欧州「対インド太平洋防衛外交」を支える「空の連携」

執筆者:永田伸吾 2022年11月8日
タグ: ドイツ 日本
エリア: アジア ヨーロッパ
百里基地に飛来した「Air Ambassador」(C)時事
日本への初飛来も話題になったドイツ空軍史上最大の長距離展開ミッション「ラピッド・パシフィック2022」は、月単位の時間がかかる海軍種に比べて迅速な展開が可能な空軍種にスポットライトを当てた。欧州のインド太平洋戦略における「距離の専制」を克服する手段として重要度が増している。

 

 欧州諸国が相次いでインド太平洋への戦略的関与を進める中で、2020年9月に「インド太平洋ガイドライン」を発表したドイツは、インド太平洋地域への戦略的関与の一環として、2022年8月15日から10月8日にかけて空軍機による西太平洋展開ミッション「ラピッド・パシフィック(Rapid Pacific)2022」を実施した。

「ラピッド・パシフィック2022」は、6機のユーロファイター戦闘機、4機のA400M戦術輸送機、3機のA330MRTT多目的空中給油・輸送機、そして要員250人からなる部隊による、ドイツ空軍史上最大の長距離展開ミッションであり、豪州空海軍の主催する多国間共同訓練への参加と、日本を含むインド太平洋地域の有志国との連携を目的としていた。

 派遣部隊で最も目を引いたのが、特別塗装を施されたユーロファイター機、通称「Air Ambassador(空の大使)」だ。胴体中央にドイツ国旗、左右の主翼に訪問国となる豪州・シンガポール・日本・韓国の国旗が描かれ、尾翼に「ラピッド・パシフィック2022」の行程、そして機首右カナード翼に「Air Ambassador」と記されている。その名の通り「空の大使」として、ドイツの「防衛外交」の主役を務めた。

「距離の専制」を克服する空軍種

 欧州諸国による「対インド太平洋防衛外交」の担い手といえば海軍種とのイメージが強い。

 例えば、英国は、2021年5月から12月にかけて空母打撃群(CSG21)をインド太平洋に展開した。この時、旗艦の新鋭空母「クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)」が9月初旬に横須賀に寄港することで、日英間の安全保障協力の深化を象徴的に体現した。

 また、フランスも排他的経済水域の9割以上が存在するインド太平洋地域に定期的に空母を含む艦艇を展開することで、海軍種による「防衛外交」を実践している。

 とはいえ、欧州からインド太平洋地域への軍事的関与を考える上で「距離の専制(tyranny of distance)」を無視することはできない。この「距離の専制」ゆえに、海軍種によるインド太平洋への展開には月単位での時間を要する。

 しかし、速度に優れ地形的な制約を受けにくい航空機であれば、艦艇に比べ展開時間を大幅に縮小可能である。そのため、欧州諸国は空軍種も「対インド太平洋防衛外交」の重要な担い手と位置付けている。

 英国は「インド太平洋傾斜」政策を進める中で、2016年10月中旬から11月上旬にかけて、空軍のユーロファイターを日韓に派遣し、三沢基地で航空自衛隊との初の共同訓練「ガーディアン・ノース(Guardian North)16」を、また在韓米軍の烏山空軍基地で英米韓の初の共同訓練「インビンシブル・シールド(Invincible Shield)」を実施した。

 そして、欧州でいち早くインド太平洋戦略を発表したフランスも、「ラピッド・パシフィック2022」に先立つ2022年8月10日から9月18日にかけて、3機のラファール戦闘機と各2機のA330MRTTとA400Mからなる「ペガサス(Pegase)2022」という空軍のインド太平洋展開ミッションを実施した。

 英仏と違い空母を持たないドイツは「対インド太平洋防衛外交」の担い手としての空軍種に一層強い期待を抱いている。ドイツは2021年8月から2022年2月にかけてフリゲート「バイエルン(Bayern)」をインド太平洋に派遣した。艦齢25年の同艦は2021年11月に東京国際クルーズターミナルに寄港したが、英国の新鋭空母「クイーン・エリザベス」に比べればインパクトに欠けることは否めなかった。その意味で、「ラピッド・パシフィック2022」は、ドイツにとってインド太平洋への戦略的関与の本気度を示す試金石となった。

24時間以内にシンガポールへ

「ラピッド・パシフィック2022」は、ドイツ空軍の西太平洋への迅速な展開能力を実証することも重要な目的であった。そのため、最初の任務が、ドイツ・ノイブルク空軍基地から1万2800キロメートル離れた中継地シンガポールへの24時間以内での展開であった。フランスの「ペガサス2022」の最初の任務が南太平洋のニューカレドニアへの72時間以内での展開であったことを考えると、24時間以内のシンガポールへの展開はかなり野心的な目標といえる。

 また、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビを経由するとはいえ、難易度の高い空中給油を繰り返しながらの飛行は、パイロットの生理的限界からも過酷な任務であることは想像に難くない。

 英国の軍事情報分析企業Janesによれば、ノイブルク空軍基地を現地時間8月15日16時49分に離陸した第74戦闘航空団所属の6機のユーロファイターは、アブダビを中継しつつ、全行程で10回の空中給油を重ね、5機が現地時間8月16日19時5分にシンガポールに到着した。また、ドイツ空軍は20時間22分3秒で展開が完了したと公式サイトで発表している。ドイツとシンガポールの時差は6時間であることから、いずれにしても約20時間20分で展開したことになる。

 このように「ラピッド・パシフィック2022」は最初の任務を達成したのである(「Air Ambassador」機はアブダビで油圧系統の修理を経て8月19日16時11分にシンガポールに到着した)。

 その後、部隊は豪州ダーウィン空軍基地に移動し、8月中旬から9月下旬まで豪空軍主催の多国間共同訓練「ピッチブラック(Pitch Black)2022」と、豪海軍主催の多国間共同訓練「カカドゥ(Kakadu)2022」に参加した。実戦を想定した高度な訓練内容とそれを可能にする広大な訓練空海域によって、インド太平洋における多国間共同訓練の主催者として豪州は重要な役割を果たしているのである。

 豪州での多国間共同訓練を終えた後、派遣部隊は一端シンガポールに引き返した。

 その後、2022年9月28日に、ドイツ空軍総監インゴ・ゲアハルツ中将が操縦する「Air Ambassador」を含む3機のユーロファイターと、各1機のA330MRTTとA400Mが8時間の飛行を経て日本の百里基地に飛来した。これはドイツ空軍機による初の日本への飛来であった。部隊の日本訪問は、2022年4月にオラフ・ショルツ首相がアジアで初の訪問国に日本を選んだことと無関係ではない。

 このように「ラピッド・パシフィック2022」は、太平洋の「南北の錨」に喩えられる豪州と日本が、ドイツのインド太平洋戦略においても重要なパートナーと位置付けられていることを内外に示したのである。

 一連の任務を終えた部隊は10月8日にノイブルク空軍基地に帰投し、「ラピッド・パシフィック2022」は成功裡に終了した。水上戦闘艦1隻ほどの要員で数日での展開を可能とする空軍種による欧州の「対インド太平洋防衛外交」は、「距離の専制」を克服する手段として今後も積極的に実施されることであろう。

相互運用性が高まるF—35

 「Air Ambassador」機に目が行きがちな「ラピッド・パシフィック2022」であるが、ユーロファイターの迅速な長距離展開を支えたA330MRTTの役割も無視できない。

 同機はエアバス社製の多目的空中給油・輸送機で、今回ドイツが使用した機体は、北大西洋条約機構(NATO)の多国籍空中給油・輸送機材(MMF)のものである。A330MRTTは、英仏に加え豪州など多くのインド太平洋諸国も運用し、「ピッチブラック2022」においても各国のA330MRTTは空中給油任務で大きな役割を果たした。インド太平洋の安全保障に関与する国の多くがA330MRTTを運用することは、相互運用性の面で好ましい状況といえよう。

 他方で、欧州とインド太平洋諸国との相互運用性については、第4世代戦闘機レベルでは課題がありそうだ。日本・韓国・シンガポールの主力戦闘機であるF-15を欧州で運用している国はなく、豪州は数少ないF/A-18の運用国である。また、西太平洋にユーロファイターの運用国はない。

 ところが、情報収集・共有能力に優れた5世代戦闘機F-35の運用国は欧州とインド太平洋諸国の双方で増えている。ドイツは2022年3月にNATOの核共有を担保する手段としてF-35の導入を決定した。そして「ラピッド・パシフィック2022」の訪問先である豪州・シンガポール・日本・韓国はいずれもF-35の導入(予定)国であり、さらに日豪には、F-35を維持・運用するための西太平洋における国際整備拠点(MRO&U)が設置されている。

 そうした中で、「ラピッド・パシフィック2022」開始前日の8月14日に、時事通信の書面インタビューに応じたゲアハルツ中将は、ドイツがF-35の導入を決定したことについて「日本を含め同機導入国との連携が容易になった」と歓迎の意向を示したi。ドイツのF-35導入は欧州の安全保障環境を踏まえての決定であるが、ゲアハルツ中将の応答は、インド太平洋諸国との連携も視野に入れた上での決定であることを示唆するものとして興味深い。

 このように、A330MRTTとF-35は、相互運用性の面から欧州とインド太平洋諸国の連携を促す媒体として、その役割を期待されているといえよう。

インド太平洋諸国を有望な市場とみなすエアバス

 軍用輸送機のA400Mもエアバス傘下のエアバス・ディフェンス・アンド・スペースが開発・製造を担当している。

 しかし欧州とインド太平洋諸国との「距離の専制」を克服する軍用輸送機としては、A400Mよりも航続性能・搭載量で大きく勝る米ボーイング社製のC-17の方が適していることはいうまでもない。実際、英国はC-17とA400Mの両機種を運用するが、2016年に日韓での共同訓練にユーロファイターを派遣した際にはC-17を随伴させた。NATOにもC-17を多国籍で運用する戦略空輸能力(SAC)という体制があるが、ドイツとフランスは参加していない。

 元々、エアバスは1970年12月に、米国製旅客機の市場寡占状況に対抗するためにフランスや西ドイツの主導で欧州企業のコンソーシアムとして設立された。そのような背景もあり、独仏は米国製の機体への依存を極力避ける傾向がある(ドイツのF-35導入も少数にとどまる予定である)。

 また、エアバスは「ラピッド・パシフィック2022」で活躍したユーロファイターを含む3機種全てが自社製の機体であることを強調しており、A330MRTTをインド太平洋に適した機種であると宣伝し、インド太平洋諸国を有望な軍用機市場と見做している。

 今回、「ラピッド・パシフィック2022」の展開先である韓国には、1機のA400Mが9月末に派遣された。「Air Ambassador」機の日本への飛来に比べると、一見華やかさに欠けるが、韓国は2026年までに新たな軍用輸送機の購入を計画していることから、A400Mの派遣が同機の韓国へのセールスを兼ねたものであることは間違いない。

 このように、「ラピッド・パシフィック2022」は、空軍種による迅速な西太平洋への展開実証や日豪との連携誇示に加え韓国への軍用輸送機のセールスも兼ねた、ドイツによる周到で広範な「対インド太平洋防衛外交」の実践と総括できるのである。

 

i 「『欧州超え安保構想』空自とも協力―ドイツ空軍総監」時事ドットコム・ニュース、2022年8月14日<https://www.jiji.com/jc/article?k=2022081300328&g=int>。 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
永田伸吾 金沢大学大学院社会環境科学研究科博士後期課程修了(法学)。ウィリアム・アンド・メアリー大学歴史学部訪問研究員、成蹊大学アジア太平洋研究センター客員研究員など経て、現在、金沢大学人間社会研究域法学系客員研究員、戦略研究学会編集委員会委員。主な研究分野は、アジア太平洋の国際関係、米ASEAN関係、戦略論、海洋安全保障。最近の論文に、「英国の国際秩序観とそのアジア太平洋戦略:新型空母の展開に注目して」『問題と研究』第49号第3巻(2020年9月、単著)、“ASEAN and the BRI: The Utility of Equidistant Diplomacy with China and the US,” Asian Journal of Peacebuilding, Vol. 7, No. 2, 2019(共著)、「5カ国防衛取極(FPDA)とアジア太平洋の海洋安全保障:防衛装備・技術面での日英協力の視点から」『海洋安全保障情報季報』 第18号(2017年11月、単著)などがある。
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