10月から続くイスラエルとハマースの間の大規模な衝突は、過去のものになったと思われていたアラブ対イスラエルの構図を国際社会の表舞台に再度引き上げた。戦端を開いたのはハマース側であるにもかかわらず、アラブ諸国はこぞって問題の根源はイスラエルにあると追及し、各国ではイスラエルへの怒りとパレスチナとの連帯を叫ぶ大衆による抗議活動が起きている。
しかし、アラブ諸国の対応は第五次中東戦争を予期させるようなものではなかった。ハマースと同調したのは、レバノンのヒズブッラーやイエメンのフーシー派といった準国家主体のみであり、その参戦規模も全面的な介入とは言い難い。また、イランが呼びかけているような、イスラエルとの国交断絶や石油の禁輸、経済制裁といった措置についてもアラブ諸国は慎重な姿勢を示し続けている。
なぜアラブ諸国はイスラエルを強く批判しながらも厳しい対応を避けているのか。それを探る手掛かりとして、2020年のアブラハム合意以降、イスラエル・パレスチナとの関係がアラブ諸国、特にサウジアラビア、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)の論壇でどのように扱われてきたかを簡単に整理して見てみたい。
ご賢察のとおり、大半のアラブ諸国は言論の自由が著しく制限されており、メディアで論じられていることをそのまま世論の声だと鵜呑みにすることはできない。従って、アラブ・メディアで論じられていることを分析する際には、どの国が出資しているメディアなのか、その国が置かれている国際関係・政治環境はどうなっているのか、執筆者の属性は何なのかを一つ一つ確認しながら、そこから透けて見える政府の「本音」を大掴みで探る作業になる。
国交正常化を擁護するサウジアラビア
アブラハム合意は、1979年のエジプト、1994年のヨルダンに続き、26年ぶりにUAE、バーレーン、モロッコ、スーダンのアラブ諸国4カ国がイスラエルと国交正常化を決定した、画期的な外交合意であった。一方で、同合意は仲介した米国政府がパレスチナ政府と調整を図ることなく進めたこともあり、パレスチナを見捨てるものだとの批判が募った。
注目されたのはサウジアラビアの論壇の動きである。アラブ世界でもっとも読まれている新聞の一つである汎アラブ紙の『シャルク・アウサト』(サウジアラビア資本)にて、同紙の元編集長であり、サウジアラビアの著名な論客であるアブドゥルラフマーン・ラーシド氏は、「UAEとイスラエル」と題する論稿をUAEとイスラエルの国交正常化が発表された翌日のオピニオン欄にて発表した。
「国連に加盟する世界193カ国のうち163カ国がイスラエルを国家承認している。この数字を見るだけで、一昨日(ママ)に起きたことが深刻なものではないことが分かるだろう」との書き出しで同論稿は始まる。アブドゥルラフマーンは、パレスチナ問題において決定権を持つのはアラブ諸国ではなくパレスチナ人のみであるとしつつ、その一方で「全てのアラブ諸国は、自国の国際関係に関してこれと同様の権利を有しており、その中にはイスラエルとの関係も含まれる」と国交正常化に踏み切ったUAEを全面的に擁護する。
アブドゥルラフマーンはさらに……
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