2023年9月19日、アゼルバイジャンはアルメニアとの係争地ナゴルノ・カラバフに対する「対テロ作戦」を開始し、同地の非承認国家である「ナゴルノ・カラバフ共和国」(「アルツァフ共和国」)はわずか1日で停戦、すなわち事実上の降伏を宣言した。アゼルバイジャン政府側の要求である武装解除と重兵器の引き渡しにも合意がなされ、同月28日、サムヴェル・シャフラマニャン「アルツァフ共和国大統領」は、「全ての国家機関及びその下位に属する組織を2024年1月1日までに解散し、ナゴルノ・カラバフ共和国は、消滅する(ceases to exist)」ことを宣言した。
ソ連末期から30年以上に渡って大小多数の紛争が発生していた係争地問題は、今回のアゼルバイジャンの「勝利」を以てひとつの節目を迎えた。しかしなぜ「今」だったのか、そして今後南コーカサス地域を巡ってどのような状況が生まれ得るのだろうか。
「局地的対テロ作戦」直前の当事者・関係国の状況
2020年に発生した44日間に亘る第2次ナゴルノ・カラバフ紛争の結果は、アゼルバイジャンとアルメニアの両国にとって不満な結果に終わった。第1次紛争で獲得した実効支配地域の大部分を奪還される形となったニコル・パシニャン・アルメニア首相は政治的にさらなる譲歩や敗北が許されない状況に追い込まれ、ザンゲズール回廊(後述)の開通に向けナゴルノ・カラバフ問題に終止符を打ちたかったイルハム・アリエフ・アゼルバイジャン大統領もまた、完全な勝利を得ることはできなかった。
アゼルバイジャンにとってのナゴルノ・カラバフを巡る戦いは、領土一体性回復の戦争であるのみならず、アリエフの政治的立場、そして域内のリーダーシップをかけた戦争であるといえる。対してアルメニアにとっては、ナゴルノ・カラバフ問題の解決は、その管理権を得たいというよりも、国際場裡における不安定要因を取り除き、紛争を背景とするロシア依存から脱却するための戦いであったと言えよう。
今回なぜアゼルバイジャンがこの時期を選んだのか、ということを理解する上では、「作戦」開始直前の両国及びその周辺国、そして西側諸国の状況や姿勢を見ていく必要がある。……
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。