台湾初の国産潜水艦に中国が感じた脅威の実相

執筆者:山本勝也 2023年11月1日
タグ: 台湾 中国
エリア: アジア
台湾の潜水艦建造に西側各国が協力したことは、中国の「オウンゴール」の結果と言える[台湾南部・高雄で公開された「海鯤」](C)AFP=時事
蔡英文政権成立後から始まったとされる台湾の国産潜水艦建造計画は、今年9月、ついに1番艦の進水式にこぎつけた。「中国による東部太平洋への海洋進出を封じ込めるための要」を自任する台湾が新たな意志表明をした形であり、中国が軍事的脅威を認識していることは間違いない。米・英・豪・韓など少なくとも7カ国に及ぶ協力国の動きを阻止できなかった打撃はそれ以上に大きいだろう。ただし、日本にとっては台湾海軍との連携に新たな課題も投げかけている。

 台湾初となる国産潜水艦の進水式が2023年9月28日に、蔡英文総統臨席の下、高雄の造船所で行われ、この潜水艦は「海鯤」と命名されたことが、台湾内外に向け華々しくアピールされた。「鯤」とは中国古代の想像上の動物で北方の大海にすむ巨大魚であるらしい。台湾海軍ではこれまでも「海龍」「海虎」「海獅」「海豹」というふうに、「海+生物名」といった名づけられ方がされている。

 進水式とは一般的には船体がおおむね完成して水に浮かべることができる状態になった段階で行われるものであり、その後、武器を含む様々な装備が施され、実際に就役して軍艦としての活動ができるようになるまでには様々な性能試験を経る必要がある。報道によれば就役は2025年となるらしい。

 就役までまだ2年近い月日があるにもかかわらず、今このように報じられる理由は、年明けに迫った総統選挙を意識したものであることが容易に想像できる。さらにロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにした今日、多くの国の指導者や軍隊及び国民は、侵略を受けた者が国際社会の支持と支援を得るためには、まず自分自身の防衛努力が必要であることをあらためて理解したはずであり、今回の公開はまさに国際社会に対する台湾の強い意思表明であると言えよう。

第1列島線の東側で活動する中国海軍に脅威

 今回進水した潜水艦の詳細はいまだ公表されていないが、ジェーンズなどの資料によれば、全長約 70 メートル、全幅約 8 メートルで、排水量約 2700 トンと見込まれており、海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦に相当する大きさの艦艇であることがイメージできる。また艦尾の舵の形がXの形状をしたいわゆる「X舵」であることが、「そうりゅう」型以降の海上自衛隊の潜水艦を彷彿させるが、X舵は必ずしも日本独自のものでなく、「そうりゅう」型以前からスウェーデンなど欧州の海軍で広く採用されており、「おやしお」型潜水艦などの垂直舵と水平舵からなる方式に比べて、機動性・冗長性に優れているとされている。

 さらに米ロッキード・マーチン社の戦闘システムを採用するとともに、潜水艦や水上艦艇をターゲットにする米国製のMk48魚雷の搭載が予定されている。また後続の建造計画ではハープーン対水上艦ミサイルを搭載するとも言われており、台湾の周辺海域の特性と対水上艦艇攻撃を重視した潜水艦であることが分かる。

 現在、台湾海軍では4隻の潜水艦を保有しているが、そのうち2隻は1940年代に米国で建造され1970年代に一旦退役したものを再就役させたものであり、老朽化が激しい。また残りの2隻も1980年代にオランダから購入したものであり既に就役から30年以上を経過している。台湾はこの「海鯤」をプロトタイプに計8隻の潜水艦の建造を計画している。計画通りにいけば台湾周辺海域、特に、台湾の南北を抜けて第1列島線の東側で活動しようとする中国海軍の艦艇部隊にとっては煙たい存在になることは間違いない。

 潜水艦の最大の特徴はその隠密性にある。したがって、8隻が揃うのを待たずとも、わずか1隻の潜水艦が中国海軍の関心のある海域に「いるかもしれない」という不確かな状況だけで中国海軍艦艇部隊の活動にとって十分に脅威となるのである。

 9月28日、進水式の日に即座に中国国防部の報道官が「解放軍の太平洋進出を阻止しようなどとは戯言である」と反応したことはその裏返しであるとも言えよう。

80年代と違い、中国の干渉が功を奏さなかった

 今回の潜水艦建造は、軍事的な脅威にもまして国際政治の上で中国にとって大きな脅威を感じさせたと言えよう。端的に言えば、先進的な潜水艦建造能力を有する諸国による台湾への協力を、中国が阻止することができなかったという厳然とした事実である。

 1980年代、台湾は今回と同様に友好国などの協力を得て潜水艦能力の向上に取り組んでいた。それは現在保有している2隻の潜水艦を含むオランダからの調達計画であったが、中国の干渉によって当時のオランダ政府は3隻目以降の契約を許さず、また搭載するはずだった魚雷についても米国をはじめ関係国の協力が得られずに当初計画は頓挫した。

 今回の建造計画は、蔡英文政権が誕生した2016年に開始したといわれているが、当然、中国から関係諸国政府や企業に対して前回と同様に政治的、経済的など様々な働きかけがあったことは想像に難くない。しかしロイターが2021年に報じた内容が正しければ、台湾は、米国、英国、オーストラリア、韓国、インド、スペイン、カナダを含む少なくとも7カ国から技術、部品、人材を密かに調達してこの建造計画を進めてきたとされている。つまりは少なくともこれら7カ国に対する中国の干渉は功を奏さなかったということである。

 協力国にとっては、近年の国際社会における態度や台湾海峡における言動など様々な要因により、中国に対する脅威認識が高まり、北京からの甘言に耳を貸さなかったということであろう。また、中国の圧力をはねのけてまでも協力することにメリットを感じたとも言える。特に、民間企業による協力である以上、企業にとっては商業的にメリットがなければ成立しない。

 以前であれば、中台のバランス、中国の圧力に忖度して、自国の企業が台湾の潜水艦建造に協力したなど、たとえそれが憶測記事であれ、関係国政府は相当程度中国に配慮せざるを得なかったであろう。日本、ノルウェー、豪州などへの経済制裁など過去の事例を見れば明らかである。

 そうした中国からの圧力の手法が以前と変わらないにもかかわらず、各国の対応がこのように変化したことは、ひとえに中国に対する脅威認識が一段上がったが故である。潜水艦に関する技術は各国にとっても最も機微な情報であり、今回の協力がたとえ民間ベースであったとしても、少なくとも政府レベルの黙認と経済界を含む社会の理解がなければできなかった。

 9月に台湾国防部が公表した「国防報告書」において、台湾は自身の国際的価値を「中国による東部太平洋への海洋進出を封じ込めるための要」であり、政治的にも「権威主義と対峙する民主主義の最前線」にあり、歴史的にも「台湾海峡のみならず国際社会の岐路にある」と強調している。各国及び企業による今回の協力はまさに国際社会が台湾海峡問題を自らの課題であると理解している証左である。

 要するに今回の潜水艦建造に対する各国の協力は、中国のオウンゴールの結果であるとみることが適当であろう。つまりは、習近平政権の出方如何によってはさらにそして公然と、協力・連携の方向に進むことも想像に難くない。習主席次第だということだ。

日本にはどのような影響があるのか

 では、今回の台湾の潜水艦建造は日本にとってはどのような影響があるのか。

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
山本勝也(やまもとかつや) 笹川平和財団主任研究員。専門分野は海洋安全保障、中国の軍事戦略。防衛研究所教育部長。元海将補。防衛大学校卒業。中国人民解放軍国防大学修了、政策研究大学院大学(修士)。護衛艦しらゆき艦長、在中華人民共和国防衛駐在官、統合幕僚監部防衛交流班長、海上自衛隊幹部学校戦略研究室長、アメリカ海軍大学連絡官兼教授、統合幕僚学校第1教官室長、防衛研究所教育部長等を歴任、2023年退官。同年4月より現職。
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