
いよいよ2025年1月にドナルド・トランプ氏が第47代米国大統領としてホワイトハウスに戻ってくる。2017年からのトランプ政権第1期(トランプ1.0)も、世界を大きく揺さぶったが、トランプ2.0もそれに劣らず、いや前にもまして世界を激しく揺り動かすだろう。
第2次世界大戦後の国際秩序の中心にあって、米国は法の支配や民主主義の価値を重視し、超大国として国際社会を主導する立場を維持してきた。今日でも米国はまさに超大国であり、世界を主導する実力を持ち続けている。しかし、かつてのパックスアメリカーナを謳歌した時と比べれば、米国の影響力は相対的に低下している。そして2013年にバラク・オバマ大統領(当時)がシリア内戦に関連して「米国はもはや世界の警察官ではない」と述べたことに象徴される通り、米国の内向き姿勢が強まる兆しも顕在化している。この状況下でトランプ2.0が始まる。
トランプ氏は、第1期政権時と共通して「米国を再び偉大にする(Make America Great Again:MAGA)」をスローガンに掲げ選挙戦に勝利した。MAGA実現のため、米国第一主義(America First)を強く意識し内外政策を推進していくことは間違いない。その時、米国はかつてそうであったように国際秩序の護り手としての役割を意識しつつ世界に向き合っていくのだろうか。相対的なパワーバランスが変化したとはいえ、超大国としての影響力を持ち続けている米国の世界への関り方の持つインパクトは圧倒的に大きい。日本や欧州のような同盟国も、中国やロシアのような戦略的競争者も、台頭するグローバルサウスも、トランプ2.0の内外政策の行方を、固唾を飲んで見守ることになるだろう。
トランプ2.0の国際情勢へのインパクトは極めて多様である。しかし本稿ではそれに関して、筆者の専門分野であるエネルギーや気候変動問題に関する影響に絞って考察を進める。
「途上国の不満」は中国を利するか
トランプ2.0のエネルギー・気候変動政策を見る上で重要なのは、バイデン政権のそれと180度方向が異なると言えるほどの大きな変化が起こりうることであろう。その最大の象徴は気候変動政策の大転換である。
バイデン政権は発足直後から気候変動危機への対応を最重要課題と位置付け、野心的な気候変動政策を米国内外で実施・展開してきた。国内政策としては、2030年の温室効果ガス(GHG)排出を2005年比で50~52%削減し、2050年には排出ネットゼロを目指す目標を掲げ、その実現のため、インフレ抑制法の下で電気自動車、再エネなどのクリーンエネルギー投資を強力に促進してきた。対外的には、ジョン・ケリー気候特使の活躍の下で、世界的な脱炭素政策強化を働きかけ、国際的な気候変動対策を推進してきた。
しかし、MAGAを重視するトランプ2.0では、気候変動政策は重要政策などではなくなる。気候変動対策に関する国際枠組みである「パリ協定」からの再離脱が確実視され、後ろ向き姿勢が強まる。もちろん、連邦政府としての政策が後ろ向きになっても、各種規制権限を有する州政府の取組みや、個別企業による脱炭素投資が行われるため、米国全体としてはGHG排出は低下していく。しかし、トランプ2.0の下で、米国の排出削減目標の実現はこれまで以上に困難になっていこう。
米国自身の排出削減以上に大きな影響が生じるのは、気候変動問題を巡る国際情勢である。先般の国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)で明確になった通り、気候変動を巡る先進国と途上国の利害対立(南北対立)は極めて深刻である。途上国の基本的立場は、気候変動問題の責任はこれまで化石燃料を大量に消費し、CO2排出を増加させ、その下で経済成長してきた先進国にあり、これから発展・成長する途上国に制約を掛けるような取組みを強いるのは不公平、というものである。そのため途上国の取組みを支援することは先進国の責任であるというスタンスが取られ、COP29でも途上国支援の積み上げが最大の課題であった。
しかし、トランプ2.0では、米国の気候変動対策への関心は著しく低下する。その結果、途上国から見れば、(バイデン政権時のような対策強化に向けた「プレッシャー」は低下するものの)、先進国が責任放棄しているという姿になり、途上国の批判が強まることは避けられない。また、COP29で合意した、途上国支援金額(2035年まで少なくとも年間3000億ドル)も、トランプ政権では協力を期待することはできず、他方で欧州や日本がそれを肩代わりすることもできないため、実現は困難を極めるだろう。そのため途上国の不満がさらに高まること必至である。こうして気候変動を巡る南北対立は一層激化・先鋭化し、その中で、先進国の影響力は地盤沈下していく。

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