息切れするポーランドの善意――ウクライナ避難民受け入れ「1年後の資金難」

執筆者:村山祐介 2023年3月29日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
開戦1年の2月24日、ウクライナとポーランドの巨大な国旗をはためかせて連帯を訴える人たち=ワルシャワ(撮影:村山祐介)
ポーランドでのウクライナ避難民への支援額は、すでに国家予算の8%近くに達している。市民社会が政府に負担の肩代わりを求め、その政府は避難民に自己負担を求める――そんな構図が鮮明になる中で再訪したポーランド東部メディカは、支援団体のテントもほとんど撤収され静まり返っていた。ただ、今も活動を続けるボランティアの表情は暗くはない。

 

 150万人規模の避難民を受け入れ、人道支援の最前線を担ってきたポーランドで「支援疲れ」が広がっている。ボランティアや寄付は息切れが目立ち、資金難に陥る学校も。支援団体は政府に、そして政府は避難民に負担増を求め始めた。

存続に揺れるウクライナ避難民学校

 2月16日、ポーランドの首都ワルシャワ市内の3階建て雑居ビル。看板はないが、1階にウクライナとポーランドの小さな旗が一組掲げられている。ウクライナの教育カリキュラムをウクライナ語で学ぶ学校だ。

 冬休み中にもかかわらず、教室ではウクライナから避難してきた高校生ら11人がイラストの描かれたカードを机に並べていた。「歯科医」「美容師」といったポーランド語が書かれた紙をイラストに重ねていく。男子生徒は「ポーランド語を学び始めてまだ1カ月くらいです」と照れながら話した。

 学校は昨年4月、戦禍を逃れた子どもたちの教育を緊急的に支える場として、構想からわずか24日間で慌ただしく開校にこぎつけた。

 ウクライナ語とポーランド語は共通する語彙も多いとはいえ、学年が上がるほど言葉の壁は高くなる。オクサナ・コレスニク校長(44)は「家も友達も奪われて逃げてきた子どもたちがポーランド語の学校に直接入ると、新しい言葉や教育システムという新たなストレスを抱え込みます。この学校はポーランド社会になじむための受け皿なんです」と話す。小学生から高校生までで定員は270人だが、夏季キャンプには1500人もの申し込みがあったという。

 ただ、学校が1年近くたった今も存在していることは全く想定外だった。

「戦争がこんなに長引くとは誰も思っておらず、(昨年6月の)学年末までの仮設の学校と考えていました。でも今なお子どもたちが帰国できるほど安全ではありません。それで延長し続けていますが、まだ来年度分の資金支援者が見つからないんです」

 創立時から学校を支えてきたのは、ウクライナ系ポーランド人がつくるウクライナハウス財団とキリスト教系支援団体だ。財団理事長のミロスラバ・ケリクさんによると、ポーランドで生まれ育ったウクライナ系が約5万人、出稼ぎなどで移り住んできた移民約100万人が戦前からポーランドに暮らしており、こうしたコミュニティーが避難民を支える土台を担ってきた。

 財団は学校設立のほか、避難民の相談窓口と電話ホットラインを開設し、滞在先や学校、就職先の紹介や行政手続きの助言など、同じ言葉を話す同胞ならではのきめ細かな支援を手掛けてきた。とりわけ開戦直後の3カ月間は、国際NGOやポーランドの企業、個人などから通常の数倍におよぶ大口寄付が相次いだという。

 だが戦争が長期化するなか、これまで立ち上げた支援事業の運営費をどう確保するかの壁にぶつかっている。ケリクさんは「危機の時に来てくれた国際NGOがいつまで支援を続けてくれるか分かりません。今年で打ち切りかもしれず、この先数年をどうするかが大きな課題です」と語った。

 

「前向きな雰囲気」は続いているが

 開戦当初、ポーランドは官民が総出で避難民の受け入れに奔走した

 ウクライナとの国境施設の周辺には炊き出しや生活雑貨などを配るテントがずらっと並び、駅やバスターミナルでは行き先を案内するボランティアが昼夜を問わず対応した。展示場や倉庫をつかった宿泊所を各地に開き、ボランティアが自家用車で移動を支えた。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の集計によると、ポーランド国内にとどまる避難民は約157万人。新たな流入は落ち着いたものの、未曽有の規模の避難民を中長期的にどう支えていくのかが行政や支援団体にのしかかっている。

 そんな問題意識から、侵攻から1年を前にした2月22日、国内外の9つの支援団体とワルシャワ大学などがこの1年間の避難民支援を分析した報告書を発表した。

 報告書は、逃れてきた人たちに人道支援を提供して受け入れる第1段階は終わり、いまは避難民を長期的に社会に統合する第2段階に入った、と位置づけた。統合を進めるにあたって、市民社会の負担を国や地方自治体が大幅に軽減させなければならない、などと提言した。

 ポーランド科学アカデミー移民法研究所のウィトルド・クラウス所長は「支援者が疲弊しており、政府が支援を肩代わりするべきだという意見が出てきている」と指摘する。社会全体では避難民受け入れに「前向きな雰囲気」は続いているものの、ウクライナ避難民だけでなく「目を向けるべき人は国内にもいる」との声も上がっているという。

 そんな微妙な社会の空気はこの先どうなるのか。クラウス氏は今秋に予定されている総選挙に注目する。これまでも極右政党が移民・難民の排斥を唱えており、「右派政党が前向きではない圧力をかける可能性がある」とみる。

 一方、報告書の執筆者の一人で移民コンソーシアム調査コーディネーターのサリアン・ヤロシュさん(30)は、支援を担ってきた市民活動家たちが「燃え尽きてしまった」と懸念する。

 侵攻が始まる前年の21年、隣国ベラルーシを通じて中東やアフリカからの数千人規模の移民がポーランドに密入国を試みる「移民危機」が起き、市民活動家らは国境の森の奥で行き場を失った移民の支援に奔走してきていた。

「国境の人道危機は2年間で2回目です。ベラルーシ国境での支援活動に政府は敵対的で、支援者は犯罪者扱いすらされました。もう片方の国境(ウクライナとの国境)では事実上支援を強制されている。股裂き状態にされてきたのです」

負担の連鎖

 市民社会に負担の肩代わりを求められた政府にも、財政負担がのしかかる。

 ポーランド政府は開戦直後から、ウクライナ避難民に18カ月の滞在を認めて就労や社会保障の権利を受けられるようにした。さらにポーランドの家庭にも、受け入れた避難民1人あたり1日40ズロチ(約1200円)を支給して支えてきた。

 だが、経済協力開発機構(OECD)の国際移民アウトルック2022年版によると、政府によるウクライナ避難民への支援額は、OECD加盟38カ国で最多の約84億ユーロ(約1兆2000億円)。すでに国家予算の8%近くに達している。

 政府は支援を段階的に縮小してきており、家庭向けの支援金は7月に終了し、多くの自治体が公共交通機関の無料乗車を取りやめた。さらに政府は今年3月、妊婦などを除いて120日以上滞在するウクライナ人に対して、政府の宿泊施設の費用の半額を支払うことを義務付けた。

 疲弊が目立つ市民社会が政府に負担の肩代わりを求め、その政府は避難民に自己負担を求める――そんな構図が鮮明になっている。

頼りになる存在

支援団体のテントが撤収されてがらんとしているウクライナとの国境施設=2月17日、ポーランド南東部メディカ(撮影:村山祐介)
 

 

 私は2月17日ウクライナと国境を接するポーランド東部メディカを訪ねた。侵攻直後は歩いて国境を越える玄関口の一つとして、避難民と支援者でごった返していたが、いまはもう静まり返っていた。ずらりと並んでいた支援団体のテントはほとんど撤収済みで、周辺地域の臨時宿泊所も閉鎖されていた。

 ただ、ヨーロッパ各地に向かう列車の出発点として当時は混雑していたプシェミシル駅にはまだ、黄色いベストを着たボランティアたちの姿があった。

 彼らを取りまとめてきたのが、地元のウクライナ系ポーランド人がつくる団体「ウクライナハウス」だ。プシェミシル市中心部の施設では地元ボランティアによる支援活動の報告会が開かれており、数十人が集まっていた。

 スタッフでウクライナ系少数民族協会理事のタチアナ・ナコニエツナさん(54)によると、ウクライナハウスは侵攻初日に危機センターを設けて、ポーランド国内外から殺到したボランティアのデータベースをつくり、駅や避難所などに派遣してきた。ボランティアは当時900人に達したが、今も活動しているのは200人ほどという。

 ナコニエツナさんは「みんな夜中に駅で働きたいとは思わなくなっていて、ボランティア集めは一苦労です。まあもっともなことだとは思いますけれど」と話す。団体の運営資金も先細っており、支払いのためのお金の工面に奔走することもあるという。

 でも、表情は暗くはない。

「ポーランド社会は立派に避難民を支えてくれました。また必要な時が来たら、頼りになる存在です。支援疲れはありますが、そんなにひどいものではない、と私は信じています」

黄色いベスト姿で駅で支援活動にあたるボランティア。=2月17日、ポーランド・プシェミシル(撮影:村山祐介)
カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
村山祐介(むらやまゆうすけ) ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民を描いた著書『エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―』(新潮社)で2021年度の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。2019年度のボーン・上田記念国際記者賞、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞も受賞した。
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