米軍は中国を抑止できるのか(下):数的競争から戦略・技術の競争へ

執筆者:小木洋人 2022年12月9日
エリア: アジア 北米
建造中に撮影された中国3隻目の空母「福建」。電磁カタパルトの搭載で中国の戦力投射能力強化を企図する[2022年5月31日、上海の江南造船所を撮影した衛星写真](C)AFP=時事
戦力構成を「拒否的抑止力」に最適化する方向で米軍の対中シフトは進んでいる。だが、その進捗は「2027年まで、あるいはそれ以前」との見方もある台湾侵攻の脅威顕在化に間に合うのか。一方で、中国軍には「戦力投射能力と脆弱性のジレンマ」とも呼ぶべき新たな課題が出現している。数的競争から戦略・技術の競争へと戦いの「勝ち方」が変わりつつある現代、米国とそのパートナー国に求められるものとは。(上)はこちらからお読みになれます

 本稿「(上)」では、米軍の対中シフトは各軍種とも方向性を同じくしていることを指摘した。しかし一方で、これらの構想は、まだ装備の完成や現実の部隊配備という形では十分に結実していない。

 その原因と、各種構想が今後どのようなタイムフレームで実施されていくかを分析するに当たっては、主に次の3つのポイントを押さえる必要がある。

米軍の戦力見直しのタイムフレームと課題

■押さえるべき「3つのポイント」

 第1に、新たな戦い方や部隊に必要な装備品の開発が間に合っていない。ロシアとのINF(中距離核戦力)禁止条約により、米国は長らく射程500~5500キロの地上発射型ミサイルを保有してこなかった。同条約の失効後は開発を本格化させたが、陸軍のLRHW、PrSM、MRCや海兵隊のNMESISの運用開始は2023年以降とされる。また、2022年に製造契約が報じられた陸軍・海兵隊の地上発射型トマホークは、完成まで数年は要するだろう。海軍の無人艦艇も、XLUUVは現在建造中、LUSV は2025年度から建造予定、MUSVはまだ具体的建造時期の予定が示されていない。海軍としては、LUSVとMUSVについて2027~2028年頃を艦艇部隊への配備時期と見ているようだが、それでも運用開始までまだ5年は要する9

 第2に、インド太平洋地域における地上発射型ミサイルの配備先が決まっていない。CSBAの2019年報告書は、第一列島線沿いにミサイル部隊等を配置することを提言しており、米陸軍のMDTFや米海兵隊のMLRはこれに該当し得るものである。しかし、陸軍は欧州、米本土、ハワイに各1つのMDTFを新編したものの西太平洋には配備しておらず、ハワイの部隊が恒常的に置かれるかも不明との報道がある。また海兵隊MLRについては、上記の通り3個連隊のうちハワイに一つ目のMLRが編成され、あと二つの配属先は沖縄及びグアムとして、2030年までには本格運用と伝えられたが、これも正式に決まっているわけではない。

   2023年度以降、装備するミサイルの開発が完了し、米陸軍や海兵隊がこれらの部隊を第一列島線沿いに配備しようとするのであれば、第一列島線の多くを占める日本への配備を検討しなければならない。

   その場合、沖縄を含む南西諸島も比較的射程の短いミサイルの配備候補地に入ってくる可能性が高いが、米軍基地への政治的反対により妨げられれば、米軍の構想は画餅に終わる。そうなれば対中抑止力の強化が進まず、中国を利することになるだろう。

   国際政治学者のランドール・シュウェラーは、国家が脅威に対して効率的にバランシングをしない「不十分なバランス行動(underbalancing)」の原因を、政策選択と結びついた政治的リスクの選好に関する政治指導層や社会の結束力の強弱という国内政治的観点から説明した10。政治的・社会的結束力を高め、コンセンサスを得やすくする努力は、効果的なバランシングにとって不可欠である。そのためには、例えば射程の短いミサイルを南西諸島に配備し、より射程の長いミサイルは本州等に配備することで状況に応じた機動的な前方展開を可能とするなど、特定の地域に負担やリスクが集中し過ぎないような工夫も必要だろう。

 第3に、先端的能力への投資を重点化するバイデン政権の方針は、その実施段階では必ずしも徹底されない。たとえば、2022年度国防授権法は、引き続き陸軍の戦車、榴弾砲、歩兵戦闘車等の取得を継続し、海軍が求めるタイコンデロガ級巡洋艦の退役数を減らすことを求めるなど、旧来型装備の維持も重視する。海軍は、レーダー等の能力が陳腐化しつつあるタイコンデロガ級巡洋艦の退役により、維持整備・改修費用を無人艦艇やミサイルなど将来能力への投資に向けたい考えだが、中国海軍が米海軍を凌ぐ戦闘艦艇数(2021年時点で355隻とされる)を保有し数的優位を確保しつつあることとの関係で、艦艇が装備するミサイル垂直発射システム(VLS)数の急減を懸念する議会の理解が得られていない。2023年度についても、海軍はタイコンデロガ級1隻の早期退役を計画したが、米下院が可決して上院に送付した国防授権法案ではこれを禁じている。

 このことは、予算配分に関する構造的な問題も浮き彫りにしている。「投資のための処分(divest to invest)」とは、先端的装備に投資するためレガシー装備の運用を中止せよとの米軍のスローガンだが、ここでは先端的装備の開発に一定の時間を要する現実が見落とされがちだ。レガシー装備の維持や改修に必要な予算を新たな投資に回せば、新たな戦力が運用可能となるまで現有戦力の減少につながる。一方、その維持に固執し過ぎると、戦力構成の変革が遅れて行く。対中シフトを急げと主張する米国内外の論者は、そのトレードオフを認識した上で、現在の戦力をどの程度維持し将来の戦い方に備えるのか、投資の具体的均衡点を議論しなければならない。

   その際重要となるのが、現在の能力が中国のA2/AD脅威にどこまで対応できるかの見極めである。たとえば艦艇の数だけ維持できても、それらが中国のミサイルの容易な標的となるなら、搭載するVLSの数を競っても仕方がない。より高性能なレーダーを搭載したアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の増勢や無人艦艇の開発を通じて自らの生存性を高めつつ、対艦・対地ミサイルの取得により相手のA2/AD能力の減殺に努めることを優先すべきだ。相手のA2/AD脅威に対応できない戦力には固執せず、その上で大胆な戦力見直しを進めるべきなのである。

■NSS・NDSに示された対中競争のタイムフレーム

 そして、これら3つの課題・現実の受け止められ方は、中国の攻撃的軍事行動、とりわけ台湾侵攻のリスクがいつ高まるかという情勢認識とも密接に関連する。この点、フィリップ・デービッドソン前米インド太平洋軍司令官やマイケル・ギルデイ米海軍作戦部長は、2027年まで、あるいはそれ以前の脅威顕在化を示唆している。この分析が正しいとすれば、そもそも各軍種が進める作戦構想見直しのタイムフレームでは対応できないことになる。

 ただし、「2027年まで、あるいはそれ以前の台湾侵攻」との見方は、必ずしもバイデン政権の統一的な見解ではない。10月に発表された国家安全保障戦略(NSS)は次の10年が中国との競争にとって決定的としており、また、国家防衛戦略(NDS)は、米国に対する最も包括的かつ深刻な課題である中国との競争が長期にわたり得ることを示唆した。NDS策定の中心人物であるコリン・カール米国防次官も、今後数年以内に中国が台湾を侵攻することを計画しているとは思わない、中国が軍の近代化目標として掲げる2027年は中国が台湾侵攻能力を備えるための目標だとしても、必ずしも実際に台湾侵攻を行うタイムフレームだとは考えていないと述べている11

 台湾侵攻の脅威が目前に迫るとする一部の米軍高官の発言には、現段階では米軍が中国の海空・着上陸戦力に対処できる戦力構成を得ておらず、中国に「機会の窓」を与えているとの焦りを捉えるのが適当かもしれない。中期的に到来し得るリスクに対処するため、米軍はその戦力の見直しを速やかに、かつ大胆に行う必要があるだろう。

中国の軍事力の弱み

■中国が強化する「台湾東側からの戦力投射能力」

   一方、中国の軍事力強化にも死角はある。米国が中国を念頭に非対称な拒否的能力を増強する傍らで、中国は逆に、台湾を念頭に戦力投射能力を強化しつつある。中国にとって3隻目の空母であり、初めて電磁カタパルトの搭載を目指す「福建」の建造、海軍陸戦隊の増強、新型強襲揚陸艦の導入などがその主要な内容である。

 台湾国防部は2021年末に立法院に提出した報告書において、中国が台湾の南東側の西太平洋に艦隊を集結させ、東西から包囲されることを警戒している。こうした懸念を裏付ける形で、中国軍用機の台湾防空識別圏での飛行は台湾の南東側に及ぶものが増えている。また、空母「遼寧」を中心とする中国艦艇も台湾南東海域で活動を活発化させており、2022年5月には、日本の防衛省が南西諸島に近接した海域で空母艦載機の発着艦を多数確認したのと同様のタイミングで、中国軍が、台湾の東や南西空域で複数の軍種が統合で実動訓練を行った旨発表している。本年8月、台湾周辺海域に弾道ミサイルが射撃された際には、中国は台湾を取り囲むような形で射撃海域を設定した。

 これらに加えて、台湾海峡を挟んで対峙する台湾西岸の防備が固いこと、大規模兵力を海上輸送する能力が中国に不足していることなども踏まえれば、中国は台湾侵攻において、空母を中心とする艦艇部隊を用いて台湾の東側から戦力投射を試みる可能性がある。中国にとって、この台湾東側からの戦力投射能力は、台湾進攻を効果的に進める上で不可欠だとも言える。

■戦力投射能力と脆弱性のジレンマ

 しかしながら、こうして強化された戦力投射能力は、まさに敵の非対称攻撃に脆弱な高価値目標ともなり得るのだ。特に、中国は艦艇を経空・水中攻撃から守るための艦隊防空や対潜水艦戦(ASW)能力が弱いとされ12、単純に数だけ見ても、中国海軍は、米海軍と比較して、保有する水上艦艇に対する早期警戒機や対潜哨戒機の比率が少ない。中国共産党系メディアの『グローバル・タイムズ』は、空母「福建」に固定翼の早期警戒管制機やその対潜哨戒機バージョンが搭載される可能性を指摘したが13、これが事実だとするなら、電磁カタパルトは固定翼機を搭載して防空やASWの弱みを補うためにも必須の装備という位置づけなのかもしれない。

 米国が非対称なミサイル攻撃能力を急速に増強していることも加味すれば、これまで中国がとってきたA2/AD戦略は、いまや逆に中国に対し向けられていることになる。中国にとって、この戦力投射能力と脆弱性のジレンマをいかに解決するかが今後の課題となるのは間違いない。

 脆弱性を低減させるには、艦艇や航空機の防御力をさらに高めるか、あるいは米軍が目指すような無人アセットと組み合わせた分散的な戦い方が考えられ、現時点での中国はその双方を追求しているように見える。前者の例としては、先述の空母への固定翼機搭載の指摘や高性能レーダーや多数の対空ミサイルを搭載したレンハイ級駆逐艦などの増勢が挙げられよう。後者はAIや無人アセットの開発への注力だ。2019年頃から提唱され始めた「智能化戦争」は、そうした戦い方に基づく新たな軍近代化の概念だ。

数的競争から戦略・技術の競争へ

■ウクライナがロシアに仕掛けた非対称戦

 ロシア・ウクライナ戦争は、圧倒的な通常兵力の優位により航空優勢を獲得して戦争を早期決着させる湾岸戦争以降の戦い方が必ずしも奏功しないことを明らかにした。ウクライナ軍は米国等から供与された対戦車ミサイルや短距離地対空ミサイル、無人機等を活用し、ロシア軍に非対称戦を仕掛けた。ロシア軍は圧倒的な戦力を保持しながらも航空優勢を獲得できず、その結果、地上戦闘における古典的な消耗戦が展開されている。

 この戦争から得られる知見の早計な一般化は避けなければならない。また、戦力のネットワーク化やISR(情報・監視・偵察)能力を軽視したロシア軍固有の事情による要因も大きいかもしれない。しかしながら、この戦争には海上優勢・航空優勢の獲得を前提としない今後の戦い方の一端が表れており、それは現在米軍が志向している非対称的な拒否戦略と類似性がある。

■数的優位が戦略的安定をもたらすとは限らない

 そうだとすれば、今後の米中の軍事的競争は、経済力をインプットとした軍事費の伸びにより、艦艇・航空機の数やVLSの数といった物量で軍備拡張を競う「建艦競争」ではなく、自らの生存性を高めつつ相手の脆弱性につけ込む非対称的手法と、それに必要なAI・無人アセット等の先端技術の優越に関する競争になっていくと考えられる。そしてそのためには、そもそも相手に当該手法・技術を獲得させないための取組が必要となってくる。米国の新NDSが、防衛産業のサプライチェーンを窃取等から「要塞化(fortify)」すると掲げたり、米商務省が先端半導体技術の対中輸出規制を強化しているのは、中国軍の「智能化」の阻止・遅延という中核的な目標に由来するものだと捉えると理解しやすい。

 相手の脆弱性を突き、そのために必要な先端技術を獲得する競争は、「いたちごっこ」の様相を帯び、戦力の数的優位が戦略的安定をアプリオリにもたらすとは限らない。中国に軍事行動の「機会の窓」を開かせないためには、戦いの「勝ち方」が変わりつつあることを認識した上で、米国のみならず、日本や他のパートナー国を含め、中国の軍事的優越を拒否するための統合された非対称戦略を形作っていくことが求められる。

 

9]US Congressional Research Service, Navy Large Unmanned Surface and Undersea Vehicles: Background and Issues for Congress (August 29, 2022), 5, 12, 16, 26.

10]Randall L. Schweller, Unanswered Threats: Political Constraints on the Balance of Power (Princeton: Princeton University Press, 2006), esp., 10-18, 46-56.

11]The Brookings Institution, The 2022 National Defense Strategy: A conversation with Colin Kahl (November 4, 2022), at https://www.brookings.edu/events/the-2022-national-defense-strategy-a-conversation-with-colin-kahl/

12]Toshi Yoshihara and Jack Bianchi, Seizing on Weakness: Allied Strategy for Competing with China’s Globalizing Military (CSBA, 2021), 68-69.

13]Liu Xuanzun, “PLA Navy transport aircraft hold simulated landing on carrier, ‘indicate 3rd carrier to be equipped with cargo planes’”, Global Times (June 29, 2022).

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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