ナゴルノ・カラバフの「平定」と消滅:なぜ今、アゼルバイジャンは行動したのか

執筆者:田中祐真 2023年10月26日
タグ: 紛争
エリア: ヨーロッパ

領土の一体性回復は国際法の観点から全く正当。ただし……[ナゴルノ・カラバフの中心都市ステパナケルトで、アゼルバイジャン国旗を掲げるアリエフ大統領=2023年10月15日](C)AFP=時事 / AZERBAIJANI PRESIDENTIAL PRESS OFFICE

民族主義的プロパガンダに頼るアゼルバイジャンのアリエフ大統領が、人心を掌握するために再度のエスカレーションを狙う可能性も排除できない。カスピ海からトルコまで繋がる物流ルートの重要ポイント、ザンゲズール回廊の国際管理をめぐる交渉は紛争再開のリスクを測る一つの指標に。

 2023年9月19日、アゼルバイジャンはアルメニアとの係争地ナゴルノ・カラバフに対する「対テロ作戦」を開始し、同地の非承認国家である「ナゴルノ・カラバフ共和国」(「アルツァフ共和国」)はわずか1日で停戦、すなわち事実上の降伏を宣言した。アゼルバイジャン政府側の要求である武装解除と重兵器の引き渡しにも合意がなされ、同月28日、サムヴェル・シャフラマニャン「アルツァフ共和国大統領」は、「全ての国家機関及びその下位に属する組織を2024年1月1日までに解散し、ナゴルノ・カラバフ共和国は、消滅する(ceases to exist)」ことを宣言した。

 ソ連末期から30年以上に渡って大小多数の紛争が発生していた係争地問題は、今回のアゼルバイジャンの「勝利」を以てひとつの節目を迎えた。しかしなぜ「今」だったのか、そして今後南コーカサス地域を巡ってどのような状況が生まれ得るのだろうか。

「局地的対テロ作戦」直前の当事者・関係国の状況

 2020年に発生した44日間に亘る第2次ナゴルノ・カラバフ紛争の結果は、アゼルバイジャンとアルメニアの両国にとって不満な結果に終わった。第1次紛争で獲得した実効支配地域の大部分を奪還される形となったニコル・パシニャン・アルメニア首相は政治的にさらなる譲歩や敗北が許されない状況に追い込まれ、ザンゲズール回廊(後述)の開通に向けナゴルノ・カラバフ問題に終止符を打ちたかったイルハム・アリエフ・アゼルバイジャン大統領もまた、完全な勝利を得ることはできなかった。

 アゼルバイジャンにとってのナゴルノ・カラバフを巡る戦いは、領土一体性回復の戦争であるのみならず、アリエフの政治的立場、そして域内のリーダーシップをかけた戦争であるといえる。対してアルメニアにとっては、ナゴルノ・カラバフ問題の解決は、その管理権を得たいというよりも、国際場裡における不安定要因を取り除き、紛争を背景とするロシア依存から脱却するための戦いであったと言えよう。

 今回なぜアゼルバイジャンがこの時期を選んだのか、ということを理解する上では、「作戦」開始直前の両国及びその周辺国、そして西側諸国の状況や姿勢を見ていく必要がある。……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
田中祐真(たなかゆうま) 東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院博士前期課程人文社会系研究科修了。2017年5月より2020年3月まで在カザフスタン共和国日本国大使館専門調査員、2020年4月より独立行政法人国際協力機構(JICA)東・中央アジア部専門嘱託を務めた後、2022年8月より在ウクライナ日本国大使館専門調査員。2023年9月より現職。
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