シンガポールの国策的な対中投資拡大の実態とそのジレンマ

執筆者:久末亮一 2023年6月30日
タグ: 中国
エリア: アジア
シンガポールとの連携が進む重慶の街並み。真ん中のビルはシンガポールの投資プロジェクトで建設された大型複合施設ラッフルズシティ(C)Govanz/shutterstock.com
中国にとって東部沿海地区を追って経済発展が本格化した内陸西部の開発加速は大きな課題だ。その内的発展と一帯一路構想という外的発展を連結する四川省に経済チャンスを見出して投資を拡大しているのが、シンガポールである。しかし、すでに過大とも言えるシンガポールの国策的な投資には、中国との一蓮托生というリスクが伴う。

 

拡大するシンガポールの対中投資

 東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の経済関係が重みを増すなかで、シンガポールの役割が際立ちつつある。ASEAN諸国の一部は中国への地政学的な警戒感を持つ一方で、膨張するその経済的引力に抗うことは難しく、「一帯一路」構想もASEANとの間では着実に進展しつつある。この経済関係の拡大のなかで、重要な役割をはたしているのがシンガポールである。

 シンガポールは、1970年代末に「建国の父」リー・クアンユーが、改革開放政策を推し進めようとしていた鄧小平と会見・意気投合して以降、中国の経済的可能性にいちはやく注目し、積極的に関与してきた。たとえば、両国合弁で1994年から始動した中国初の本格的工業団地「蘇州工業園区」は、シンガポールの経済開発における工業団地造成・産業集積ノウハウを提供したものであった。

 さらに21世紀、特に2010年代に入ると、シンガポールの対中直接投資残高は急拡大する。この結果、2021年のシンガポールによる対外直接投資の残高総額1兆2514億シンガポールドル(Sドル、当時約102兆6000億円)のうち、中国向けは1955億Sドル(当時約16兆円、全体シェア16%)を占める。これに対中投資窓口である香港向けの756億Sドルを加えると22%を占め、圧倒的な最大投資先となっている。

(出所)“Singapore's Direct Investment Abroad By Destination Economy And Industry Abroad (Stock As At Year-End)”, SingStat Table Builder, Department of Statistics, Singapore.より筆者作成。
 

 一方で中国側から見ると、2021年の対中直接投資実施額の国・地域別ランキングでは、第1位は香港(1318億米ドル)で全体シェア76%と圧倒的であるが、これに次ぐ第2位がシンガポール(103億米ドル、6%)となっている。無論、上記の「香港」にはシンガポールからの間接投資も含まれ、実際のシンガポールの対中投資実施額はさらに大きいと考えられる。

西部大開発と一帯一路構想を連結する四川

 積極的な対中投資を続けるシンガポールは、どのような分野に投資しているのであろうか。2021年の対中投資残高をセクター別で見ると、第1位は製造(797億Sドル、当時約6兆5000億円、全体比率41%)である。特徴的なのは、後述の理由から第2位が不動産(402億Sドル、当時約3兆3000億円、21%)となっている点で、以下、金融・保険(293億Sドル、当時約2兆4000億円、15%)、卸・小売(252億Sドル、約2兆円、13%)となり、これら上位4セクターの合計で約9割を占めている。

 代表的な投資地域としては、皮切りとなった蘇州、最大の経済都市である上海、華北の経済要衝である天津などの沿岸部がある。しかし現在、シンガポールが最も注力するのは、中国が推進する「西部大開発」構想や「一帯一路」構想に呼応し、この内的・外的発展という二大構想を連結するための、四川省への投資である。

 シンガポールが四川に注力するのは、その単体での発展もさることながら、同省は西に青海省やチベットが広がる上、南には雲南省があり、その南にはベトナム、ラオス、ミャンマーなどの陸部東南アジア諸国が隣接している地の利がある。シンガポールには四川を軸として、従来の中国沿岸部とは異なる陸海の新しい経済・物流ルートを構築することで、ASEANと中国の連動性・経済関係の拡大を主導・推進したい思惑もある。

 このためシンガポールは、成都や重慶といった四川の主要都市との連携を進めるべく……

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
久末亮一(ひさすえりょういち) 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 開発研究センター 企業・産業研究グループ 副主任研究員。学術博士(東京大学)。香港大学アジア研究センター客員研究員、東京大学大学院総合文化研究科助教、政策研究大学院大学安全保障・国際問題プログラム研究助手などを経て、2011年から現職。主な著書に『評伝 王増祥―台湾・日本・香港を生きた、ある華人実業家の近現代史』(勉誠出版、2008年)、『香港 「帝国の時代」のゲートウェイ』(名古屋大学出版会、2012年)、『転換期のシンガポール――「リー・クアンユー・モデル」から「未来の都市国家」へ』 (日本貿易振興機構アジア経済研究所、2021年)がある。
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