拡大するシンガポールの対中投資
東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の経済関係が重みを増すなかで、シンガポールの役割が際立ちつつある。ASEAN諸国の一部は中国への地政学的な警戒感を持つ一方で、膨張するその経済的引力に抗うことは難しく、「一帯一路」構想もASEANとの間では着実に進展しつつある。この経済関係の拡大のなかで、重要な役割をはたしているのがシンガポールである。
シンガポールは、1970年代末に「建国の父」リー・クアンユーが、改革開放政策を推し進めようとしていた鄧小平と会見・意気投合して以降、中国の経済的可能性にいちはやく注目し、積極的に関与してきた。たとえば、両国合弁で1994年から始動した中国初の本格的工業団地「蘇州工業園区」は、シンガポールの経済開発における工業団地造成・産業集積ノウハウを提供したものであった。
さらに21世紀、特に2010年代に入ると、シンガポールの対中直接投資残高は急拡大する。この結果、2021年のシンガポールによる対外直接投資の残高総額1兆2514億シンガポールドル(Sドル、当時約102兆6000億円)のうち、中国向けは1955億Sドル(当時約16兆円、全体シェア16%)を占める。これに対中投資窓口である香港向けの756億Sドルを加えると22%を占め、圧倒的な最大投資先となっている。
一方で中国側から見ると、2021年の対中直接投資実施額の国・地域別ランキングでは、第1位は香港(1318億米ドル)で全体シェア76%と圧倒的であるが、これに次ぐ第2位がシンガポール(103億米ドル、6%)となっている。無論、上記の「香港」にはシンガポールからの間接投資も含まれ、実際のシンガポールの対中投資実施額はさらに大きいと考えられる。
西部大開発と一帯一路構想を連結する四川
積極的な対中投資を続けるシンガポールは、どのような分野に投資しているのであろうか。2021年の対中投資残高をセクター別で見ると、第1位は製造(797億Sドル、当時約6兆5000億円、全体比率41%)である。特徴的なのは、後述の理由から第2位が不動産(402億Sドル、当時約3兆3000億円、21%)となっている点で、以下、金融・保険(293億Sドル、当時約2兆4000億円、15%)、卸・小売(252億Sドル、約2兆円、13%)となり、これら上位4セクターの合計で約9割を占めている。
代表的な投資地域としては、皮切りとなった蘇州、最大の経済都市である上海、華北の経済要衝である天津などの沿岸部がある。しかし現在、シンガポールが最も注力するのは、中国が推進する「西部大開発」構想や「一帯一路」構想に呼応し、この内的・外的発展という二大構想を連結するための、四川省への投資である。
シンガポールが四川に注力するのは、その単体での発展もさることながら、同省は西に青海省やチベットが広がる上、南には雲南省があり、その南にはベトナム、ラオス、ミャンマーなどの陸部東南アジア諸国が隣接している地の利がある。シンガポールには四川を軸として、従来の中国沿岸部とは異なる陸海の新しい経済・物流ルートを構築することで、ASEANと中国の連動性・経済関係の拡大を主導・推進したい思惑もある。
このためシンガポールは、成都や重慶といった四川の主要都市との連携を進めるべく……
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