「2022年にも出生数80万人割れ」の衝撃――政府予測より20年前倒しの少子化をくい止めるには「異次元子育て支援」が必要だ

執筆者:小黒一正 2022年6月9日
タグ: 岸田文雄 日本
エリア: アジア
政府は来年4月の「こども家庭庁」設置を目指す(衆院本会議で話し合う野田聖子少子化担当相[左]と岸田文雄首相=4月19日) (C)時事
少子化の加速が止まらない。2000年には約119万人だった出生数が、2020年には約84万人まで低下、22年度中の80万人割れが確実視されている。これ以上の少子化を許せば、もはや対策を打っても効果がないという危機的状況に陥る可能性もある。「問題先送り」が許されない中、「異次元の給付による子育て支援」を真剣に検討すべき段階に来ている。

「出生数80万人割れ」が目前に迫る

 前回、『「子ども4人目以降1000万円」の「異次元子育て支援」試案:ゲゼル通貨という選択肢』というコラムを執筆した(5月19日掲載)。なぜ、筆者がこのような政策提言をしたかといえば、数年前の予測を遥かに超えるスピードで少子化が加速していることに、強い危機感を持っているからだ。

 1人の女性が生涯に産む平均的な子どもの数を「合計特殊出生率」というが、厚労省が6月上旬に公表した2021年における合計特殊出生率は1.30であった。6年連続の低下であり、これ以上少子化を放置すれば、取り返しがつかなくなるだろう。

 新潮社「フォーサイト」の読者の中には、現在、出生数80万人割れが、政府予測より10年近く前倒しになりそうな状況にあるということを、既にご存じの方も多いだろう。厚労省「令和2年(2020)人口動態統計(確定数)の概況」によると、2000年に約119万人であった出生数は、2020年に約84万人まで減少し、80万人割れが目前に迫っている。約20年間で35万人減、年間平均で約1.7万人の減少である。

 出生数が毎年このペースで減少していけば、単純計算で、20年後(2040年頃)の出生数は50万人(=84万人-35万人)を下回る。その20年後(2060年頃)の出生数は15万人(=84万人-35万人×2)を割るかもしれない。これは大雑把な試算で、やや乱暴である。もう少し精緻な方法により、筆者が独自の簡易推計を行ったところ、出生数が50万人を割るのは、現在から約30年後の2052年となった。

「出生数50万人割れ」は政府予測より20年早い

 2040年頃の出生数50万人割れを回避できたからといって、安心してはいけない。そもそも、政府予測では、出生数が50万人を割るのは2072年と予測している。もし筆者の独自推計が正しく、出生数50万人を割るのが2052年となるなら、それは少子化のペースが政府予測より20年も前倒しとなる可能性がある、ということを意味するからだ。

 そもそも、政府予測はかなり甘い試算である可能性が高い。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(平成29年推計、出生中位・死亡中位)では、出生数が80万人割れとなるのは2033年、70万人割れとなるのは2046年、60万人割れとなるのは2058年と推計している。ちなみに、2065年でも出生数は約55万人を維持でき、50万人割れとなるのは上記の通り2072年と予測している。

 しかし、2016年から2020年における出生数の実績は、予測を常に下回っている。その点を踏まえると、出生数が80万人を割るのは、筆者の予測では、2022年となる確率が高い。というのも、厚労省が2022年2月25日に公表した「人口動態統計」(速報値)において、2021年の出生数が約84万人だったからだ。

 ただ、この84万人という数字はあくまで速報値であり、2021年における出生数の「確定値」は2022年9月以降に公表される予定である。その「確定値」は速報値より3万人ほど低い可能性が高い。実際、2010年から2020年における出生数の速報値と確定値の誤差を眺めてみると、速報値の方が確定値より3万人~3.3万人ほど過大な値となっている。この傾向からすると、2021年における出生数の確定値は、約81万人となる可能性が高い。

 しかも、厚労省が先般(2022年6月3日)公表した「人口動態統計月報年計(概数)の概況」でも、2021年の出生数は約81万人であった。また、2000年から2020年までの平均的な人口減少数は、概ね1.7万人である。こう考えると、2022年には出生数が80万人割れとなる確率は相当高い。これは、政府の想定より11年も速いスピードで少子化が進行していることを意味する。

 だが、問題はこれに留まらない。簡単な試算で確認できるが、2000年から2020年における出生数の減少率は、年間平均で1.57%となっている。この1.57%という減少率が2022年以降も継続すると仮定し、今後50年間における出生数の「トレンド延長」を推計すると、出生数が70万人割れとなるのは2031年、60万人割れとなるのは2040年、50万人割れとなるのは2052年となり、2070年の出生数は40万人未満の約37万人となってしまう。

 すなわち、政府予測と比較して、出生数が70万人割れとなるのは15年、60万人割れとなるのは18年、50万人割れとなるのは20年前倒しとなる可能性があるのだ(図表1)。

 

 政府予測では出生数が50万人割れとなるのは2072年である。もし2052年に出生数が50万人を割るとなると、それは今後、加速度的に人口減少が進む可能性を示唆する。

「累進型の出産手当」で人口増

 このため、思い切った少子化対策が必要であり、この対策として提言したものが、冒頭で触れた筆者のコラムである。

 では、この異次元子育て政策により、出生数がどの程度改善するのか。実験してみない限り、筆者も正確な効果は分からないが、議論のヒントになるデータを一つ紹介しよう。

 図表2は、19歳から21歳の学生(男性12名、女性9名、計21名)に対し、「政策Ⅰから政策Ⅳが実行されると仮定した場合、結婚した上で、生涯で子どもを何人まで持ちたいか」という質問を行い、その調査結果をまとめたものである。データ数は少ないが、興味深い結果のため、簡単に説明しよう。

 

 まず、政策Ⅰは、現行の児童手当に近い、子ども1人当たり年間10万円を支給するという政策である。この政策を実行する場合、21名の学生が生涯で持ちたいと希望する子どもの数の分布が、「【政策Ⅰ】子ども手当 一人当たり年間10万円」という縦の欄になる。この分布で最も多いのは「子ども数=2人」で、この分布から計算される「子ども数の平均」は1.9人となる。

 国立社会保障・人口問題研究所の「現代日本の結婚と出産:第15回出生動向基本調査(独身者ならびに夫婦調査)報告書」では、夫婦の出生子ども数分布の推移を掲載しており、2015年の完結出生児数(夫婦の生涯出産数)は1.94人であり、上記の1.9人という値は、この値に近いものになっている。

 次に、政策Ⅱは、現行の児童手当と異なり、出産手当として、出産してから10年間に渡り、年間100万円を支給するという政策である。この政策を実行した場合、21名の学生が生涯で持ちたいと希望する子どもの数の分布が、「【政策Ⅱ】出産手当 一人当たり年間100万円×10年」という縦の欄になる。この分布で最も多いのは「子ども数=3人」で、この分布から計算される「子ども数の平均」は2.52人となる。

 同様に、政策Ⅲは、出産手当として、出産した直後に一括で1000万円を支給するという政策である。この分布で最も多いのは「子ども数=3人」で、この分布から計算される「子ども数の平均」は2.47人となる。分布が政策Ⅲと若干異なるが、概ね似た分布であることが分かる。

 最後に、政策Ⅳだが、これは、出産直後に一括で支給する「累進型の出産手当」であり、子ども1人目の出産に対して100万円、2人目で400万円、3人目で 700万円、4人目以降で1000 万を支給する政策である。すなわち、筆者のコラムで提案した仕組みに近いものである。この分布で最も多いのは「子ども数=3人」で、この分布から計算される「子ども数の平均」は2.67人となる。

 興味深いのは、政策Ⅲと異なり、政策Ⅳでは子ども1人目から3人目で受け取れる出産手当が減少しているにもかかわらず、政策Ⅳと政策Ⅲの分布が大きく変わらないことである。しかも、政策Ⅳでは、生涯で子どもを4人以上持ちたいという学生が増えている。この学生に理由を聞いてみたところ、「政策Ⅳでは、多くの子どもを持った方が得をする感じがするから」と答えていた。

 では、政策Ⅳを実行した場合、出生数はどの程度に改善するのか。図表2の最下段のとおり、政策Ⅳの子ども数の平均(2.67人)は政策Ⅰ(1.9人)の1.40倍であるから、2021年の出生数が80万人とすると、その1.40倍の112万人となる。合計特殊出生率は、2021年の1.30を基準にすると、その1.40倍の1.82となる。

 人口を維持するためには、合計特殊出生率が概ね2(厳密には2.07程度)が必要だが、政策Ⅳをもう少し強化して、子ども数の平均を(2.67人から)3.1以上に高めることができれば、それは政策Ⅰ(子ども数の平均1.9人)の1.6倍超となる。その場合、合計特殊出生率は2.08(=1.3×1.6倍)となり、人口維持に必要な出生率を超えて人口増加に転じる。このとき、出生数は128万人(=80万人×1.6倍)となるため、まずは出生数130万人を目標として、異次元の子育て支援を行うことが望ましいのではないか。

少子化の犯人は「東京一極集中」ではない

 なお、ゼロサムゲーム的な東京の一極集中を是正して、少子化問題を解決しようという議論が一部にあるが、それでは問題の解決にはならないという視点も重要である。なぜなら、仮に東京の人口をゼロにしても、出生率はほとんど上昇しないためだ。

 この理由は簡単で、日本全国を「東京都」と「東京都以外」の2地域に区分しよう。出生率はこの2地域の女性が生涯に生む子どもの数で決まるが、「日本の将来推計人口(平成29年推計)」や「平成27年国勢調査 東京都区市町村町丁別報告」によると、女性人口(20-44歳)は日本全体で約1700万人、東京都は約235万人であるから、東京以外の女性人口(20-44歳)は約1465万人となる。

 2019年の東京都の出生率は1.15であり、東京以外の地域における出生率の平均をZとすると、全国平均の出生率は「1.15×235÷1700+Z×1465÷1700」(※)と表現できる。2019年における全国平均の出生率は1.36のため、これが※と一致する条件はZ=1.394となる。この数値は、出生率が地域に依存して決まる場合、東京の人口をゼロにしても、日本全体の出生率は1.36から1.394までしか上昇しないことを意味する。

 いま岸田政権は、内閣府の外局として、子ども政策の司令塔で他省庁への「勧告権」を有する「こども家庭庁」を2023年4月に設置する方向性で動いているが、ゼロサムゲーム的な東京の一極集中是正でなく、こども家庭庁を中心に官民の叡智を絞り、異次元の子育て支援政策を立案し、深刻化する少子化問題に早急に対処することが望まれる。

カテゴリ: 社会 政治
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執筆者プロフィール
小黒一正(おぐろかずまさ) 法政大学経済学部教授。1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省(現・財務省)入省、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、15年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー、内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局「新技術等効果評価委員会」委員、日本財政学会理事、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。著書に『2050 日本再生への25のTODOリスト』『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』等がある。
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