インテリジェンス・ナウ

台湾侵攻の軍事作戦に難題あり:米中は秘密情報工作で暗闘

執筆者:春名幹男 2023年3月31日
エリア: アジア 北米
昨年11月の米中首脳会談では双方とも笑顔を見せたが、その裏ではすでに熾烈な情報工作戦が始まっている (C)AFP=時事
米国は強力な情報力を駆使し、4カ月前にはロシアのウクライナ侵攻を把握し、その後も様々な手を打っている。この教訓が、「台湾有事」でどう生かされるのか。米中の情報戦はすでに始まっている。

「台湾有事」はいつ起きるのか。米国から、やれ2025年だの2027年だの、と根拠が薄い説も多々伝えられている。日本メディアはこれらを評価もせずに報道するため、読者は惑わされる。次の3説はそんな類の愚説と言えるだろう。

 第1は2021年3月、フィリップ・デビッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が議会証言で示した「2027年説」。実は司令官は、ジョー・バイデン政権がインド太平洋地域で爆撃機17機、戦闘艦艇15隻の削減を決めたことに反発し、危機を煽り予算を復活させることを狙った発言だと言われている。

 第2に昨年10月、マイク・ギルディ海軍作戦部長はシンクタンクでの講演で、「私の心の中では2022年も2023年も排除できない」と述べた。2022年末まで2カ月余の時点での無責任な発言で、偶発的衝突に警告したようだ。

 第3は今年2月1日付で、マイク・ミニハン米空軍航空機動軍司令官がスタッフ宛のメモで出した「2025年説」。2024年の米大統領選挙と台湾総統選挙を根拠にしている。しかし次の台湾総統に中国側が望む国民党候補が当選すれば、「台湾独立」が遠のき、有事への不安は後退する。

 確かに習近平国家主席は中国共産党大会で、台湾統一は「実現できる」と豪語し、「武力行使の放棄を約束しない」と言明した。

 だが実は、米軍人トップは台湾侵攻の軍事作戦は困難を伴うと明言している。侵攻すれば必ず西側の制裁を受ける。さらにウクライナ侵攻のように米国の情報工作で作戦情報が漏れると、裏をかかれて失敗する。

 信頼できる米軍トップの見解や米インテリジェンス・コミュニティ(IC)の見方を基に、「台湾有事」をめぐる問題点を分析する。

台湾侵攻は「プーチンの失敗と同じ」

 米軍のトップ、マーク・ミリー米統合参謀本部議長もロイド・オースティン国防長官も、現実には、極めてリアルで穏健な見解を示していて、「台湾有事は差し迫ってはいない」と熱を冷ます見解を表明している。

 特に、ミリー議長が昨年11月16日の記者会見で明らかにした困難な軍事作戦の現実は、専門家の間でも高く評価された。

 そもそも中国は「1979年の中越戦争以来戦争をしていない」。近年は実戦経験がないのだ。

 中国は爆弾を落としたり、ミサイルを発射したりはできるだろう。しかし「台湾海峡を渡り、兵を台湾に上陸させるのは非常に難しい軍事的任務になる……首都台北の人口は約300万人で、郊外に約700万人。山岳地帯が多く、軍事活動は非常に難しい。中国がそんな軍事力を得るまでには年月がかかる」と、ミリー議長は指摘した。台湾侵攻は非常に危険な軍事工作になるというのだ。

 このため「習近平国家主席はコストとリスクを評価して、近い将来に台湾を攻撃するのはリスクが多すぎるとの結論を出すと思う」とまでミリー議長は言い切った。台湾侵攻が「中国軍の戦略的失敗で終わると、世界一の経済大国、軍事大国になるという中国の夢を捨てることになると思う」と語った。

 もちろんその間に、「政治的な事件が起きて、あらゆる決定が変わる可能性もある」としながらも、台湾侵攻はハイリスクを伴い「ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領がウクライナでしたのと同じ政治的、地政学的、戦略的失敗となるだろう」と述べた。

「2027年までに台湾侵攻能力」

 とは言え、昨年10月の共産党大会で3期目の党総書記に選出され、台湾統一のため武力行使も辞さないと見得を切った習近平主席。3期目の任期内に台湾統一を実現できなければ、党内で政治的責任を問われかねない。

 一方、米国のICは情報評価と分析を重ね、2022年末から年明けにかけて台湾侵攻の可能性に関する分析結果をまとめたとみられる。

 2022年5月の段階では、ICを率いるアブリル・ヘインズ国家情報長官は上院軍事委員会での証言で、中国はむしろ外交的、経済的圧力で台湾を取り込むが、軍事的占領の脅威は「2030年まで続く」との見方を示した。

 ただ、「米国の介入を押しのけて台湾を占領できるほどの軍事力強化に努力するものの、……中国は台湾占領で軍事力行使を望まず、他の手段を行使したいと考えている」との判断を示していた。

 さらに同年9月の段階でも、デビッド・コーエンCIA(米中央情報局)副長官は「中国は非軍事的手段で台湾をコントロールしたいと考えている」と述べていた。

 しかし、10月の共産党大会で習近平主席が圧倒的に強力な権力を掌握すると、ICの分析もやや厳しい方向に動いた。

 年明け2月2日、ウィリアム・バーンズCIA長官は、ジョージタウン大学での講演で、「習主席は人民解放軍に対して、2027年までに台湾に対して、成功裏に軍事侵攻できるよう準備せよ、と指令したとのインテリジェンスを得ている」と言明した。

習近平が台湾侵攻に「疑念」も

 ただ長官は「習主席が2027年の台湾侵攻を決定したという意味ではなく、彼の関心と野心の焦点がそこにあることを念押ししたものだ」とも述べた。また2月26日の『CBSニュース』とのインタビューでは、「軍事衝突が不可避だというわけでもない」と指摘している。

 さらに、「習主席と軍幹部は台湾侵攻が可能かどうか疑念を持っていて、プーチンのウクライナ侵攻でその疑念は恐らく強まった」とも述べた。

 バーンズ長官は同時に、習主席はプーチン大統領が苦戦するウクライナ軍事侵攻の状況を綿密に注視していて、「不安になっている」ようだとも述べた。中露は、特に中国が習政権になって以後、パートナー関係を強化し、協力し合って米国に対抗する方向を示してきた。

 米国防情報局(DIA)局長のスコット・ベリア中将も、「中国は非常に注意深く、ウクライナ侵攻を外交、情報、軍事、経済の面から注視している」と議会で証言している。つまり中国は、ウクライナ侵攻の経緯から学んで、台湾侵攻への参考にしたいと考えている。

「ウクライナ侵攻」は2021年10月に全容把握

 ロシアのウクライナ侵攻を苦戦に導いたのは、(1)米国からウクライナへの情報提供(2)武器提供(3)対ロシア制裁――とみられており、中国もこれらの点を中心に、調査しているとみられる。

 米国からウクライナへの情報提供に関する詳細は、昨年8月『ワシントン・ポスト』が2度にわたり掲載した調査報道、さらにバーンズCIA長官の『CBSニュース』とのインタビューでも明らかにされている。

 それによると、ロシアのウクライナ侵攻計画はわずか3~4人の側近のみでまとめられ、その全容が米インテリジェンス機関により探知されたという。

 偵察衛星の画像情報(IMINT)から、通信傍受で得た信号情報(SIGINT)、スパイを通じた人的情報(HUMINT)などからなる侵攻情報は、2021年10月に大統領執務室にアントニー・ブリンケン国務、オースティン国防両長官、ミリー統合参謀本部議長、ヘインズ国家情報長官、バーンズCIA長官を集め、正副大統領に報告された。

 その際大統領には、プーチン大統領がすでに侵攻を決断したことと、侵攻時期については報告しなかった。このため、バイデン大統領は侵攻直前まで「プーチンはまだ決断していない」と繰り返し発言していた。

 情報源を秘匿するため、米軍と情報当局はあえて誤った情報を流して、ロシアが侵攻を中止する余地を残したいと考えたようだ。

大統領を殺害、傀儡政権設置も

 ロシアは侵攻の開始は、地面が凍結して戦車が通過しやすい冬を選んだ。ロシア軍はベラルーシから南下して首都キーウを包囲し、3~4日で首都を占領。特殊部隊「スペツナズ」がウォロディミル・ゼレンスキー大統領を排除し、必要なら殺害して親ロシアの傀儡政権を設置する。東部や南部からも進軍するという数日間の計画だった。

 まだ最大の疑問が残されている。それは、米インテリジェンス機関がいかにしてロシア軍侵攻計画の全容を知り得て、ウクライナ側に伝え、ゼレンスキー大統領の無事確保ができたか、だ。

「知っているぞ」とプーチンに迫る

 米国の情報工作のキーマンがバーンズCIA長官だったことは明らかだ。

 バーンズ長官は、大統領執務室での会議後の2021年11月2日、モスクワのクレムリンを訪問、プーチン大統領の外交顧問、ユーリー・ウシャコフ元駐米大使と会った。そこから長官は、保養地ソチに滞在していたプーチン大統領に電話をかけ会談した。

 バーンズ長官は、「米国はあなたが何をするのか知っています。ウクライナを侵攻すれば莫大な代償を払うことになる」と警告し、制裁を科すと記した大統領親書をウシャコフ氏に手渡した。これに対しプーチン大統領は、ウクライナ侵攻に関するインテリジェンスを否定しなかった。

 2017年にはクレムリン内の米国スパイが脱出して米国に亡命したことがあった(2020年1月29日『クレムリンから消えていた「CIAスパイ」:「トランプの暴露」恐れて出国を指示』参照)。このスパイはウシャコフ元大使の部下で、米国駐在中にCIAにリクルートされたが、その後上司のウシャコフ氏が責任を追及されることはなかったようだ。

 バーンズCIA長官は2022年1月12日にキーウを訪問、ロシア侵攻計画の詳細を記した文書をゼレンスキー大統領に手渡した。しかし、大統領は侵攻情報を信用しなかった。その10日後、今度は英国政府が「傀儡政権」の主要メンバーとして親ロシア派政治家らの名前を発表したが、それでもウクライナは信じなかった。

 このため侵攻数日前に、バーンズ長官は急遽キーウを再訪問、最新情報を大統領に伝えた結果、ようやくウクライナ軍は防衛態勢を敷いた。

 侵攻直後、ロシア軍は空挺部隊と情報機関「連邦保安局(FSB)」の合同作戦でキーウ郊外のホストメル空港を拠点にする計画だった。しかし、空挺部隊とFSB間の交信が米側に傍受されたようだ。このためスペツナズなどを送り込む計画が潰されたとみられる。

中国は防諜工作強化へ

 果たして、習近平主席はこのような米国の情報工作をどう受け止めただろうか。

 中国では2010年末から約2年間で、米国スパイ約30人が摘発・処刑される事件が相次いだ(2018年2月2日『CIAの「中国情報網」が壊滅か:中国系元工作員に疑惑』)。このため、中国内に張り巡らせたCIAの情報ネットワークが崩壊したとも伝えられた。しかし、CIAはその後、情報網の回復に努めたとみられ、ある程度復旧・強化した可能性が十分ある。

 先の全国人民代表大会(全人代)に向けて、防諜工作を担当する公安省や国家安全省などの国家機関を、共産党内に新設する「中央内務工作委員会」の管理下に置く計画が検討されたと伝えられる。中国側は今後も、米国のスパイ工作を摘発する対策を強化するとみられる。

 米国が中国の台湾侵攻作戦に関するインテリジェンスを、ウクライナと同じように台湾に提供して、中国の作戦実行を妨げることができるかどうか。すでに米中間で双方の秘密情報工作が活発化し、暗闘を演じているとみられる。

中国、外貨準備のドル比率下げる

 ロシアに対する西側の経済制裁は厳しい。海外資産の凍結や、国際的な決裁ネットワークである「国際銀行間通信協会(SWIFT)」からの排除といった制裁を受けている。

 アダム・ズービン元米財務省資産管理部長らが2月14日付の外交誌『フォーリン・アフェアーズ』(電子版)への寄稿論文で対露制裁と中国の対応などについて、次のような状況を明らかにしている。

 ロシアは有事に備え、侵攻前には外貨準備を6310億ドルまで積み増していた。外貨準備高に占めるドルの割合は2021年に16%まで下げ、金を900億ドル分購入するなど工夫もした。しかし外国資産凍結措置により、ロシアは外貨準備高の約半分の3000億ドルにはアクセスできない状態にある。

 中国もドルの割合を、1995年の79%から2016年には59%(これ以後、通貨別の割合は非公表)まで減らした。同時にSWIFTに変わる代替ネットワークを形成したが、参加する金融機関はそれほど増えていないという。

 国内外の金融リスクを抑えて管理態勢を強化するため、習近平政権は共産党内に「中央金融工作委員会」を設置し、党の直接管理にした。しかしそれでも、制裁をすり抜けるのは非常に難しいだろう。

「スターリンク」撃墜も研究か

 最後に、ウクライナで使用されている軍事技術について、中国がどのような調査をしているのか、チェックしておきたい。『ロイター』の北京、香港両支局は中国で発行されている「軍産複合体」関係の20の研究誌から約100件の研究論文を調査した。

 その中で最も目立ったのは、人民解放軍系の研究者による6件の研究が、イーロン・マスク氏が最高経営責任者(CEO)を務めるスペースX社が低軌道で展開する小型衛星ネットワーク「スターリンク」に関するものだったことだ。

 同社はウクライナに対してスターリンクを無償提供。ウクライナ軍はドローンによる偵察や攻撃用に利用、市民や公的機関はSNSへの投稿などにも使用し、国際世論に支持を訴える宣伝や情報戦をサポートしている。

 人民解放軍陸軍工程大学の論文は、アジアでの戦闘でスターリンクが広く利用される可能性があり、撃墜して使用不能にする方法を緊急に検討すべきだと主張しているという。

 またドローンを使った工作を開発するため投資が必要だ、との指摘もあった。さらに肩掛け式の対戦車ミサイル「ジャベリン」やハイマース(高機動ロケット砲システム)が台湾で使用される可能性に触れた論文もあった。

 中国はこれまで海軍の強化を重視してきたため、陸戦用の装備は開発が遅れているとみられる。台湾侵攻では、先述した地形的な問題に加えて、陸軍装備の問題もあるのだ。米軍が台湾にさらに強力な武器を供給すれば、中国の侵攻作戦はさらに困難になる。

党総書記最終年に決断か

 習近平主席は、今後さらに独裁的な姿勢を強める可能性があり、共産党総書記として3期目の最終年2027年に向けて「台湾有事」をめぐる議論が沸騰し、習主席自身が武力行使の可否を決断する可能性がある。しかし、中国側が難題も抱えていることを理解して、正しい事実を把握し、幅広いバランスが取れた議論が必要だ。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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