中国製EV「コスパと黒衣」の米市場戦略に勝算は?

執筆者:岩田太郎 2023年10月19日
タグ: EV 中国 アメリカ
エリア: アジア 北米

浙江吉利控股集団傘下のボルボ・カーズ(スウェーデン)はEVのコンパクトSUV「EX30」を投入、テスラ「モデル3」と価格競争を繰り広げている (C)時事

中国の金額ベースの自動車輸出は、すでにEV(電気自動車)が過半を占める。関税と補助金のハンデを低価格とコスパで乗り越える中国勢は、米国市場でも一定の成功を収めるだろう。さらには、ファーウェイの自動運転技術などを核にして、「黒衣」的に次世代自動車の主導権を握る動きも静かに実績を上げている。ただし、米中間に横たわる安全保障問題は容易に解消できない巨大な壁だ。

 中国製のEVが世界を席巻している。中国海関総署(税関)の通関統計によれば、2023年上半期の中国の自動車輸出台数は234万1000台と、日本自動車工業会が発表した日本の輸出台数の202万3000台を抜き去り、世界最大の自動車輸出国に躍り出た。この期間においてEVは中国の自動車輸出数量の3分の1に過ぎなかったが、金額ベースでは52%と、EV輸出で儲ける構造が明確になってきた。

 こうした状況の下、トランプ前政権時代に設定された高率の対中自動車関税にもめげず米国市場を目指す中国EV・コネクテッドカーメーカーは、①中国資本が買収した欧州自動車企業を足掛かりに、「欧州車」として中国EVを米国に輸出する、②「黒衣」として、EVそのものではなくテクノロジー規格の世界覇権を狙う、③まずバスやトラックなどの大型商用車で評価を得て、満を持して乗用車販売に乗り出す、などの戦術で攻略すると報じられている。

 米国における中国EVメーカーの勝算はあるのだろうか。

高関税・補助金ナシでも「テスラと同等の競争力」

 日本のメディアでは、中国EV最大手の比亜迪股份有限公司(BYD)の日本進出のニュースでもちきりだ。中でも完成度が高く、しかも安価だと評判のコンパクトモデル「ドルフィン」は日本政府の補助金を活用できた場合、下位グレードの航続距離400キロのモデルが普及の目安とされる300万円を切る見通しとあって、日本の自動車メーカーにとり大きな脅威となるとの論調が支配的だ。

 一方、太平洋を隔てた米国では事情が異なる。保護主義的なトランプ前政権が中国から輸入される完成車に27.5%という制裁関税を課し、尚且つそれをバイデン現政権が継承しているため、低価格やコストパフォーマンスが武器の中国製EVにとっても攻めにくい市場なのである(ちなみに日本車欧州車に対しては税率2.5%、韓国車は無関税)。

 加えて、米中関係が経済安全保障をめぐって緊張する中、ピート・ブティジェッジ米運輸長官が7月に、自動運転をはじめとするモビリティ関連の交通テクノロジーに関して、「ソフトウェアかハードウェアかを問わず、米国市場に参入する中国企業には安全保障の懸念がある」と発言した。

 ただでさえ中国製EV・コネクテッドカーのデータ取り扱いに対する目は厳しさを増しているため、欧州や東南アジア市場を席巻し始めたBYDが、その「メイド・イン・チャイナ」ブランドを米国で前面に押し出してマーケティングを行うのは困難が伴う。そのためか、同社の王伝福会長は3月に「現在のところ米国の乗用車市場参入は考えておらず、まずは(バスやトラックなどの)商用EV販売に集中する」と明らかにしている。

 しかし、高関税や安保問題がある中でも、別の中国製EVがこの夏米国でデビューして話題となっている。中国共産党の政策立案者との深い関係指摘される李書福会長の下、2010年に浙江吉利控股集団(ジーリー)の傘下となったスウェーデンの老舗メーカーであるボルボ・カーズの世界市場向けモデルEX30」だ。

 最も安いシングルモーターの2025年モデルは3万4950ドル(約524万円)から性能に応じて3種用意され、最も高いツインモーターは2種類、最上位モデルが4万6600ドル(約698万円)となっている。

 米国のEV新車の平均価格は世界的な供給不足などの原因で2022年8月に6万5688ドル(約984万円)まで高騰したが、2023年8月には一転して需要の伸びの減速や供給過多のため5万3376ドル(約800万円)へと200万円近くも下落した。しかし、これだけEV新車価格が下がってもまだ庶民には手が届きにくく、米国におけるEV普及の目安は3万5000ドル(約524万円)未満の値付けだ。

 ボルボのEX30が米国で注目されるのは、27.5%という高関税をかけられてなお、最も安い仕様が消費者の心理的なバリアである3万5000ドルを切っているからだ。

 裕福なアーリーアダプター(初期導入層)のEV需要が一巡した後、米乗用車ディーラーでは10月初頭に、需要が高いガソリン車の在庫が平均で2カ月分を切り52日分まで圧縮される中、EV在庫は7月初旬にピークの111日分まで積み上がり、10月初旬に97日分まで縮小したと、米自動車業界分析企業のコックス・オートモーティブが発表した。高価なEVに対する需要は勢いを失いつつある。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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