
【前回まで】江島元総理と南郷が待つ上野へ向かう車中で、都倉防衛大臣は二重底に隠したスマホを取り出した。中国国家安全部の劉唯から、接触を求めるメールが届いていた。
Episode6 一世一代
18(承前)
大臣就任以来、日本の異常性を痛感する日々が続いている。
自衛のために配備している武器のほとんどは、使われないまま耐用期限が過ぎ、新しい物と入れ替わる。戦争というリスクに対する掛け捨ての損害保険のようなものだ、とある防衛幹部に言われたことがある。
言い得て妙だと思う一方で、外国から攻め込まれた時に、日本は本当に自衛できるのだろうかと考えると、心もとない。
周囲を海に囲まれた海洋国家は、陸続きで国境を接している多くの諸外国と比べれば、安全度は高いという。
しかし、日本の周囲は「危ない国」ばかりだ。北西にロシア、西に朝鮮半島、さらにその背後から南西に向けては中国がいる。太平洋が隔ててはいるが、東隣はアメリカだ。
武力行使を辞さない軍事大国に囲まれている日本の立地は、見方次第では世界最悪と言える。
だが、国民は言うに及ばず、政治家ですら、日本が戦火に巻き込まれることを想定していない。
防衛省に至っても、どこまで本気か分からない。
戦争をするためではなく、戦争に巻き込まれないために、日本はもっと防衛力を強化すべきだ――。そんなフレーズを自分が口にするとは思わなかったが、その重要性を痛感するにつけ、国民の危機感のなさに、どんどん気が重くなる。
だから、今日のタウンミーティングでは、攻め込まれたら反撃する、と明言したし、その後の北朝鮮からのミサイル発射にも、迎撃に費用を惜しむなと檄を飛ばした。
今夜のニュースから、都倉には、「タカ派」や「武力行使歓迎大臣」などという嬉しくもないあだ名が付くのだろう。
まあ、それで国民の間に議論を巻き起こせるなら、甘んじて受け入れる。
だが……、防衛意識が、一気に高まるとは思えなかった。
このままでいれば、いつか本当に北朝鮮のミサイルは、日本の領土内に落ちる。そして、大勢の国民の命が奪われた時、突然、国民は、なぜ守れなかったのかと国を責めるだろう。
そこまで待つしかないというのでは、あまりに情けない……。
だが、焦ったところで、何の効果もない。今日の迎撃成功を国民の危機感高揚にどう利用するか。それを考え出す必要があった。
その一方で、中国とアメリカからの干渉という厄介事も抱えている。

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