インド経済は本当にアメリカの救世主になり得るか

執筆者:岩田太郎 2023年4月7日
エリア: アジア 北米

アップルはインドでのiPhone生産を全体の25%に増やすとしている[iPhone14の広告の前で携帯電話で話す男性=2022年9月12日、チェンナイ](C)EPA=時事

   グローバルサウスの有力リーダーであるインドが、世界経済で存在感を増している。地政学的な緊張の度合いが増す米中対立をテコに、中国に代わる「世界の工場」「デジタル経済大国」を目指しているからだ。

   本稿では、①世界のサプライチェーン再編におけるインドの重要性、②インド太平洋地域における米国主導の経済枠組みへの参加による経済成長戦略、③インドが中国と並ぶ米国の経済的・政治的・軍事的ライバルとして台頭する可能性を読み解く。

   また、米国主導の経済秩序に組み込まれる過程において、インドと日本の協力と競合がどのように展開すべきかも考察する。

「労働集約型で輸出主導」の中国モデルとの違い

   人口がおよそ14億2000万人と、2023年内に中国を抜いて世界一国民の数が多い国となることが見込まれる中、インドの国内総生産(GDP)成長のペースは、2023年に減速気味の中国の5.2%を上回る前年比6.1%に達すると国際通貨基金(IMF)は予想する。

   さらにインドは、この先10年で日本やドイツを抜き去り、世界第3位の経済大国になることが確実視される。莫大な人口を食わせてゆくための切実な社会的要請にも背を押され、インドは壮大な開発計画を立てている。

   まず、現在のインドのGDPの規模は中国の5分の1に過ぎないが、少子高齢化が進む中国と比較して人口は若く、2025年には世界の労働年齢人口の5分の1がインド人で占められると予想される。

   ところが、購買力平価ベースの人口1人当たりの収入は2021年に7333ドル(約97万円)と、世界128位にとどまる。発展途上のインドにとり、産業を興して国民全体の生活水準を上げてゆく必要性は痛切だ。

   ナレンドラ・モディ首相は2019年に、名目GDPの規模を2025年までに5兆ドル(約660兆円)まで拡大する目標を打ち出した。2023年3月現在は3.5兆ドル(約462兆円)と目標に届かず、さらなる開放や構造改革の必要性が叫ばれるが、具体的な計画は着々と進行している。その柱は製造業、デジタル経済、資源開発だ。

   まず、中国を去り、インドに製造拠点を移す多国籍企業が増えている。航空宇宙大手ボーイング、テック大手アップルやサムスン電子、ノキアなどが好例だ。2019年9月に35%から25%へと引き下げられた法人税が魅力だ。

   特にアップルのiPhoneを受託生産する台湾の富士康科技集団(フォックスコン)は、南部カルナタカ州で7億ドル(約924億円)を投じる工場建設を計画している。アップルが、中国をめぐる懸念を背景にインドでのiPhone生産を全体の6.3%(2022年)から近い将来に25%に増やす意向であるからだ。

   さらに鴻海は、北西部グジャラート州において印鉱物資源大手ベダンタ・グループと合弁企業を設立し、28ナノ(ナノは10億分の1)メートルプロセスの半導体製品の工場を 2年以内に竣工する目標を立てている。これは、2021年に立ち上げられたインド半導体ミッション(ISM)の一環である。

   モディ首相はISMについて、「われわれの目標は、世界の半導体サプライチェーンにおいてインドを重要なパートナーに育て上げることだ」と明言。将来的に半導体で世界の主要プレイヤーとなる宣言を行った。

   有力な半導体製造外資を誘致するため、ISM に7600億ルピー(約1兆2100億円)の補助金や研究開発予算を計上して世界的な製造ハブ作りに乗り出し、工場の立上げに要する費用全体の最大50%を支援することを決定した。これに加え、誘致先の州政府が10~25%の補助金を出すという、非常に有利な条件である。

   鴻海の他にも、米インテル傘下のイスラエル企業タワーセミコンダクターがカルナタカ州に、シンガポールの技術投資会社であるIGCC ベンチャーズが南東部タミル・ナードゥ州に進出予定だ。また、印財閥大手タタ・グループや韓国サムスン電子などもISM に参加すると見られている。

   さらにインドを沸かせているのが、低炭素経済を実現する上で不可欠とされるリチウム電池の原材料となるリチウム鉱床が、今年2月に最北部のジャンムー・カシミール連邦直轄領において590万トン規模で発見されたことだ。米ピーターソン国際経済研究所によればこれは世界6位の埋蔵量であり、インドが米中の資源争奪戦を回避してグリーン経済を実現する有力な切り札となる。

   こうした中でインド政府は、2025年までに1兆ドル(約132兆円)規模のデジタル経済を実現するとのビジョンを掲げており、2030年には8億5000万人を超えるとされるインターネットユーザー数を武器に、経済大国化への道を着実に歩んでいる。

   外資を積極導入した中国の改革開放政策で、労働集約型の製造業が輸出主導経済を支えたのとは少々異なり、当初から高度なテクノロジーによる内需重視の政策を採用しているところが注目点だ。

米をテコとして最大限に利用

   中国は、自国からユーラシア大陸を経由して欧州につながる陸路と、東南アジア、南アジア、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ海路でインフラ整備・貿易拡大・マネー往来を促進する一帯一路を構築中である。

   その一帯一路の戦略的要所である南アジアで、対立関係にある米国の援助を受けるインドが経済的・政治的に台頭して地政学上の主要プレイヤーとなることは、中国にとり「目の上のタンコブ」であり、防ぎたい事態である。

   この構図においてインドは、米国をテコとして最大限に活用している。中国と対抗するため、米国はこの地域における経済枠組みを構築する一方で、インドをその枠組みの核心的な一角と位置付け、貿易拡大、技術移転や投資を積極的に行っているからだ。

   たとえば、ジーナ・レモンド米商務長官とピユッシュ・ゴヤル印商工相は3月10日に半導体サプライチェーンとイノベーションパートナーシップ覚書(MOU)に署名した。

   元米商務次官で、米戦略国際問題研究所(CSIS)のインド担当上席研究員を務めるレイモンド・ビッカリー氏によれば、この覚書は……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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