異次元の少子化対策:カネは「未婚率引き下げ」より「出生数引き上げ」に使うべき理由

執筆者:小黒一正 2023年2月8日
タグ: 岸田文雄 日本
エリア: アジア
総花的対策では意味がない[福井県児童科学館「エンゼルランドふくい」を視察した岸田首相(左端)と小倉こども政策担当相(左から2人目)=2月4日、福井県坂井市](C)時事
生涯未婚率の上昇には、若い世代の賃金伸び悩みと厳しい労働環境が関係している可能性が高い。その改善が重要なのは疑いないが、「少子化対策」の効果を最大に得るにはカギは出生数の引き上げだ。本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、子ども1人当たり500万円の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。

なぜいま「異次元の少子化対策」なのか

[Q1]年頭の記者会見で岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を掲げたが、その理由は何か。

[A1]今後、人口減少が加速度的に進む可能性があるからだ。

 1970年代前半に200万人程度であった出生数が、2021年には約81万人に減少している。

 政府の予測(国立社会保障・人口問題研究所の中位推計)では、2072年に出生数が50万人を割るとされている。

 しかし、以前のコラムでも指摘したとおり、現在のトレンドが継続すると、2031年には出生数が70万人を割り込む可能性もある。その場合、60万人割れは2040年、50万人割れは2052年となる。

 政府は、子育て支援などを一元的に担う「こども家庭庁」を内閣府の外局として2023年4月から設置することを決定している。岸田文雄首相は担当の小倉將信こども政策担当相に対し、同年3月までに対策のたたき台を取りまとめるように指示、6月には政策の大枠を示すとしている。

 岸田首相の表明は、国民の危機感が高まり、こども家庭庁が動きだすタイミングであり、時宜を得ている。

「少子化問題は20年以上前から深刻化し、出産可能な女性の数が減少してしまっているので、もはや時遅しではないか」という意見もあるかもしれない。だが、筆者はそうは思わない。人口減少を直ちに反転させることはもちろんできない。だが、できる限り早く少子化のトレンドを転換した方が、将来の人口に寄与する効果が高い。むしろ転換が遅れれば遅れるほど、人口減少は加速する。そういう意味では今回が最後のチャンスかもしれず、不退転の決意で頑張ってほしいと願う。

「生涯未婚率を引き下げる施策」と「有配偶出生数を引き上げる施策」

[Q2]どうすれば出生数を引き上げられるのか。

[A2]ヒントになるのが、「出生率の基本方程式」だ。「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」というもので、筆者も時々利用している。

 日本では婚外子は約2%しかいない。すなわち子どもを産む女性は結婚している女性が多い。

 そのため、合計特殊出生率は、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)に「有配偶率」(=1-生涯未婚率)を掛けたものに概ね一致する。このため、夫婦の完結出生児数を「有配偶出生数」と記載するなら、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式が成立するのである。

 例えば、生涯未婚率が35%、夫婦の完結出生児数が2であるならば、出生率の基本方程式から、合計特殊出生率は1.3になる。

 厚生労働省「出生動向基本調査」によると、夫婦の完結出生児数は1972年の2.2から2010年の1.96、2015年の1.94まで概ね2で推移してきたことが読み取れる。にもかかわらず、合計特殊出生率が低下しているのは、生涯未婚率が上昇したためだと考えられる。

 この「出生率の基本方程式」から、2つの施策が考えられる。1つは「生涯未婚率を引き下げる施策」であり、もう1つは、「有配偶出生数を引き上げる施策」だ。

 ここでは、後者の施策を考えてみよう。既述のとおり、有配偶出生数は1970年頃から概ね2であるが、生涯未婚率(0.35)が変わらない前提の下、有配偶出生数が3に上昇したら、出生数の基本方程式から、合計特殊出生率は1.95となる。この値は、現在の合計特殊出生率(1.3)の概ね1.5倍で、現在の出生数が約80万人であるため、出生数が120万人程度に跳ね上がる可能性があることを意味する。

なぜ「出生数」に着目すべきなのか

[Q3]「出生率の基本方程式」で、有配偶出生数を引き上げる施策に注目する理由は何か。

[A3]Q2で説明したとおり、「出生率の基本方程式」、すなわち「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式に従うならば、①「生涯未婚率を引き下げる施策」と、②「有配偶出生数を引き上げる施策」の2つが考えられる。

 このうち、①の施策により、生涯未婚率が35%から20%に引き下がっても、有配偶出生数が2のままでは、出生率は1.6までしか改善しない。仮に生涯未婚率がゼロに近づいても、有配偶出生数が2のままでは、合計特殊出生率の上限は2を超えられない。

 しかしながら、生涯未婚率が35%のままでも、有配偶出生数が3になれば、出生率は1.95になる。さらに、有配偶出生数が4になれば、合計特殊出生率は2.6になり、2を超えることができる。最終的には政治判断だが、「生涯未婚率を引き下げる施策」と「有配偶出生数を引き上げる施策」のうち、どちらをまず重点的なターゲットにするべきか、この点を見れば明らかではないか。

 なお、生涯未婚率が上昇してきた背景には、若い世代の賃金が伸び悩み、その労働環境が厳しさを増していることが関係している可能性が高い。この問題の改善も重要であることは明らかであろう。

「子ども1人当たり500万円」の思い切った施策が必要

[Q4]では、どうやって、有配偶出生数を2から3に引き上げるか。

[A4]「異次元の対策」として、出産育児一時金を子ども1人当たり500万円に引き上げてみてはどうか。

 昨年、岸田首相のリーダーシップで、出産時に子ども1人当たり42万円が支払われる「出産育児一時金」を、2023年度から50万円に引き上げることを決めたが、これまでの出生数の減少トレンドをみても、8万円程度の増額で合計特殊出生率が上昇に転じるとは考えがたい。岸田首相や政府が本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、子ども1人当たり500万円の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。

[Q5]財源はどうするのか。

[A5]出生数が80万人ならば4兆円の財源、120万人ならば6兆円の財源が必要になる。

 以前のコラムで紹介したように、あくまでアイディアだが、「減価するデジタル通貨」で賄う方法がある。

 また、それ以外の財源で賄うとしても、4兆円や6兆円という財源の調達は、従来の発想なら不可能に見えるが、防衛費増額(4兆円増)の決定プロセスをみても、実は可能なのではないか。

 例えば、消費税率を2%引き上げれば、6兆円程度の財源を得ることができる。これを財源として、出産育児一時金を子ども1人当たり500万円程度に引き上げてはどうか。

「累進的な制度」で財源は節約できる

[Q6]財源を節約する方法はないか。

[A6]出産育児一時金を、「子ども1人目=100万円」「2人目=300万円」「3人目=900万円」「4人目以降=1000万円」、あるいはもう少し角度をつけて、「子ども1人目=50万円」「2人目=100万円」「3人目以降=1000万円」という累進的な制度にすることも考えられる。

 1年間の出生数が120万人に増えた場合でも、1人目が3割、2人目が4割、3人目以降が3割なら、3人目以降を1000万円に大幅拡大しても、必要な財源は4兆円程度(=36万人×50万円+48万人×100万円+36万人×1000万円)に圧縮できる。出生数が80万人なら、約3兆円でよく、これは消費税率1%の増税で賄える。

 なお、子育てにも固定費があるため、子どもの数が増えるほど、家計における子育ての限界費用は低減する。しかし、出産育児一時金が累進的に増えるなら、子どもの数が増えるほど、家計の限界便益は増加し、ネットの限界便益は大幅に増加する可能性がある。例えば、3人の子どもを持つ家庭でさらに子どもが1人増えても、教育費を除き、生活費が大きく増加するわけではない。むしろ、兄弟姉妹で衣服等をシェアできるため、限界費用が低減するはずだ。

「N分N乗」などの総花的対策では意味がない

[Q7]年頭の記者会見にて、岸田首相は、「異次元の少子化対策」の基本的な方向性として、3つの柱を掲げていた。具体的には、1)児童手当を中心とした経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアや一時預かりなどすべての子育て家庭に対する支援拡充、3)育児休業制度の強化を含む、働き方改革の推進やその支援制度の充実の3つだが、この効果はどうか。

[A7]いずれも重要な政策ではあるが、どれも既存の施策の延長線上であり、出生数を大幅に引き上げることは不可能に近いと思われる。既存施策の延長線でなく、ターゲットを絞り、もっと思い切った異次元の政策が必要である。

 そもそも、一般的に少子化対策といっても、様々な政策手段があり、出生数の増加そのものに直接働きかける出産育児一時金のような施策(a)と、出産後の子育て支援を行う児童手当や学童保育支援のような施策(b)の2グループがある。教育や子ども医療費の支援も(b)のグループに属する。

 最近、話題となった税制措置の「N分N乗」方式も、グループ(b)に近い。これらすべてに対し、総花的な対策で、資源の逐次投入を行っているだけでは、少子化のトレンド転換を果たすことは難しい。人間は必ずしも合理的でなく、行動経済学的な知見を考慮すると、(b)よりも(a)の方が出生数の増加に寄与する可能性が高いのではないか。

 また、政策の不確実性の影響も大きい。児童手当の所得制限を巡っても、制限を課したり、撤廃したりが繰り返されていて、家計としては将来どうなるかを予測しにくい。例えば、2009年の児童手当には、年収860万円までという所得制限があったが、2010年から児童手当(旧)が「子ども手当」に改められ、所得制限が撤廃された。その後2012年から、子ども手当は廃止となっている。その後「児童手当」として復活したが、年収960万円までという所得制限がついた。だがいま国会では再び所得制限を撤廃する議論がなされている。

 このように政策の不確実性があるため、 (b)の児童手当よりも(a)の出産育児一時金の方が、政策の度重なる変更の影響を被らず、家計の出産・育児計画も攪乱されないはずだ。

 子育て支援や、出産・育児と仕事の両立などの重要性は否定しないが、出生数の増加を目標に掲げるならば、本当にコアとなる政策手段を見定め、1点突破の姿勢で、例えば、出生数の増加に直接働きかける出産育児一時金の施策に資源を一気に集中投下する検討も行うべきだろう。

地方創生では改善しない

[Q8]政府は、地方創生や東京の一極集中是正等で出生数を増やそうとしていたが、それでは不十分ということか。

[A8]地方創生や一極集中是正で出生数を増やすことはできない。

 2014年から、東京一極集中の是正を図りながら、出生率の引き上げなどを数値目標に掲げる地方創生が推進されてきた。だが、2021年の合計特殊出生率は1.30となり、6年連続の低下となっている。

 また、東京の人口を地方へ移住させても、出生率はほとんど上昇しない。「日本の将来推計人口(平成29年推計)」や「平成27年国勢調査東京都区市町村町丁別報告」によると、女性人口(20〜44歳)は日本全体で約1700万人、東京都は約235万人である。そのため東京以外の女性人口(20〜44歳)は約1465万人となる。

 また、2021年の東京都の出生率は1.08であり、東京以外の地域における出生率の平均をZとすると、「全国平均の出生率=1.08×235÷1700+Z×1465÷1700」(※)と表現できる。2021年における全国平均の出生率は1.30のため、これが※と一致する条件は「Z=1.335」となる。

 東京以外の地域における出生率の平均が1.335であれば、これは東京都の出生率1.08よりは高い。そのため東京から地方への移住を促すことで、出生数の増加につながるように見えるが、仮に出生率が1.335程度に増えても、日本の全国平均の出生率は現状1.30であり、ほぼ横ばいでしかない。

 地域によって出生率には違いがある。小泉政権以降、都市再生特区の政策などにより、都心の高層ビルや湾岸部のタワーマンションが次々に建設され、ファミリー向けのマンションも供給が増加。「平成25年~平成29年人口動態保健所・市区町村別統計の概況」によれば、都心4区(千代田・中央・港・江東)の人口も増加した。

 北海道札幌市中央区の出生率は0.98だが、例えば、出生率が増加した上位50の区市町村のうち、東京都内の区市が5つもランクインしており、9位が東京都中央区、19位が東京都千代田区、各々の出生率は1.39(0.29増)、1.28(0.26増)に上昇している。

 数年前、これらエリアで小学校や保育所の不足が話題になった。その後、保育所の増設などにより東京都の待機児童は大幅に減少している。こうした政策によって中央区や千代田区では出生率が増えた可能性がある。

 この事実は、地方創生で東京一極集中の是正を行えば、出生率が上昇するという一種の「神話」に関する再検証の必要性を示唆する。「小1の壁」という言葉があるが、育児と仕事の両立には、保育所における待機児童(小学生未満)の解消のほか、待機学童(小学生以上)の改善も必要である。子育てしやすい都市構造をどう我々が創造するかということの方が重要と思われる。

カテゴリ: 社会 政治
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執筆者プロフィール
小黒一正(おぐろかずまさ) 法政大学経済学部教授。1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省(現・財務省)入省、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、15年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー、内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局「新技術等効果評価委員会」委員、日本財政学会理事、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。著書に『2050 日本再生への25のTODOリスト』『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』等がある。
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