医療崩壊 (76)

岸田政権は「西国リーダー・首都圏エリート」の「賞味期限」を克服できるか

執筆者:上昌広 2023年7月7日
タグ: 日本 岸田文雄
エリア: アジア
時代を築いてきた「西国のリーダー」だが、それを支える仕組みは賞味期限か(左から岸信介元総理、安倍晋三元総理、岸田文雄総理=写真は首相官邸HPより)
西国雄藩が東国諸藩を倒して成立した「西国出身のリーダーを首都圏出身のエリートが支える」という、明治政府以来の統治構造。一方にはそれへの反骨精神も存在したが、今、いずれも賞味期限を迎えている。

 安倍晋三元総理が亡くなって1年が経とうとしている。その在任期間を振り返り、私は、日本の統治構造は、明治以来変わらないと痛感する。それは、西国出身の政治リーダーを、首都圏出身のエリートが支えるというものだ。なぜ、こうなるのか。本稿で私見をご紹介したい。

総理は「人口2割」の西国から平成以降「18人中7人」

 政治リーダーについては、今更、言うまでもないだろう。平成以降、18人が総理大臣に就任したが、このうち7人は九州・中国・四国地方の選挙区から選出された政治家だ。7人に含まれない鳩山由紀夫、菅直人元総理も、一族は西国出身である。

 この地域の人口は約2500万人。我が国の人口の約2割に過ぎない。ここから、平成以降も半数近くの総理が選出されているのは異様だ。私は、日本最後の内戦である戊辰戦争の影響だと考えている。西国雄藩が、江戸幕府を中心とした東国諸藩を倒し、支配した。

 西国出身の総理の象徴が、安倍元総理だ。憲政史上最長の通算8年8カ月、総理の座にあった安倍元総理は山口県にルーツがある。注目すべきは、彼を支えた人材だ。

 官邸官僚として、安倍政権を支えた今井尚哉・和泉洋人総理大臣補佐官、杉田和博官房副長官、北村滋内閣特別顧問(いずれも当時)は、全員が東京大学出身だが、出身高校は、それぞれ宇都宮高校、栄光学園、浦和高校、開成高校である。

 安倍政権のブレインとしてアベノミクスを主導した浜田宏一エール大学名誉教授、NHKの安倍総理番として活躍した岩田明子氏も共に東京大学出身だが、出身高校は湘南高校、千葉高校だ。

 このような学校に共通するのは、明治から大正時代にかけて、政府が設立した首都圏のエリート養成校であることだ。筆者は、東京大学在学中に運動会剣道部に所属したが、千葉高校、浦和高校、湘南高校などの卒業生のほぼ全員が官僚となったのを見て驚いた。このような学校では、高級官僚になることが、成功モデルとされているのだろう。この伝統は、おそらく明治以来変わらない。

 例外は栄光学園(1947年にイエズス会が設立)と開成高校だ。ただ、開成高校も政府との距離は近い。同校は1871年に加賀藩出身の佐野鼎が共立学校(官立学校でなく民間という意味)を設立し、1878年に校長に就任した高橋是清が発展させた。高橋は幕府御用絵師の息子で、仙台藩の足軽の養子になるが、その能力を見込まれて米国に留学する。明治維新後は、薩摩藩出身で文部大臣などを歴任した森有礼や、土佐藩出身で日銀総裁などを務めた川田小一郎に引き立てられ出世した。高橋は、終生、彼らに感謝し続けた。高橋は有能な人物だが、決して政府を表立って批判しない。まさに、現在の開成高校の卒業生のイメージに相通じる。

明治政府に抑圧された地域から生まれた反骨の人物

 実は、明治時代、新政府に仕えず、人材育成に尽力した人物もいる。その1人が江原素六だ。幕末、幕府の講武所の教授方を務め、戊辰戦争では、幕府側の一員として戦った。明治維新以降は、徳川家に従って静岡に移り住み、駿東郡長を務める傍ら、自由民権運動に参画する。この江原が立ち上げたのが麻布学園だ。

 甲州にも同様の人材がいる。根津嘉一郎である。雑穀商や質屋を営む豪商の出身で、自由民権運動に参画する。根津が立ち上げたのが東武鉄道を中心とする根津財閥だ。さらに、武蔵中学・高校の前身である旧制武蔵高校を設立した。

 このような学校は、明治政府に批判的だ。現在も、その「伝統」は引き継がれている。麻布高校のOBには安倍政権と激しく対立した前川喜平・元文部科学事務次官、元経産官僚の古賀茂明氏、宮台真司・東京都立大学教授らがいる。

 武蔵中学・高校のある卒業生は、「中学校の入学式の日に検定教科書をもらって、その場で先生から、『政府が検閲した教科書は嘘ばかりなので使用しません。好きに処分してください』と言われたのでブックオフに売りに行きました」という。武蔵の卒業生には、政治家や官僚は少なく、社会活動家の湯浅誠氏などの独自路線をとる人物が目立つ。

 明治政府に抑圧された地域からは反骨の人物が生まれている。麻布、武蔵の存在は、日本の近代史抜きには語れない。このような事例は枚挙に暇がない。阪急電鉄の創業者である小林一三も甲州出身だ。政府に阿(おもね)ることなく、一代で巨大な事業を立ち上げた。

吉田松陰とその門下生への憧れ

 この小林と激しく対立したのが、安倍元総理の祖父である岸信介である。岸は、山口県吉敷郡山口町八軒家(現山口市)で生まれ、中学3年のときに婿養子だった父の実家の岸の姓を継ぐ。父の佐藤秀助は下級武士の出で、山口県庁に奉職後、酒造業を始める。山口県は政治の中心が山口市、商業の中心が下関市だ。山口県の地方都市の庶民の出といっていい。この岸が、東京帝国大学を卒業後、農商務官僚を経て、同郷の松岡洋右、鮎川義介とともに、強権的な手法で満州国を立ち上げる。

 何が、彼らを動かしたのか。それは「同郷の偉人である吉田松陰と門下生への憧れ」(山口県の元華族)だという。彼らの行動原理は、松陰の名言「諸君狂いたまえ」に象徴される。松下村塾の門下生たちは、英国公使館焼き討ち、奇兵隊設立、蛤御門の変、下関戦争、功山寺挙兵などを経て、明治維新へと導く。その間、多くが非業の死を遂げる。

 前出の元華族は、そのパワーの源を「ルサンチマン」という。幕藩体制で虐げられた庶民、下級武士の不満の爆発という訳だ。だからこそ、彼らには激しい闘争心があった。

ルサンチマンが行動力に昇華

 郷里の偉人を崇拝する感覚は、明治維新で近代日本の礎を築いた山口と鹿児島では格別だ。他の地域出身の日本人には理解できないかもしれないが、このような伝統は、現在も山口県出身者に引き継がれている。最近では、2021〜22年まで財務事務次官を務めた矢野康治氏がその典型だ。矢野氏は下関西高から一橋大学を経て、大蔵省に入省する。

 矢野氏を有名にしたのは、事務次官在任中の2021年10月、月刊誌に『財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」』を寄稿し、菅義偉政権を批判したことだ。現職の財務省事務次官が、公に政権を批判するなど、前代未聞だ。矢野は、その動機を文中で「やむにやまれぬ大和魂」と吉田松陰の言葉を引用して説明している。

 矢野氏は昭和60年入省。同期25人中22人は東大卒で、特に優秀な人材が揃っていることで有名な年次だった。一橋大卒の矢野氏は、主税畑を中心に傍流を歩むが、最終的に同期で唯一の財務省事務次官に就任した。そして、前述の発信へとつながる。ルサンチマンが行動力へと昇華する長州独特の人材と言っていい。

 では、やはり山口県にルーツのある安倍元総理のルサンチマンとは何か。私は出自だと思う。実は、安倍家は生粋の長州人ではなく、東北出身だ。その祖は、前九年の役(1051~1062年)で源頼義・義家らに敗れた。戦後、源頼義は伊予守に任ぜられ、その際、生き残りの安倍宗任を連れて行った。後に宗任は筑前に移り、一族は西日本に散らばった。

 安倍家も、このことを隠してはいない。安倍元総理の父である安倍晋太郎は『わが祖は「宗任」』という文章を公表している。安倍家の地盤が長門市で、第一次安倍政権で安倍元総理が推す候補が地元選挙で負け続けたのは、このような背景があると考えられている。長州の中で、決して安倍家は名門ではない。だからこそ、安倍元総理は強く、第一次政権の失敗から不屈の闘志で復活した。そして、長州に相応しい過激な保守政治家として振る舞った。

ルサンチマンなき「木戸孝允」に通じる長州出身の政治家

 ただ、長州の政治家が、全て過激派という訳ではない。例外の代表が木戸孝允だ。維新の三傑で、薩長同盟締結の立役者だ。蛤御門の変で戦火を交えた薩長の関係修復は、木戸なしではあり得なかった。「逃げの小五郎」として知られ、脱藩や切り込みなど命を懸けた行動とは縁遠い。維新の志士では珍しく、畳の上で亡くなっている。思想的にはリベラルだ。

 何が、彼をこのような人格としたのか。これも出自だ。木戸は長州藩の藩医である和田家の出身で、桂家の養子となった。和田家は豊かで、江戸遊学は自費だったという。木戸には下級武士独特のルサンチマンがない。

 現在、山口県で木戸に近い存在は林芳正氏だ。派閥を作らず、政争を避け、2021年の衆院転出も「周囲から説得され、重い腰を上げた」(関係者)。その政治姿勢は通産官僚から衆議院議員となり、大蔵大臣や自民党税制調査会幹部を歴任した父の林義郎に通じる。義郎は田中派に属したが、1987年の経世会結成による田中派分裂時に二階堂派に残り、その消滅後は宏池会に移籍した。芳正氏が宏池会に所属するのは、このような経緯があるからだ。林芳正氏が、「お公家集団」と揶揄される宏池会と肌が合うのも宜なるかなだ。

 林家は下関の醤油醸造業の大津屋やバス事業者サンデン交通を経営する富豪で、山口県内の最大の企業であるUBE(旧宇部興産)とも縁戚だ。ルサンチマンなどありようがない。そもそも権力志向が弱く、高校卒業時には、ピアノが得意なため、芸大進学を希望したくらいだ。父親の反対で東京大学に進路を変更し、三井物産などを経て、政界入りした。このあたりの雰囲気は木戸孝允に似ているが、林家は現に木戸家と縁戚であり、芳正氏は木戸家との交流が深い。木戸孝允の政治的な立ち位置を十分に理解しているはずだ。

今の枠組みは「賞味期限」

 宏池会は、創設者の池田勇人から、大平正芳、宮沢喜一、古賀誠、そして現在の会長である岸田文雄総理まで、山口県周囲の県選出の議員が多く会長を務めている。そのリベラルな姿勢は、岸信介から安倍晋三に至るまでの長州型保守主義への反発が込められているのだろう。

 このように考えれば、岸田政権の歴史的役割は、安倍政権で進んだ国家の分裂の修復だろう。岸田政権はここまで、開成高校出身のエリート官僚らに支えられながら、そのような役割を着実に果たしてきた。

 問題は、このような枠組みが「賞味期限」を迎えていることだ。全国から優秀な人材が東京に集い、中央集権的に日本をリードするやり方では、グローバル化した現在の世界を生き抜けない。どのような枠組みが適切なのか。当面は試行錯誤を繰り返すしかない。

 

カテゴリ: 政治 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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