邦人も被害に遭ったカンボジア「未経験・高収入」求人のワナ

執筆者:泰梨沙子 2023年2月21日
カテゴリ: 社会
エリア: アジア
カンボジアに拠点を置く犯罪組織が若者を狙っている(写真はイメージです)(C)andrii_lutsyk/stock.adobe.com
好条件の求人情報を見てカンボジアに入国した外国人が、犯罪に巻き込まれるケースが後を絶たない。監禁され、詐欺行為に加担させられたり、人身売買の被害に遭ったりするという。背後にあるのは中国系などの犯罪組織だが、当局の捜査が適切に行われているとは言えない。

 

 カンボジアで好条件の仕事があると誘われた外国人が、入国すると監禁や人身売買の被害に遭う事件が増加している。在カンボジア日本大使館も、「少数だが邦人の被害事例も報告されている」として注意を呼び掛けている。被害拡大の背景には、カンボジアの未発達な法制度や汚職の蔓延によって、国内外の犯罪組織の取り締まりが容易ではない現状がある。

複数の邦人も被害に

 カンボジアでは、台湾、香港などから来た若者が入国後に監禁され、不法行為に従事させられるという被害が昨年以降相次いで報告され、国際的な社会問題となっている。確認された事例に共通する特徴は、SNSで「未経験でも高収入。飛行機代の負担なし」といった好条件の求人情報を見て応募すると、カンボジア到着後にパスポートや携帯電話を没収され、連行された施設で詐欺行為への加担を強要される、というものだ。新型コロナウイルス感染症の影響で職を失った、東アジアや東南アジアの国籍の若者が狙われているという。 

 こうした事態を受けて、在カンボジア日本大使館は2022年8月、ウェブサイト上に注意喚起を掲載。少数の邦人も被害に遭っているとして、その被害の特徴を公開した。(表1参照)

 

 在カンボジア日本大使館に問い合わせたところによると、邦人被害の事案を初めて認知したのは21年。その後、22年にかけて複数の被害を確認した。8月に注意喚起を掲載して以降、認知された被害は1件だという。

 これまで大使館が認知した被害者の総数は公表できないとしたものの、被害者は20~50代のいずれも男性で、「一部には身体的な暴力を受けたと申述した被害者もいた」(同大使館)。被害者が滞在する施設では、振り込め詐欺などに悪用されると思しき内容の文章を確認させられ、外出や外部との接触が制限されたという。

背後にある詐欺組織

 こうした事件の背後には、中国をはじめとする様々な国籍の人物からなる詐欺組織があるとされる。

 特に中国人による犯罪の温床と呼ばれているのが南部のシアヌークビルだ。

 カンボジア総合研究所の鈴木博チーフエコノミストはこう説明する。

「一時は“第二のマカオ”などと言われたシアヌークビルだが、オンラインカジノの禁止、新型コロナによる観光客激減、不動産バブル危機などの影響を受けて、滞在する中国人の数は最盛期の約20万人から大幅に減少した。稼ぎを失った中国系の犯罪集団は、人身売買や強制労働による国際的特殊詐欺に手を染めていると言われている」

 アジア太平洋地域の外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」によると、カンボジア警察が発表した19年1~3月の外国人が関わる犯罪件数341件のうち、241件が中国人によるものだった。さらに同誌は、「22年の初め頃から、中国人による人身売買や監禁、強制労働の被害が相次いで報告されるようになった」と指摘している。

 地元紙を引用すると、ある中国人の被害者は、「監禁状態で12~16時間、SNSやデートアプリで詐欺の獲物を探さなければならなかった」と説明。現場にはベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、中国、台湾、香港、バングラデシュ、インドといった国籍の被害者がいたと証言している。

 カンボジアで強制労働を強いられたベトナム人の被害者は、22年9月までに1000人以上が救出された。同年8月には、インドネシア人の被害者約200人が救出され、専用のチャーター便で母国に帰国したという。救出されなかった外国人も多く、実際はこの数字を上回る被害があるとされる。

 現地の犯罪組織のメンバーはAFP通信の取材に対し、「監禁施設は鉄格子と有刺鉄線で覆われ、容易に逃げ出すことはできない」と説明。「逆らった者は殴られるなどの暴力行為や拷問を受け、他の犯罪組織に売られることもある」と話しており、被害者は身体的、精神的に追い詰められ、逃げ出せないように厳重な監視下に置かれていることが分かっている。

当局の捜査に疑問の声

 こうした事態を受けて、カンボジア政府はホットラインを設置するなどの対策を講じ、これまで多くの被害者を救出したとして成果を強調しているが、現地では当局の捜査や取り締まりが適切に行われていないとの指摘も出ている。

 現地の事情をよく知る関係者は、「通報があった現場では、明らかに詐欺に使われると思われる携帯電話やパソコン、文書がずらりと並んでいたのに、警察が問題ないとして適切に捜査しなかったケースも指摘されている」と語る。

 1月にはシアヌークビルのホテルで、日本人20人が監禁状態にあるとの通報があったものの、カンボジア内務省の報道官は「捜査の結果、日本人19人が発見されたが、普通に滞在しており、問題は見つからなかった」と説明。事件性がなかったことを強調した。

 前出の関係者は、「日本人の監禁が指摘された現場でも、捜査が適切に行われたのか疑問だ」と懸念を示す。

 さらに、近年は中国人組織の犯罪行為だけではなく、日本の反社会的勢力による犯罪への懸念も高まっているという。

「ここ数年は日本の反社のカンボジア進出も目立っており、一般の日本人との衝突やトラブルも多くなった」(前出関係者)。

 カンボジア日本人会の小市琢磨会長は、「昨年2月に大使館で開催された安全対策連絡協議会では、日本人が加害者である犯罪が増加していることが議題となった。我々の周囲でも、在留邦人からの被害相談が増加しており、懸念しているところだ」と指摘する。 

 在カンボジア日本大使館はウェブサイトで、「(カンボジアは)法制度が未発達で汚職も蔓延しているともされており、当局による取り締まりが十分ではなく、こうした不法行為に巻き込まれた場合には解決が容易でないこともあります」と説明。カンボジアでの就労を検討する際は、「勤務先が信用に足りるものか、安全が確保されているものか等につきご自身でよく確認し、確認できない場合は渡航を取りやめることも視野に入れて慎重に判断して下さい」として、注意を促している。

 

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
泰梨沙子(はたりさこ) 2015~21年、アジアの経済情報を配信する共同通信グループ系メディアで記者を務める。タイ駐在5年を経て、21年10月に独立。フリージャーナリストとしてタイ、ミャンマー、カンボジアの政治・経済、人道問題について執筆している。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top