世界の気候変動の影響をもっとも受けるといわれるアフリカのなかでも、とりわけ影響が大きいのがサハラ砂漠以南のサブサハラ地域だ。サブサハラアフリカではスポット洪水や豪雨の頻度が増える一方、砂漠化・干魃も深刻化している。
ユニセフ(国際連合児童基金)によると、2020年10月から続く雨不足は、「アフリカの角」と呼ばれる東アフリカのエチオピア、ソマリア、ケニア、ジブチ、エリトリアで、過去40年間で最悪の干魃を引き起こした。乾季が3シーズン連続で到来したことで、清潔で安全な水へのアクセスや家畜、農作物が失われ、食糧危機や病気のリスクが高まっている。
また、アフリカ全域における急速な人口増加・経済発展は、都市化に伴う排気ガスによるCO2排出や大気汚染のほか、農村部での耕作地や放牧地の拡大による森林伐採などにつながっているのが現状である。
温暖化や気候変動の主な原因をつくったのは欧米・日本を含む先進国である一方、その被害を最も受けているのは開発途上国であるアフリカ地域という状況において、先進国の責任は大きい。
日本政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言し、日本社会においても気候変動対策、脱炭素社会への注目が高まる。そうした中、関心が高まっているアフリカのクリーンテック系スタートアップを紹介したい。
安全な水を提供するろ過フィルター
東アフリカのウガンダで2012年に米国ハーバード大学卒業生のKathy Ku氏(キャシー・クー)によって設立されたSPOUTS(スパウツ)社は安全な飲料水を提供するためセラミック製のフィルターを製造・販売している。フィルターには細菌を通さないものの水が通ることができる非常に小さな穴が開いており、細菌や不純物をろ過する。フィルターに使用する粘土の調査やプレスの工程等、商品開発から販売まで約3年の期間を要した。現在は2017年から参画した現CEOのDaniel Yin氏により経営されている。
ウガンダの人口 4400 万人のうち、50%以上が安全な水へのアクセスがなく、汚染された水を使わざるを得ない。地方部では基礎的な水道インフラが整っておらず、浄水処理が一切行われていない川や池から汲んだ水を使い、都市部の人々は、安全な水を水売り業者から購入することが多いが、収入の2割程度を水の購入費用に使う必要があるため、貯蓄を増やして貧困の悪循環を断ち切る機会が制限されることにもなる。貧困家庭にとっては、販売されている水は高すぎて購入できない。
抵抗力がない子どもが汚染された水を飲めば下痢症などを発症し、命を落とすことも少なくない。また、安全な水を確保するために木炭などの燃料を使い煮沸消毒をしているのは人口の44%程の約1900万人。燃料による煮沸消毒はコストがかかるほか、CO2を排出する等、環境にも悪影響を及ぼしている。これらの課題を解決するため、同社は現地で入手可能な土を使い、99.9%の細菌除去が可能な水の濾過フィルターを開発した。このフィルターを通せば、汚れた水も安全な水として利用できる。また、同社の商品を利用することにより、森林を伐採して木炭等の燃料を使う必要もなくなる。環境問題と健康問題を一挙に解決することが可能というわけだ。
非常にシンプルな商品であり、現地生産が可能なため、輸入されるフィルターと比べると価格は3分の1程度。価格競争力もある。現在は毎月1万台を製造しているが、現地での高い需要を背景に、2023年5月までには月6万台が製造可能な製造ラインを完成させる予定である。
さらに、現在はウガンダ及びルワンダを中心とした事業であるが、ケニア、タンザニア、コンゴ民主共和国に展開予定だ。海と面していない国はロジスティクスの面で不利益を被ることが多いが、現地製造可能な商品を製造・販売する同社においては、周辺国に容易に展開することができ、内陸に位置していることがかえって有利に働いている。
筆者自身も同社のろ過フィルターを長年愛用している。水道水は通常そのまま飲めないのだが、同フィルターを通すことにより飲めるようになる。ウガンダで利用し始めて、以前住んたエチオピアでも利用し、現在滞在しているナイジェリアで利用するために今月10月のウガンダ出張時に購入して飛行機でナイジェリアまで持ってきた。非常に便利なので、途上国で暮らす日本人にも是非お薦めしたい。
カーボンクレジットと低所得者層への販売網
SPOUTS社はセラミック製フィルターの製造・販売事業に加えて、カーボンクレジットの販売も2019年から開始した。同商品を使うことにより不要となる木炭などの削減分がクレジットとなる。現在までに約70万トンのCO2削減に貢献しており、カーボンクレジットの売上により同社の収益も10~20%向上している。海外企業の関心も非常に高く、カーボンクレジット事業に関する連携等、海外からの問い合わせも増えているようだ。
更に、首都カンパラ、東部のジンジャ(Jinja)、北部のグル(Gulu)、西部のキエンジョジョ(Kyenjojo)を含め、都市部、都市周辺、農村部等、ウガンダ全域の家庭、学校、NGO、民間企業等に販売をしており、水の濾過フィルター販売により構築した強固な低所得者層への販売網を活用し、低燃費の家庭用IoT調理コンロ等の販売事業も展開する方針である。
IoT調理コンロは、木のペレット等バイオ燃料を使い、効率よく熱エネルギーに変えることが出来る調理コンロだ。同コンロに取り付けたIoT機器によりコンロの利用状況等のモニタリングし、利用状況に応じた料金徴収やカーボンクレジット等を測定することが可能となる。
日本から相次いだSHSへの投資
気候変動対策への関心が高まり、国や企業でさまざまな取り組みが進む中で、クリーンテック市場は幅広い企業・投資家が参加しやすい市場になってきている。
初期のクリーンテックブームは、2000年代前半から2010年代前半頃で、アル・ゴア元米副大統領などの一部有識者が牽引し、大規模なソーラーパネル、バッテリー、バイオ燃料、風力発電など、設備投資(CAPEX)が重く、投資資金の回収までに時間がかかる領域が中心であった。
一方、現在のクリーンテックブームは一部の有識者のみならず若い世代を含め幅広い層からの支持を集め、テクノロジーの発展により対象領域がフードテック、アグリテック、ロジスティクスなどに広がっている。また、太陽光パネルや蓄電池等の開発コストや価格が低下し、モバイル決済等が浸透したことで、2010年代後半にはアフリカなどの開発途上国においても、多くのクリーンテックがビジネスとして成り立つところまできた。
丸紅は2019年に蓄電池・テレビなどを割賦販売する英アズーリ・テクノロジーズに、住友商事や三井物産は太陽光パネルやテレビの割賦販売事業を展開するM-KOPA(ケニア)に、三菱商事は2019年に太陽光パネル等の機器を割賦販売する英BBOXXに出資し、日本企業から小型の自家用発電システム(ソーラーホームシステム、SHS)への投資が相次いだ。
SHSビジネスの主な顧客層も無電化地域の低所得者層であり、多くは小規模農家となる。初期のビジネスは「無電化地域への電気・エネルギーの提供」からスタートしたが、顧客との強固なネットワークを活用して、現在は生活必需品のみならずスマートフォンや電動バイク等の様々なサービスを提供するプラットフォーマーへと変貌を遂げている。
アフリカのクリーンテック系スタートアップは、低所得者層へ効率的にアプローチができるビジネスモデルが大きな強みである。
クリーンテックの3つのポイント
今後のクリーンテック系スタートアップを考察する上で、成長の鍵になってくるのは次の3点だ。
① カーボンクレジットの事業化
② 低所得者層への販売ネットワーク
③ データ活用
1つ目の「カーボンクレジットの事業化」に関しては、企業の収益への貢献のみならず、海外企業や投資家からの関心を惹くという観点でも、企業の成長に大きく関わってくる。
2つ目の事例としては今回紹介したSPOUTS社、SHS系のスタートアップ、IoTを活用した家庭用コンロを販売するスタートアップなどが存在するが、これら企業の強みは農村部を中心とした「低所得者層との強固なネットワーク」であり、自社の商品のみならず国内外の企業の商品を販売可能なプラットフォーマーとしての動きが鍵になる。
3つ目の「データ活用」に関しては、顧客との取引データの蓄積により、データを活用して経営全体の効率化を図るERP(Enterprise Resource Planning)の設計や顧客との売買データ、サービスの利用頻度等のデータを活用して個人の信用度を点数化(スコアリング化)し、与信を付与するクレジットスコアリングモデル構築などの金融サービスの提供が期待できる。
世界をみても国や企業から「2050年カーボンニュートラル」といった宣言がなされる中、クリーンテックの世界的な開発競争はさらに加速することが予想される。アフリカのクリーンテック系スタートアップの市場も急成長しているが、アフリカの開発途上国は経済成長と脱炭素の二兎を追う必要がある。そのためにも、日本企業からのアフリカ・クリーンテックスタートアップ企業への更なる投資に期待したい。
JICAは2022年10月24日に「脱炭素とアフリカ新興テック」のWebinarを開催する。アフリカの気候変動の現状と対策及びクリーンテック・スタートアップについて主に取り上げる予定。詳しくはこちらから。