岸田総理の解散戦略を占う「電撃訪朝」「茂木潰し」「静岡県知事選」

執筆者:永田象山 2024年5月14日
タグ: 岸田文雄
エリア: アジア
外務省幹部は総理の電撃訪朝について「あり得ない」と完全否定しているが……[都内で全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会に出席した岸田総理=2024年5月11日](首相官邸HPより)
自民党は4月の補欠選挙で3敗を喫し、保守王国の島根においても歴史的大敗で議席を失った。それでも与党関係者が「岸田さんは座して死を待つようなことはしない」と語るように、これまで独断専行を繰り返してきた岸田総理が、今国会中に解散総選挙に踏み切るとの憶測は消えない。外交でのサプライズと政治改革を利用したライバル潰しも囁かれる中、次なる焦点は5月26日の静岡県知事選に移っている。

 4月28日に行われた衆議院の東京15区、島根1区、長崎3区の補欠選挙。自民党は唯一、独自候補を立てた島根1区でも立憲民主党の亀井亜紀子に大差で敗れ、東京、長崎の不戦敗も含めて事実上3敗を喫した。竹下登元総理や“参院のドン”とよばれた青木幹雄元自民党参院会長らが輩出した島根県では、1996年の小選挙区制度導入以来、自民党以外の候補が衆院選で勝利したのは今回が初めてのことだった。

 しかも、亀井亜紀子の得票8万2691票に対し、自民の錦織功政が獲得した票は5万7897票。NHKはじめテレビ各社が、投票締め切り直後の午後8時過ぎに相次いで「亀井当選確実」を報じるほどの大敗であった。自民党総裁である岸田文雄総理は大きなダメージを負うことになった。

岸田「自民党の政治資金の問題が大きく重く足を引っ張ったことについては、候補者に対しても、地元で応援して頂いた方々に対しても申し訳なく思っている」(4月30日)

 歴史的大敗から2日後、岸田総理は疲れ切った表情で、自民党の派閥裏金事件が大敗の要因であることを認めた。

 この報道陣とのやりとりを見た自民党関係者の1人は「岸田さん本当に参っているな。生気が失せているよ」とこぼした。また別の自民党幹部は「岸田さんは解散なんてもう考えないだろう」と述べ、「岸田による衆院の解散総選挙はできない」という観測が与党内に一気に広がった。

島根でも繰り返された総理の「独り決め」

 確かに岩盤の選挙区=島根で大敗した岸田は意気消沈というのがいまの姿であろう。また自民党の執行部でも茂木敏充幹事長のように距離を置く勢力も多数存在する中で、岸田が解散総選挙に打って出るのは至難の業であることは間違いない。

 しかし、岸田と長く付き合ってきた自民党関係者はまだ警戒を緩めない。

自民関係者「あの人は他人の言うことを聞かない。大切なことは全て自分1人で決めようとする。いまは大人しくしていても何かの拍子で風向きが変わることだってある」

 この選挙期間中も岸田の“独り決め”を印象づける出来事があった。

 投票日2日前の26日(金)午後。自民党本部は突如、慌ただしい空気に包まれた。岸田が選挙戦最終日の27日(土)に自民候補の錦織を応援するため「島根入りしたい」と言い出したのだ。すでにこの時点で自民党は島根の負けを覚悟していた。その島根に1度ならず2度も現職の総理が入って負けたら(岸田は21日にも島根入りしている)「岸田が負けた」という印象が強くなることから、党幹部の多くは島根入りには反対だった。

 また総理が応援に入るとなれば、演説会場に党員や地元関係者の動員をかけなければならない。地元警察も警備体制を厳重に組む。去年4月の補選では岸田が和歌山に応援に入った際、20代の男が殺傷能力のある爆発物を投下する襲撃事件が発生したことから、警察も警備体制を強化している。岸田の“思いつき”ともとれる島根行きに多くの人が振り回される格好となった。

自民関係者「岸田さんの性格はまさに今回の島根行きが物語っている。周りが反対しても自分が“こうだ”と思えば実行する。派閥の解消の時と同じ。だから解散だってわからない」

 そもそもなぜ岸田が解散にこだわるのか改めて整理してみたい。

 岸田は9月に自民党総裁任期を迎える。つまり総裁選挙を行わなければならない。一方、衆議院議員の任期は来年の10月であるから、もし岸田がこの通常国会(会期末は6月23日)の会期中に解散を決断しなければ、総裁選挙後に解散総選挙の見通しが一気に強まる。

 その場合、総裁選で候補者に一番求められるのは「総選挙に勝てる候補」ということになる。保守王国島根に2度も応援に入ったにもかかわらず、結果は立憲の候補に約2万5000票の差をつけられ大敗した岸田に、多くの所属議員・党員がそっぽを向くのは必至だ。

与党関係者「岸田さんは座して死を待つようなことはしない。きっと局面打開を図ってくるだろう。場合によったら北朝鮮訪問だってやりかねない」

 去年3月、岸田はヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と首脳会談を行うためウクライナへの極秘訪問を敢行し、支持率を回復させた。今回も岸田がかねてから意欲を示す北朝鮮訪問など、世間の耳目を集めるサプライズを演出する可能性もあり得るというのだ。

 外務省幹部は、複数の拉致被害者の帰還など目に見える成果の目算が立たない限り、岸田の電撃訪朝は「あり得ない」と完全否定している。しかし、岸田本人は「日朝間の諸懸案を解決し、ともに新しい時代を切り開いていく観点からの私の決意を先方に伝え続けていきたい」と、訪朝=金正恩総書記との首脳会談への意欲を繰り返しアピール。周辺も「総理は本気。訪朝についてはいろいろ(水面下で)動いている」と思わせぶりだ。岸田は今月下旬にソウルで日本・中国・韓国の首脳会談(日中韓サミット)への参加を予定している。その前後に訪朝に向けた動きが表面化するのではと、政界は岸田の動きを注視している。

幹事長に汚れ役を押し付け、独断で野党と妥協も?

与党幹部「総理は(政治資金規正法の)改正案をやり遂げるだろう」

 外交面で注目されるのが北朝鮮であるのに対し、内政ではやはり政治とカネの問題にどうけじめをつけるのかに注目が集まっている。後半国会の一番の焦点は政治資金規正法改正だ。

 5月6日にフランス、ブラジル、パラグアイへの外遊から帰った岸田は動いた。羽田からそのまま総理公邸に入ると、政治資金規正法改正の自民党案の作成に携わる実務者と会談した。

岸田「政治資金規正法の改正については、きのう実務者と会い、自公協議は幹事長のもとで、今週中にも取りまとめを行うよう協議加速を指示した」(5月7日)

 立憲民主、日本維新の会、共産、国民民主の野党4党は、「使途が不透明」とされてきた議員に渡される政策活動費の開示、企業・団体献金の禁止、「連座制」強化の3点を求めている。これに対して自民党は、政策活動費について公開する方針を示しているが、その公開の方法については項目ごとに金額を表示する方式を主張するなど「完全公開」に後ろ向きで、企業・団体献金の廃止に至っては拒否する構えを崩していない。世論は自民党の政治資金規正法改正に取り組む姿勢について「本当に(裏金事件を)反省しているのか」などと厳しい。与野党協議を巡って自民党内からはこんな見方が出ている。

自民関係者「岸田さんが幹事長をとりまとめ窓口に指名したのはある意味当然ではあるが、茂木さんにとっては迷惑な話だろう」

 つまり岸田は、島根の補選を小渕優子選対委員長らに任せて、自分は党内の若手と飲み会を頻繁に行い総裁選に向けた準備に余念のない茂木に、誰が見ても損な役回りを押しつけてパワーダウンを狙おうというのだ。

自民関係者「この国会の最終盤は政治資金規正法改正をどうするかに集中する。おそらく野党側は(企業・団体献金廃止など)高めのボールを投げてくるだろうから、自民党はどうしても逆風に苛まれる。野党との折衝に苦しむ茂木さんを尻目に、岸田さんが野党の言い分を呑むことだってありうる」

 常套手段化している岸田総理の“たった1人の決断”が与野党協議でも行われ、野党側の言い分の多くを呑んだ上で法改正を成果に解散に踏み切ることも、可能性としてゼロではないとこの自民関係者は警戒感を強める。

 そして今月、岸田の解散戦略の行方を占う選挙がある。

大臣経験者「岸田にとって静岡県知事選挙は重要になってくるだろう」

 今月9日(木)に告示された静岡県の知事選挙。自民党は元総務官僚で元静岡県副知事の大村慎一を推薦し、立憲民主党と国民民主党が推薦する前の浜松市長・鈴木康友と与野党対決を行うことになった。

 前出の与党の大臣経験者はこの選挙の持つ意味について次のように説明する。

大臣経験者「補選では確かに負けたが、ちょっとした弾みで流れは変わる。静岡(知事選)はいい勝負になるかもしれない。もし自民の候補が勝利した場合、岸田は“いま解散すれば与党で過半数は十分確保できる”と判断するかもしれない」

 静岡知事選の投開票は26日(日)。そこで自民の推薦候補が立憲、国民の推薦候補に勝てば、「解散できる環境」と岸田が判断することは十分考えられる。

 自民党関係者によれば、静岡には地元選出の国会議員で「ポスト岸田」の1人とにわかに注目を集めている上川陽子外務大臣などが応援に入る準備を進めている。

 訪朝、政治資金規正法改正、そして静岡県知事選――。外交・内政・選挙と異なる分野の課題に取り組みつつ、岸田はどういった解散戦略をひねり出そうとしているのか。

(敬称略)

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
永田象山(ながたしょうざん) 政治ジャーナリスト
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