溶解するアフリカ・サヘル諸国:終わりなき対テロ戦争とロシア・ウクライナ戦争の余波

執筆者:篠田英朗 2023年8月8日
クーデタ直後の7月30日、ニジェールを訪れたチャドのマハマト・デビ暫定大統領(左)と会談する、軍事政権トップのアブドゥラハマネ・チアニ将軍(右)[デビ暫定大統領のX(ツイッター)より]
マリ、ブルキナファソ、そして今回のニジェールへと続く仏語圏諸国での軍事クーデタは、テロ組織勢力による治安情勢の悪化と、それに対する中央政府や国際機関の無力さに起因する。今やサヘル地域は中東をしのぐ「対テロ戦争」の主戦場だ。そして出現した軍事クーデタ政権は、欧米がウクライナで掲げる「民主主義諸国vs.権威主義諸国」の構図に回収されず、他国の関与を拒絶している。

 7月26日、アフリカのニジェールで軍事クーデタが発生した。28日には、大統領警護隊トップを長く務めているアブドゥラハマネ・チアニ将軍が、軍が全権を掌握したことを国営テレビで発表した。モハメド・バズーム大統領は軟禁されているとみられる。

 アフリカの地域機構・準地域機構や有力諸国は、一斉にクーデタを非難した。しかしわずか2年ほどの間で近隣のマリ、チャド、ギニア、ブルキナファソに続いて発生した軍事クーデタだ。起こるべくして起こった、という印象を受けざるを得ない。

 長年のイスラム過激派勢力との軍事紛争を通じて、もともと脆弱だったサヘル諸国の中央政権の統治基盤はいっそう脆弱化していた。そこにロシアのワグネルが暗躍し、苛烈なテロ組織掃討作戦を展開させながら、旧宗主国であるフランスが主導する西側諸国との関係断絶を促す。欧米諸国の植民地主義をスケープゴートにしたがる民衆の感情が、扇動されてしまう。

 この衝撃は、フランスが旧植民地地域に対する影響力を低下させた、といった理解だけで終わるものではない。ニジェールは、フランスとアメリカが軍事駐留していた国だ。軍事クーデタに反発しているのは、ケニアのウィリアム・ルト大統領など比較的欧米諸国と良好な関係を維持しているアフリカの政権首脳だ。このクーデタは、欧米主導のサヘルにおける対テロ戦争の帰趨や、アフリカにおける欧米諸国の影響力の今後の行方に、大きく関わらざるを得ない。……

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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