【特別対談】岡本隆司×君塚直隆 中国とイギリス――今も生きる「悪党たち」と「帝国」(下)

執筆者:岡本隆司
執筆者:君塚直隆
2022年8月27日
カテゴリ: 政治 社会 カルチャー
エリア: アジア ヨーロッパ
乾隆帝(左)、毛沢東(中)、そして習近平(右=中華人民共和国中央人民政府HPより)へと「帝国」の系譜は続くのか
習近平、ジョンソン、そしてプーチン……世界に跋扈する「悪党」タイプの指導者たちは、どのような行動原理で動いているのか。『悪党たちの中華帝国』(新潮選書)を上梓した岡本隆司さんと、イギリス史が専門で、『悪党たちの大英帝国』の著者である君塚直隆さんが考える。(こちらの前編から続きます)

君塚直隆 今回のご著書(『悪党たちの中華帝国』)では、「中華帝国」の「悪党」を王朝ごとに2人、全部で12人取り上げられました。その中で、一番の悪党だと思う人物はいますか。

唐の太宗

岡本隆司 やはり唐の太宗ではないでしょうか。

君塚 どのあたりが?

岡本 私はワルは好きですが、偽善者は嫌いです。その意味では、太宗ほどの存在はいないと思うのです。

 偉大な人物に悪評はつきもので、君塚先生が『悪党たちの大英帝国』で取り上げられたお歴々は、実際そういう人たちばかりですよね。なればこそ、大きな仕事ができたのだと思うんです。

 私が取り上げた他の11人も、基本的にそういう人たちなのですが、太宗だけが違う。本当は悪党なのに、名君として扱われているのが腑に落ちない。プロパガンダに長けており、記録や史書を利用して巧妙に自らを名君だと偽っている。そのあたりは東洋史の大家だった内藤湖南もいち早く指摘をしているので、さすがだなと思います。

 そんな太宗を取り上げるにあたって、よくよく資料を読んでみると、隋の煬帝とペアで語った方がわかりやすい。というのも、太宗は自分の名君ぶりをアピールするために、ことさらに煬帝の暴君ぶりをあげつらっているからです。とくに、現在もビジネスマンの啓発本として広く読まれている『貞観政要』に、煬帝の話がたくさん出てきます。そこでカン違いされても困りますので(笑)、太宗と煬帝の統治ではどれほどの差があったのか、史実を踏まえて書いてみました。

習近平が目指すのは毛沢東か乾隆帝か

君塚 最初の方にお書きになっていましたが、中国は「列伝」の国、つまり人物伝を中心とした歴史の国ということですが、今でもそういった伝記のたぐいは中国の多くの人に読まれているのでしょうか。

岡本 昔の「列伝」はそれこそ古典漢籍の一部で基礎的な教養となるものでしたが、今ではほとんどの中国人は「水戸黄門」のような虚実ないまぜのテレビ時代劇レベルのことしか知らないと思います。だから日本の学者が書いた伝記などは、中国では新鮮に映るようですね。私が以前に書いた『李鴻章』『袁世凱』(いずれも岩波新書)も中国で翻訳出版され、関心を引いたようで、向こうのテレビ取材も来ました。

君塚 そうした列伝とか評伝が、現在の中国の人たちに何か大きな影響を与えているという側面はありますでしょうか。

岡本 今の中国の列伝や評伝は、歴史学的にはかなり近代的にはなってきていると思うのですが、一方で、歴史を利用しようとする政治の姿勢が変わっていませんから、いわゆる学問の自由はほとんどないと言っていい。政権が認める範囲のことしか書けません。

 私の本も、先に挙げた『李鴻章』『袁世凱』などごく一部は翻訳されましたが、他の本はタブーに触れるところが多いのか翻訳してもらっていません。その意味では、今回の『悪党たちの中華帝国』も翻訳される見込みはほぼないでしょう(笑)。

ピョートル大帝(右)とプーチン露大統領(左=ロシア大統領府HPより)

君塚 たとえば、習近平が理想にしている人物は誰なのでしょう。ロシアのプーチンの場合は、ピョートル大帝をすごく尊敬しているなどと言われていますが。

岡本 まずは毛沢東でしょうか。習近平も彼と同じような“終身皇帝”を目指しているともいわれます。

君塚 もっと古い時代の皇帝ではどうでしょう。

岡本 そこは難しいところですね。

 ただ、習近平が言う「チャイニーズ・ドリーム」とか「中華民族の復興」というのは、明らかに清朝、中でも新疆を征服した乾隆帝時代がモデルにあると見ていいと思います。

 だいたい中国の近代革命というものは、多民族で多元的な社会を国民国家化していくという無理難題を至上命題としていますから、結局のところ指導者は強権化・皇帝化していかざるをえない。だから、プーチンがピョートル化するのと似たような形で、習近平が乾隆帝化していくんだろうなという感じはします。

悪党の基準、中英の違い

君塚 習近平は、岡本先生の目から見たら悪党ですか。

岡本 悪党でないと務まらないということを考えれば、悪党だと思います。けれども中国は上下揃って悪党ですからね。

 この本のあとがきにも書いたことですが、中国は「良莠不分」、善悪の区別がなかなかつけられないんですね。日本や西洋では法律やモラルが割と揺るぎない形で決まっていますが、中国ではそれが容易に動きます。ある時点まですごく良い人と評価されていたのに、一朝にしてそうではなくなってしまうこともしばしばある。こうした転倒がずっと起こり続けてきたのが中国の歴史なわけです。

君塚 そのあたりが中国の歴史の面白いところですね。

岡本 逆に言うと、イギリスで言われる「悪党」は、日本人の基準からするととてもわかりやすい。悪いやつだからこそ成功する、という君塚先生のクリアな叙述がストンと腑に落ちる。

 日本の読者の方からは、なぜ康有為と梁啓超が悪党なのか、という疑問も出てくるでしょうが、それは要するに、国民政府以降の流れからすると、2人とも褒められた人ではないわけです。

康有為(左)と梁啓超(右)

 もう少し踏み込んで言うと、反体制派。梁啓超などはあからさまにそうでした。彼は国民政府になってすぐ亡くなりましたけれども、もし長生きしていたら、胡適のように台湾に亡命するしかなかったでしょう。いや、台湾にもいられなかったかもしれません。

 康有為などは本当に前世紀の遺物みたいな復辟派で、皇帝が大好きな人ですから、革命派からすると風上にも置けない反動派ということになります。かろうじて戊戌変法を行ったというくらいの改良派。改良派は、革命派からすると単なる悪党ですからね。

オリヴァー・クロムウェル

 本書で取り上げている王安石も、日本人から見れば必ずしも悪党ではないのですが、中国では後世の人々に悪しざまに言われました。

君塚 イギリスで言えば、オリヴァー・クロムウェルの評価も、時代によって逆転しましたね。政治的立場によって、評価が全然違ってきます。

岡本 ですから、今回の本では、今の日本人の基準では必ずしも悪党ではないのだけれど、中国ではそれぞれの時代背景も含んで「悪党」と見做された人物を扱っていると理解していただければありがたいと思います。

「権威」と「権力」の棲み分け

君塚 イギリスでは、ボリス・ジョンソン首相が辞任に追い込まれました。彼は3年しか首相職に就いていないので、私が『悪党たちの大英帝国』で挙げた7人に比べれば、まだまだ小悪党に過ぎません。もっとも、“乱世のボリス”ですから、これからさらに世の中が乱れれば、復活の目もあるかもしれません。そこで目覚ましい功績をあげたら、悪党の仲間入りができる可能性もあると思います。

 ただ、ジョンソンのいわゆる「パーティーゲート」はさすがにまずかった。コロナ禍の最中にパーティーを楽しんだこと自体も問題ですが、それよりもその事実が明らかになった段階で嘘をついたことの方が致命的だった。イギリスやアメリカでは「嘘をつく」「ライアー」(噓つき)というのは最大の悪口です。「You are joking」くらいならいいですが、「You are a liar」と言われると、それこそ決闘になるくらいの屈辱の言葉です。ジョンソンは、嘘を重ねたことで国民や閣僚の支持を失い、結局辞任せざるを得なくなってしまった。

ボリス・ジョンソン

 ところが、イギリスは立憲君主制なので、首相がコケてもエリザベス女王がいる。女王陛下の存在が大きく、ある意味、首相と君主とで棲み分けができるわけです。日本の場合だと、たとえば安倍晋三元首相と天皇陛下(現・上皇陛下)の関係に似たようなところがありました。

 ところが中国だと、完全に1人の人間に負担が集約されますよね。アメリカも似ていますが、道徳も実績も1人の指導者がすべて担わなければならない。その点、日本とイギリスは立憲君主制ゆえにうまく負担が分散できているのではないか、と思っています。

岡本 非常に興味深いお話をうかがいました。使い古された言い方をすると、「権威と権力」の分業という話だと思います。それは具体的にはイギリスでは女王陛下と首相、日本だと上皇・天皇陛下と首相という形ですね。要するに、手が綺麗な人が国民の関心と敬愛を惹き付け、その裏で黒子が汚れ役に徹して政治・実務を進めていく。

 こうした役割分担が理想なのですが、そのバランスを崩してしまうと、いろいろな問題が起こる。ジョンソンはパフォーマンス好きで、黒子に徹すべきところでも、表に出すぎてしまった。それで結果的に嘘をつかざるを得ない羽目になり、失脚したのではないでしょうか。

 一方、中国にはこうした分担がなく1人にすべてが集約するので大変ですが、その分、民衆の方もスレていると思いますよ。為政者とか政治に期待していない。悪人であろうと善人であろうと、ちゃんとした政治をしてくれればそれでよろしいという感覚があると思います。

 こう考えてみると、同じ悪党の帝国だとしても、大英帝国と中華帝国とでは、かなり事情が異なっているように思います。

貨幣が物語る「帝国」

君塚 「権威」と「権力」の棲み分けということで言えば、各国が発行する貨幣にもそのあたりの事情が表れますよね。

 ヨーロッパの場合、歴史を遡ると、ローマ帝国の金貨は皇帝の顔を描いています。それはこの金貨の価値は皇帝が保証している、そしてこの金貨が通用する範囲が帝国なのだという、2つの意味があったわけです。この考えをのちに各国が真似するようになり、王様がコインに自分の横顔を描かせるという文化が広がっていった。

 今は通貨がユーロになって昔とだいぶ変わりましたけど、イギリスのスターリング・ポンドの場合は、紙幣やコインに描かれているのは当然、現在の君主であるエリザベス女王です。そして、裏には政治家や文化人を使っています。ダーウィンやチャーチル、ナイチンゲールとかワットなどですね。

岡本 中国の人民元紙幣には、毛沢東の肖像が描かれている。ご高説によれば、共産党体制のいわゆる権威や理想の部分は毛沢東が担い、現実の権力は習近平が行使するという形で棲み分けているように見えます。

君塚 アメリカと同じですね。ドル札の顔はワシントンとかリンカーンとか、昔の偉い大統領に託している。

 イギリスが同時代で棲み分けているのだとすれば、中国やアメリカは時代を超えて棲み分けている。中国もアメリカも国民統合の道徳的な権威を担える人物を選び出して使うしかないんだろうと思います。権威を担える人物を選び出して使うしかないんだろうと思います。

岡本 でも、毛沢東の顔を紙幣に持ってくるというのは何とも微妙ですね。共産党の正統性を打ち出すために使っているんでしょうけど、じつは毛沢東時代には、紙幣に本人の肖像は使われていませんでした。

君塚 どういうものだったんですか。

岡本 中国では以前、外貨兌換の中国銀行券(兌換券)と、現地通貨の中国人民銀行券(人民幣)の2種類が使われていました。そのうち兌換券には万里の長城など史跡が描かれていました。一方、人民幣には人民、いわゆる五族や紡績工場で働いている労働者などが描かれていました。一応、建前上は“主権者”を紙幣に描いていたのです。

 それが毛沢東、つまりは共産党の象徴に取ってかわられたというのは、意味深長のような気がしてしまいます。

君塚 日本も、最近は文化人ばかりになりましたが、昔は聖徳太子の1万円などがありましたね。でも、興味深いのは、その時の天皇の肖像は一切使わないところです。おそらく明治以降、不敬ということがあったのでしょう。タイの紙幣はもちろん国王の肖像なのですが、日本はこの点でも特異な君主国という感じですね。

岡本 面白いですよね。中国も今でこそ毛沢東を使っていますが、今後どうなるかはわかりません。万が一、習近平の肖像に変わるようなことがあれば、彼も中華帝国史上に名を残す大悪党の仲間入りですが、でも、さすがに毛沢東は変えないだろうという気がします。

 

カテゴリ: 政治 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
岡本隆司 京都府立大学文学部教授。1965年、京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。専門は近代アジア史。2000年に『近代中国と海関』(名古屋大学出版会)で大平正芳記念賞、2005年に『属国と自主のあいだ 近代清韓関係と東アジアの命運』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞(政治・経済部門)、2017年に『中国の誕生 東アジアの近代外交と国家形成』で樫山純三賞・アジア太平洋賞特別賞をそれぞれ受賞。著書に『李鴻章 東アジアの近代』(岩波新書)、『近代中国史』(ちくま新書)、『中国の論理 歴史から解き明かす』(中公新書)、『叢書東アジアの近現代史 第1巻 清朝の興亡と中華のゆくえ 朝鮮出兵から日露戦争へ』(講談社)、『悪党たちの中華帝国』(新潮選書)など多数。
執筆者プロフィール
君塚直隆 関東学院大学国際文化学部教授。1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』(新潮選書/2018年サントリー学芸賞受賞)、『ヴィクトリア女王』(中公新書)、『エリザベス女王』(中公新書)、『物語 イギリスの歴史』(中公新書)、『ヨーロッパ近代史』(ちくま新書)、『悪党たちの大英帝国』(新潮選書)、『王室外交物語』(光文社新書)他多数。
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