「第3子以降1000万円支給」にターゲットを絞れば、必要な財源は3兆円で済む

執筆者:小黒一正 2023年6月8日
タグ: 岸田文雄 日本
エリア: アジア
少子化対策としては、児童手当の拡充よりも、出産育児一時金として給付するほうが効果は大きいと思われる (C)Iryna Inshyna/shutterstock.com
財源問題で増税議論は避けられず、岸田政権の目玉「異次元の少子化対策」に暗雲が垂れ込めている。ただ、フィンランドの例に見られるように「子育て支援」の効果には疑問がある。「第3子以降に1000万円支給」といった真に異次元の少子化対策でも、ターゲットを絞れば、政府が現時点で示している約3兆円の財源でも対策は可能になる。

 

「2022年の出生数80万人割れ」の衝撃

 少子化が急速に進んでいる。1970年代前半に200万人程度であった出生数は、2022年には80万人を割り、77万747人にまで減少した。政府の予測(国立社会保障・人口問題研究所の中位推計)では、2071年には出生数が50万人を割るという。現在のトレンドが継続すると、2031年にも出生数が70万人を割り込む可能性もある。その場合、60万人割れは2040年、50万人割れは2052年となる。

 このような状況のなかで、岸田政権は目玉政策として「異次元の少子化対策」を打ち出している。岸田文雄首相の強いリーダーシップの下、この政策を打ち出した意味は間違いなくある。

 一方、「子育て支援を充実したとしても出生率が上昇するとは限らない」というのも一つの現実である。その一例となるのがフィンランドだ。

フィンランドの出生率が低い理由

 フィンランドは「子育て支援が充実したモデル国」として取り上げられることも多い。フィンランドの2020年における社会保障費(対GDP[国内総生産])は42.1%。このうち、家族及び子育て支援が9.6%も占めており、フィンランドの2020年における家族関係社会支出(家族及び子育て支援)は対GDP比で約4%(=42.1×9.6/100)にも達する。

 他方、同年における日本の家族関係社会支出(対GDP)は約2%なので、フィンランドは日本の2倍もある。

 だが、現在のフィンランドの出生率(正確には「合計特殊出生率」)はあまり高くない。2019年は1.35、2020年は1.37しかない。

 1989年から2014年までは1.7を超える出生率で、2010年には1.87という高い値を記録しているが、2010年以降は急低下し、現在の出生率は1.4を下回る水準が続いている。

 一方、日本の2020年の出生率は1.33(2018年は1.42)であり、「子育て支援のモデル国」フィンランドの出生率と大差ない。

 フィンランドの場合、雇用不安が原因の一つではないかとも言われているが、出生率が急低下した本当の原因は現在のところ分かっていない。仮に雇用不安が主因ならば労働市場の安定化が必要だが、2022年におけるフィンランドの失業率は6.8%に低下しており、少々疑問が残る。むしろ、出生率が高かった1992年から2003年までの失業率は9%を超えていた。

 では、何が問題なのか。経済学の標準的な見解でいうと、出産・育児の機会費用の上昇というのがその答えだ。日本では大卒の女性が出産・育児によるキャリアの中断で逸失する生涯所得は1億円超に及ぶケースもあり、これが少子化の遠因になっているという議論があるが、似たような問題はフィンランドや他の先進国でも指摘されている。

 また、「子育て支援策」と「少子化対策」の区別が十分にされていないという問題もあるのではないか。フィンランドの事例でいうならば、家族関係社会支出(家族及び子育て支援)が対GDP比で約4%あるといっても、そのうちある程度は「子育て支援」に回り、必ずしも全てが「少子化対策」に使われているとは限らない。

「未婚率引き下げ」か「有配偶出生数引き上げ」か

 出生数を引き上げるコアとなる政策は何か、しっかり見定めてから、対策を打つことが重要だ。ではコアをどうやって見定めればいいのか。このヒントとして、「出生率の基本方程式」が重要だと筆者は考えている。

「出生率の基本方程式」とは「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式で、筆者も時々利用している。1940年の婚外子割合も4%だが、日本の場合、婚外子は現在も約2%しかおらず、子供を産む女性は結婚しているケースが多いため、合計特殊出生率は、平均的にみて、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)に「有配偶率」(=1-生涯未婚率)を掛けたものに概ね一致する。

 このため、夫婦の完結出生児数を「有配偶出生数」と記載するなら、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式が成立する。

 例えば、生涯未婚率が35%、夫婦の完結出生児数が2であるならば、出生率の基本方程式から、合計特殊出生率は1.3になる。

「出生率の基本方程式」から、合計特殊出生率を引き上げるには、2つの施策が考えられる。すなわち「生涯未婚率を引き下げる施策」と、「有配偶出生数を引き上げる施策」だ。

「有配偶出生数」にターゲットを絞るべき

 有配偶出生数は1970年頃から概ね2であるが、生涯未婚率(0.35)が変わらない前提の下、有配偶出生数が3に上昇したら、どうなるか。出生数の基本方程式から、合計特殊出生率は1.95となる。この値は、現在の合計特殊出生率(1.3)の概ね1.5倍で、現在の出生数が約80万人であるため、出生数が120万人程度に跳ね上がる可能性があることを意味する。

 一方、「生涯未婚率を引き下げる施策」だけでは出生率は改善しない。先の関係式によれば、生涯未婚率が35%から20%に引き下がっても、有配偶出生数が2のままでは、出生率は1.6(=0.8×2)までしか改善しない。仮に、生涯未婚率がゼロに近づいても、有配偶出生数が2のままでは、出生数の上限は2で、人口置換水準の2を超えることはできない。

 しかしながら、生涯未婚率が35%のままでも、有配偶出生数が3になれば、出生率は1.95になる。さらに、有配偶出生数が4になれば、出生率は2.6になり、人口置換水準の2を超える。

 また、生涯未婚率の上昇よりも、有配偶出生数の低下のほうが少子化への影響が大きいもう一つの理由がある。出生動向基本調査のデータによると、1940年の出生率は4であり、有配偶出生数は4.27もあった。出生率の基本方程式から逆算すると、1940年の生涯未婚率は約6%となる。実際、「合計特殊出生率(4)=(1-生涯未婚率(6%))×有配偶出生数(4.27)」となる。

 1940年から2020年までの出生率低下の要因分解を行うと、生涯未婚率の上昇要因(婚姻率の低下要因)は約33%、完結出生児数の減少要因は約67%となり、後者の要因の方が圧倒的に大きい。「少子化の主な原因は生涯未婚率の上昇」という意見も見られるが、経済学上は出生数減の影響のほうが大きいと考えられる。

「異次元の少子化対策」3つの財源

 先般(2023年6月)、岸田政権の目玉の一つである「異次元の少子化対策」の施策の概要(こども未来戦略方針案)が判明した。政府が2023年3月下旬に示した「たたき台」に沿ったもので、(1)経済的支援の強化や若い世代の所得向上、(2)全てのこども・子育て世帯に対する支援の強化、(3)働き方改革(共働き・共育て)の推進を3本柱とし、児童手当の拡充(例:1.2兆円)や保育サービスの充実(例:0.8兆円~0.9兆円)、奨学金の拡充など、全体で約3兆円(国・地方の事業費ベース)の対策となる見通しだ。

 特に問題となったのは財源だ。政府は当初、6月の「骨太の方針」までに検討を深めるとしていたが、年末までに結論を出すという方針に転換した。選挙戦略が関係している可能性もある。

 現時点の政府の方針としては、主に次の3つの措置で財源を賄う予定だ。第1の財源は、徹底した「歳出改革」(例:年1800億円程度)を段階的に5~6年間行い、一定の財源(例:最終的に0.9兆〜1.1兆円)を確保する。

 第2の財源は、既に確保が決定している財源(例:消費税収の一部0.2兆円、子ども・子育て拠出金(企業負担分)0.2兆円)を活用し、一定財源(例:0.9兆円)を賄う。

 第3の財源は、政府が「支援金」制度と呼ぶものだが、医療保険料などの上乗せで一定の財源(例:0.9兆円~1兆円)を捻出するというものだ。

「少子化対策は手遅れ」論は間違い

 有識者のなかには、「対策の必要性は理解できるが、少子化の問題は10年・20年以上も前から深刻化しており、出産可能な女性の数がここまで減少してしまっては、もはや時遅しではないか」という意見もあるが、筆者はそうは思わない。人口減少を直ちに反転することはもちろんできないが、できる限り早く少子化のトレンドを転換した方が将来の人口に寄与する効果が高い。転換が遅れれば遅れるほど、人口減少は加速する。

 今後の課題の一つは、「子育て支援を充実したとしても出生率が上昇するとは限らない」という厳しい現実も前提に、各施策の効果検証を行い、今後の施策の序列や優劣を変更していくことだ。効果検証は、「こども未来戦略方針案」でも強調しており、フォローアップを行いながら、既存施策の延長線にとらわれず、柔軟な発想で制度設計を行っていくことも重要だ。

 本当に重要なのは「異次元の少子化対策」の財源確保(約3兆円の帳尻合わせ)でなく、対策の中身だ。「出生数の減少に歯止めがかかり、反転上昇を促すことができる」という対策になるか、その効果検証が問われている。

「生涯未婚率を引き下げる施策」と「有配偶出生数を引き上げる施策」のうち、どちらを、重点的なターゲットにすべきかは、先の基本方程式から明らかだ。

 なお、生涯未婚率が上昇してきた背景には、若い世代の賃金が伸び悩み、その労働環境が厳しいことが関係している可能性が高く、この改善も重要である。

「第3子以降1000万円支給」を検討すべき

「有配偶出生数を引き上げる施策」も容易ではないが、これこそ、異次元の対策として、第3子以降の出産につき、出産育児一時金を子ども1人当たり1000万円に引き上げてはどうか。

 昨年、岸田首相のリーダーシップで、出産時に子ども一人当たり42万円が支払われる「出産育児一時金」を、2023年度から50万円に引き上げることを決めた。だが、これまでの出生数の減少トレンドをみても、8万円程度の増額で合計特殊出生率が上昇に転じるとは信じがたい。岸田首相や政府が本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、「第3子以降1000万円」の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。

 では、財源はどうか。財源の確保は容易ではないが、政府がまとめた今回の対策の財源は総額で3兆円もある。これだけあれば「第3子以降1000万円」の出産育児一時金は賄える。

 仮に出生数が80万人から120万人に増加しても、そのうち第3子以降の子どもが30万人ならば、3兆円(=30万人×1000万円)で十分足りる(もし「第1子以降に1000万円」だと12兆円もの巨額な財源が必要)。

 しかも、この施策のポイントは、もし政策の効果があがらず、出生数がほとんど増えなかった場合、追加的な予算が不要な点にある。第3子以降が10万人しか増えなければ、1兆円の財源で十分だ。なので、数年間実験してみて効果がなければ止めればよい。

 第3子以降に的を絞った対策の重要性は、現政権もおそらく理解している。児童手当の見直しにおいて、政府は第3子以降の支給額を加算する措置を拡充する方針を打ち出している。

 しかし、児童手当の拡充よりも、出産育児一時金として給付するほうが効果は大きいと思われる。

 政府が実施する今回の対策のフォローアップこそが重要であり、各施策の効果検証を行い、今後の施策の序列や優劣を変更していくことが必要だ。その上で、本当にコアとなる政策手段を見定め、1点突破の姿勢で、「第3子以降1000万円」といった施策に資源を集中投下することも検討すべきだろう。

カテゴリ: 社会 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
小黒一正(おぐろかずまさ) 法政大学経済学部教授。1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省(現・財務省)入省、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、15年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー、内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局「新技術等効果評価委員会」委員、日本財政学会理事、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。著書に『2050 日本再生への25のTODOリスト』『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』等がある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top