《性的暴行で告発》王丹氏に退場を迫る中国民主化運動「脱中心化」の波

執筆者:中澤穣 2023年9月8日
エリア: アジア
2022年12月、東京の日本外国特派員協会で会見した王丹氏は、白紙運動と天安門事件は「若者が主導しているという点で似ている」と語ったが…… (C)EPA=時事
天安門事件の学生リーダーだった王丹氏が、去る6月に台湾人男性への性的暴行で告発された。中国の陰謀を疑う見方のほか、中国の民主化という目標に比べて性的暴行やセクハラは些細な問題だという主張もある。しかし若者を中心に王氏への批判は強い。日常生活における実践的な正義を重視する現代中華圏の若者にとって、民主化運動を率いてきた王氏とその支持者らは「家父長制の擁護者」という点で中国共産党と同類に映る。中国の民主化を求める動きが再び起きても、カリスマ的リーダーが大衆を導く旧来のスタイルではなく、香港での抗議運動や白紙運動のような「カリスマなき運動」となるだろう。

 

 1989年の天安門事件で学生リーダーだった王丹氏(54)が6月、男性への性的暴行で告発された。台湾で今年5月から突如盛り上がった#MeToo運動の一環だ。王氏を支持する立場からは「告発は中国共産党による政治的陰謀だ」という反論もあったが、一連の議論からはむしろ、中国の民主化運動を率いてきた王氏らの世代と、昨年11月の白紙運動に参加したような若い世代との隔たりが鮮明になった。

 王氏は日本でも有名な存在だろう。1989年6月4日に人民解放軍が民主化などを求めた学生らを武力弾圧した天安門事件で、当時北京大の学生だった王氏は、当局による指名手配リスト21人の筆頭にあげられた。事件後、二度にわたる投獄を経て、98年に米国に亡命した。その後は米国を拠点とし、後に記すように台湾の大学でも教鞭をとっていた。中国の民主化運動に人生を捧げてきた歴史的な人物といえる。主に国外から中国の民主化を目指す「民運圏」を代表する人物でもある。

告発された9年前の性的暴行

 私が初めて王氏を目にしたのは、天安門事件から30年を控えて台湾で開かれた討論会だった。穏やかで理知的な王氏の一言一句に、聴衆が吸い込まれるように耳を傾けていたのが印象に残る。先の指名手配リストで2番目のウアルカイシ氏がボリュームのある声で聴衆に訴えかけていたのとは対照的だ。89年当時と比べて明らかに肉付きのよくなった2人がなおも中国の民主化を熱く訴える姿に、30年の歳月を感じるとともに、深い敬意を抱かずにはいられなかった。

 その王氏からの性暴力を訴えたのは、無所属の台北市議会議員の秘書だった男性李元鈞氏だ。天安門事件から34年の節目を控えた今年6月2日、王氏による9年前の性的暴行をSNSで告発した。さらに同4日には記者会見も開いて詳細を語った。

 投稿や記者会見によると、当時19歳だった李氏は、王氏から「見聞を広める」ため2014年6月4日前後の約1週間の予定で一緒に米国に行かないかと誘われた。社会運動に身を投じて日が浅かった李氏は同年に王氏の知己を得たばかりで、「あこがれの有名人による招きに惹かれた」という。米国には李氏と王氏のほか、王氏の秘書が同行した。

 そして同年6月6日の夜、李氏はニューヨークのホテルの部屋で二人きりになった際に窓際に来るように誘われ、後ろから無理やり抱きつかれてキスをされた。さらにベッドに押し倒されたが、李氏は「肛門の手術をしたばかりだ」などといってその場を逃れたという。異国の地で知り合いもなく、警察に届けることもできず、この一週間は「最も怖ろしかった時間」と振り返った。

 王氏は、李氏が投稿した今年6月2日、すぐさまSNSで「セクハラの事実はない」「私の政治活動はいかなる影響も受けない」などと反論した。同日には、ニューヨークで天安門事件記念館の開館式に出席した。この開館式は日本でも報道されたが、同じタイミングでのセクハラの告発はほとんど報じられていない。

 李氏は王氏に求めていた謝罪が得られなかったとして、刑事事件として司法手続きを始めた。王氏も「法律的な方法で真相を求めることを支持する」と受けて立つ構えだ。一方、台湾の清華大は同4日、9月から再開が予定されていた王氏の授業を取り消すと発表した。王氏は同大の客員教員として通算10年近く教壇に立ってきた。王氏側からも辞退の申し入れがあったという。

「古い家父長制の女性観は共産党と同じ」

 本家米国より数年遅れで今年5月に台湾まで到達したMeToo運動の波は、政治分野から始まったのが特徴だ。台湾メディアによると、台湾政界を舞台にしたテレビドラマ「WAVE MAKERS―選挙の人々」でセクハラが描かれたのをきっかけに、与党民主進歩党や最大野党国民党の職員などがセクハラ被害を次々と訴えでて、その後は政界以外にも広がった。

 李氏も、この流れに背中を押されて告発に踏み切ったという。さらに王氏への告発は李氏一人で終わらなかった。

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カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
中澤穣(なかざわみのる) 1977年生まれ。東京新聞外報部デスク。早稲田大学政治経済学部卒、一橋大学言語社会研究科修了。東京新聞社会部(司法担当)や中国総局長などを経て現職。
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