米軍は中国を抑止できるのか(上):インド太平洋地域における米中軍事バランスの現在地

執筆者:小木洋人 2022年12月8日
エリア: アジア 北米
中国軍の能力向上により、その先制奇襲攻撃の甘受は困難になった[台湾に近い中国福建省の平潭島周辺を飛行する中国軍のヘリ=2022年8月4日](C)AFP=時事
バイデン米政権の国家防衛戦略における日米同盟重視には、インド太平洋地域での米軍の優位が低下することへの危機感が映されている。大規模艦隊などによる海空優勢を戦略の軸にしてきた米国に対し、ミサイルや電子戦を含む非対称的手法でA2/AD能力を構築してきた中国。そのバランスが中国優位へと傾く中で、米軍は作戦構想をどのように変化させてきたのか。(下)はこちらからお読みになれます

 本年10月27日、バイデン米政権は、国防省から国家防衛戦略(NDS)を発表した。2018年にトランプ政権がNDSを発表して以来約5年振り、バイデン政権としては初めてとなる。10月12日に発表された国家安全保障戦略(NSS)を支え、国防省の優先任務や戦略環境等を記載する文書である。

   新たなNDSは、バイデン政権が掲げる抑止コンセプトである「統合抑止」、すなわち、米軍・国防省だけではなく、米政府他機関や同盟国等との協力を統合して抑止力を高めていくという方針に沿って、同盟国等との協力強化を記述した節を設けた。その節で初めに登場する地域はインド太平洋地域、その次が欧州である。そして、インド太平洋地域の記述のうち、日米同盟が最初に言及された。

   つまり、この節全体で最初に言及された同盟国は日本であり、個別国名として記述されなかった2018年の公表版NDSにおける同盟国の記述とは対照的である。一昔前であれば、米国の日米同盟重視の表れとして日本の安全保障関係者から歓迎されるような記述であり、事実、今米国が最も重視する同盟国の一つが日本であることは間違いない。

   しかし、そのことがメディアで取り上げられることはなく、高揚感もない。あるのは危機感であり、それは、中国の軍事的膨張により米国の軍事力が相対的に低下してきていることに誰もが気付いているからだ。その危機感は米国も有している。それゆえに、対中抑止の鍵となる日米同盟を重視している。

   米国の軍事的優位は、中国の軍事膨張を前にどの程度損なわれることになるのか。それがインド太平洋地域の戦略環境にどのような影響を与えるのか。

   本稿では、日本にも決定的な影響を及ぼす米中軍事戦略および戦力バランスの現在と将来について、俯瞰的に考察したい。

米国の対中軍事戦略・構想の変遷

■A2/ADに対処する作戦構想

   近年の米軍の軍事戦略は、中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力が米軍の優位性を損なうとの危機感に基づいて発展してきた。

   中国は、射程1500キロ以上の対艦弾道ミサイルDF-21D(いわゆる「空母キラー」)、射程3000~5000キロの中距離弾道ミサイルDF-26(いわゆる「グアムキラー」)、極超音速ミサイルとされるDF-17など、様々な地上発射型弾道・巡航ミサイルを保有しており、2021年の米国防省の分析によると、その数は短・中距離合わせて2200発に上るとされる1

   中国政府は、自らの軍事戦略や軍事態勢の詳細を対外的に明確にしていないが、『China 2049』の著者で、かつて米国防省で対中戦略を担ったマイケル・ピルズベリーは、劣勢の中国が自分より強い敵に勝つための切り札(殺手鐗)として、こうしたミサイルや電子戦を含む非対称的手法によって米国の台湾有事への介入を拒む戦略を練ってきたと主張している2

   米国防省の中国軍事力年次報告書2021年版も、中国が、台湾有事などにおいて第三者の介入を阻止するための手段としてA2/AD能力を捉えていることを指摘している3。プリンストン大学教授のアーロン・フリードバーグも、中国が投資してきた長射程精密攻撃兵器などのプログラムは、それにより狙われる米艦艇などの目標と比較すれば相対的に安価であり、相手方にコストを強要するものであると述べている4

   こうした中国のA2/AD能力に対処し得る米軍の作戦構想は、2010年の4年毎の国防見直し(QDR)において、潜水艦発射の長距離攻撃能力などを構成要素とする統合エアシー・バトル構想として初めて本格的に掲げられた。2012年には、これを発展させる形で、米統合参謀本部が統合作戦接近構想(JOAC)を公表したが、そこでは、敵のA2/AD脅威を前提とすれば、特定の領域において全面的な優越を獲得するのではなく、海中・航空などの領域からの欺瞞作戦や、ステルス性を有した非対称で低痕跡の部隊を用い、敵のA2/AD能力にとって重要となる指揮統制や射撃部隊を領域横断的・縦深的に攻撃することに重点が置かれた。その後、国防省が発表した公表版エアシー・バトル構想でも、敵のC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)能力を混乱させ、そのA2/AD能力を破壊し、敵を打倒するための「ネットワーク化され、統合された縦深攻撃」がその中心概念に据えられた。

   これらの作戦構想と整合する形で、米軍は、巡航ミサイル搭載原子力潜水艦やF-35などステルス戦闘機の整備を進めてきた。

■「敵のA2/AD脅威圏内」におけるインサイド・フォースへの注目

   だが、中国も、A2/ADの核となるミサイル能力を益々増勢するとともに、J-20ステルス戦闘機や多数のミサイルを搭載可能なレンハイ級駆逐艦など近代的な戦闘機や艦艇を増やして軍の能力を高めてきた。

   中国のこうした能力向上を踏まえた場合、エアシー・バトル構想と関係の深い米シンクタンク戦略予算評価センター(CSBA)の2010年報告書が想定していたような、敵の先制奇襲攻撃に対して米軍前方展開兵力が被害を局限した後に、米軍増援兵力と共に攻勢に転ずるという前提は、軍事的にも政治的にも難しくなってきた5。敵の大規模攻撃による既成事実化を甘受してから反撃に転じたのでは被害が大き過ぎる上に、増援部隊に頼ることで、中国に迅速な先制攻撃に利があると決意させかねないからである6

   これらの問題への対応は、エアシー・バトル構想の中心ではなかった陸軍・海兵隊から、敵のA2/AD脅威圏内でも活動し得る能力の構築として提起された。陸軍も海兵隊も、インサイド・フォースとして活動し得る部隊や装備を導入中だ。

   米陸軍は、中国やロシアのA2/AD脅威に対応するため、全ての領域でこれを打破し、自らの機動の自由を確保して勝利するマルチドメイン作戦を構想した。そして、敵の脅威圏内でも活動できる低痕跡で機動性・生存性の高いインサイド・フォースとして、地上発射型長射程ミサイル等を擁するマルチドメイン任務部隊(MDTF)を編成していく考えを示した。

 米海兵隊でも機動展開前進基地作戦(EABO)構想が提起され、脅威圏内で活動する低痕跡・機動・分散的なインサイド・フォースが、大規模火力を提供する従来型艦艇等のアウトサイド・フォースの能力を引き出すための作戦を行うことを提案した。その作戦を実施するために、海兵隊は2020年に『戦力設計2030』を発表した。これは、戦車部隊の全廃、火砲部隊の大幅削減を行う一方、長射程精密火力、無人アセットなどの増強に投資する方針を示すものだった、さらに2021年には『スタンド・イン部隊のコンセプト』を発表し、小型で機動性・生存性に優れたスタンド・イン部隊が、敵との競合地域内で、有人・無人チームの組み合わせにより海上拒否を行う構想を提示した。海兵隊は、このスタンド・イン部隊を実現するため、従来の海兵連隊を、地対艦ミサイル等を装備した海兵沿岸連隊(MLR)に改編し、第三海兵遠征軍の隷下に3個連隊を保持することを計画している。本年3月にはハワイに一つ目のMLRを編成した。

   こうした部隊編制の見直しは、装備面の更新とも歩調を揃える。陸軍においては、極超音速中距離対地ミサイルLRHW(射程2775キロ以上とされる)、トマホーク又はSM-6を搭載する対地・対艦ミサイルMRC(射程はLRHWとPrSMの中間)、現有のATACMSの後継とされる短距離対地・対艦ミサイルPrSM(射程500キロ)が開発されている。海兵隊では、短距離対艦ミサイルNMESIS(射程185キロ以上)、地上発射型対地・対艦トマホーク(射程1500キロ程度とされる)の導入が進んでいる。

   また、海兵隊からアウトサイド・フォースと位置付けられた米海軍も、分散型海洋作戦(DMO)構想により、無人アセットと有人艦艇を組み合わせて大規模艦隊を分散的に運用する戦い方の導入に注力している。本年4月に議会に提出した艦艇建造長期計画によれば、海軍は2021年度末時点で294隻だった戦闘艦艇数を、2045年度までに有人艦艇318~363隻に、現在はほぼない無人艦艇を89~149隻まで拡大する見積りを立てた。大型水上艦を減らし小型艦艇や無人艦艇を大幅に増やすことで、分散して敵の攻撃からの被害を極限しつつ戦う構想を実施に移している7。そして、そのために必要な攻撃用の大型無人水上艦(LUSV)、ISR用の中型無人水上艦(MUSV)、対潜・機雷戦用の超大型無人潜水艇(XLUUV)の開発も進めている。

   さらに米空軍も、迅速な戦闘運用構想(ACE)を打ち出し、航空戦力の機動的な分散配置・機動展開等による生存性の向上と戦闘力確保の必要性を主張している。

■「力押し」から「拒否的抑止力」追求へ

   2019年にCSBAが発表した報告書は、こうした各軍種が果たす役割を、インサイド・フォースとアウトサイド・フォースに分けて論じている。インサイド・フォースは、敵の戦力投射能力を拒否するとともに、そのA2/AD能力の発揮にとって鍵となるシステムを攻撃する。スタンドオフ海空戦力から成るアウトサイド・フォースが到着するまでA2/AD能力を減殺して時間を稼ぎ、アウトサイド・フォースの精密縦深攻撃を支援することに、インサイド・フォース構築の主眼はある8

   米国の対中軍事戦略は、中国の軍事力の伸張に従って、中国が米国に対抗する軍事力を保有し得ることを前提にする必要が生じた。つまり海空優勢により敵を圧倒する力押しの構想から、中国の能力を非対称的に拒否し、減殺することに重きを置くものへと移行しつつある。ステルス爆撃機・戦闘機や潜水艦発射型の長距離巡航ミサイルなど、技術力を背景とした非脆弱な海空スタンドオフ兵器だけではなく、地上発射型ミサイルや無人機など小回りの利く比較的安価なアセットにより、中国の大型アセットや、戦力発揮にとって鍵となる指揮統制・ISR能力を非対称的に減殺することを重視し始めているのである。

 こうした方向性は、軍種を超えて、米国全体の方針となりつつある。2021年にバイデン政権が発表した国家安全保障戦略暫定指針は、不要なレガシー兵器から、将来の優位性を決定し得る先端技術や能力への投資に重点を移行する考えを示すとともに、本年10月の国家防衛戦略(NDS)でも、目指すべき抑止力として、拒否的抑止力(deterrence by denial)を第一に掲げており、非対称的アプローチを発展させ、戦力構成を拒否に最適化するとした。各軍種が進めてきた作戦構想を、米政府としても明確に支持しているのである。 (続く)

 

1]Office of Secretary of Defense (OSD), US Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China (CMPR) 2021 (November 2021), 163.

2]マイケル・ピルズベリー著、野中香方子訳『China 2049:秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)、235-238ページ。

3]OSD, CMPR 2021, 77.

4]アーロン・フリードバーグ著、平山茂敏監訳『アメリカの対中軍事戦略:エアシー・バトルの先にあるもの』(芙蓉書房出版、2016年)、57-62ページ。

5]Jan van Tol, et al., Air Sea Battle: A Point-of-Departure Operational Concept (CSBA, 2010), 53-58.

6]Thomas G. Mahnken, et al., Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific (CSBA, 2019), 6-7, 23-25.

7]Office of the Chief of Naval Operations, Report to Congress on the Annual Long-Range Plan for Construction of Naval Vessels for Fiscal Year 2023 (April 2022), 6-10, 13-16; US Congressional Research Service (CRS), Navy Force Structure and Shipbuilding Plans: Background and Issues for Congress (August 25, 2022), 12.

8]Mahnken, et al., Tightening the Chain, 27-31.

 

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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