア国籍を取得し、領内にロシア軍基地があり、数千人のロシア軍が駐留する。ロシアが強引に編入を要求すると、抵抗できないだろう。

ウクライナ南部ではロシア化政策

 ウクライナ侵攻では、クリミアに駐留するロシア軍部隊が3月、陸続きのウクライナ南部ヘルソン(ロシア軍侵攻前の人口は102万人)、ザポロジエ(同168万人)両州を比較的容易に占領した。その後、通貨ルーブルの導入やロシア国籍付与の簡素化などロシア化政策を進めている。

 ザポロジエ州の親露派指導部は9月初めにロシア編入を問う住民投票の準備を進めている。ロシアは同州を併合することで、支配を既成事実化する狙いとみられる。ヘルソン州の親露派幹部も、ロシア編入が来年にかけて決定される可能性があると述べた。

 ウクライナ領のクリミア自治共和国(人口約197万人)は2014年3月、ロシア軍が実効支配した後、官製住民投票で97%がロシア編入を支持し、ロシアの併合につながった。クリミアはロシア系住民が多く、ロシアは長年にわたり政治、情報工作を通じて併合準備を行っており、住民の反発は少なかった。

 これに対し、ヘルソン、ザポロジエ両州では、市民による反露デモやパルチザン活動が活発化し、親露派幹部の暗殺未遂事件もあった。ウクライナ軍も南部の奪還作戦を本格化させており、住民投票は容易ではない。

戦闘続くドンバスで住民投票準備

 一方、激しい戦闘の続くドンバス地方について、ロシア紙『コメルサント』(7月5日付)は、プーチン政権がルハンシク(侵攻前の人口約213万人)、ドネツク(同約413万人)両州の制圧を待って、8月にもロシア編入の住民投票を計画していると報じた。

 既に、ロシア中央選管が両州の選挙担当者を呼んでセミナーを開き、住民投票の技術的指導を行ったという。ロシアの専門家は同紙に対し、

「領土の併合に住民投票の手続きは必ずしも必要ではないが、併合の正当性を高める効果がある。法的というより、政治的問題だ」

 と述べた。

 ただし、ロシアは7月初めまでにルハンシク州のほぼ全域を制圧したものの、ドネツク州はまだ半分程度の支配にとどまっている。ウクライナ軍は米国から供与された多連装ロケットミサイル「ハイマース」を駆使して失地回復を図っており、今後も激戦が予想される。8月の実施は、戦時下での危険な投票となり、困難だろう。

困難なベラルーシ併合

 モルドバからの独立を目指す沿ドニエストル地方(人口約47万人)の親露派指導部は何度もロシアへの編入をクレムリンに求めており、ロシアの極右野党・自由民主党などが編入を支持している。しかし、ロシアはまだ、沿ドニエストル地方の独立を承認していない。

 住民の多数派がモルドバ系であることや、編入するとモルドバを完全に欧米寄りにすることから、クレムリンは併合を先送りするとの見方もある。

 ロシアは、ウクライナ侵攻後に戦略的連携を強めたベラルーシ(人口約926万人)との統一国家を目指すとの見方も根強い。

 プーチン大統領は7月1日、両国の地域フォーラムで演説し、ロシアとベラルーシは西側からの政治的圧力と制裁に対抗するため、「統合プロセス」を加速すべきだと述べた。大統領は、

「統合は制裁によるダメージを抑え、新しい能力を開発し、友好国との協力を拡大する効果がある」

 と強調した。

 これに対し、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、

「旧ソ連諸国はロシア、ベラルーシとの協力を進めるべきだ」

などと述べ、統合には言及しなかった。

 ルカシェンコ大統領は2020年の反政府デモの後、ロシア傾斜を強めながら、プーチン大統領の併合要求をかわしてきた。ロシア編入は、国家主権と自らのポストを失うことになるからだ。

 英シンクタンク「チャタムハウス(王立国際問題研究所)」が昨年ベラルーシで実施した世論調査では、ロシアとの統合を支持したのは9%にすぎなかったとされ、国民も統一国家を望んでいない。

新名称も「CCCP」に?

 こう見てくると、ロシアが強引に「ミニ・ソ連」を結成するのは時期尚早で、ウクライナの一部編入も戦況次第のようだ。ロシア愛国勢力の主張は一種の観測気球かもしれない。

 それでも、ウクライナのネットメディア『チャンネル24』(7月14日)は、プーチン大統領がルカシェンコ大統領や、ロシアに亡命したウクライナの親露派ビクトル・ヤヌコビッチ元大統領とともに、新ソ連邦の結成を画策していると警戒し、新国家の国名は「スラブ主権共和国連邦」になると指摘した。

 ロシア語では、

「Союз Славянских Суверенных Республик」で、ソ連と同じく「CCCP」となる。英語表記も「Union of Slavic Sovereign Republics」で「USSR」だ。

 節目の年を重視するロシアが、12月のソ連邦結成100周年に向けて、新たな地政学的再編に動くかどうか、ウクライナの戦況と併せて要注意だ。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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