「第7次エネルギー基本計画」原案が示す日本の必然的戦略転換

執筆者:小山堅 2025年1月17日
第7次計画の原案では、2030年度の原子力発電量は2200~2400億kWhと、現行計画(1800~2000億kWh)を大幅に上回ることとなる[昨年12月10日に営業運転を再開した島根原子力発電所の2号機(左奥、手前は廃炉作業中の1号機)=2024年12月2日、島根県松江市](C)時事
第7次エネルギー基本計画の原案は、現行の第6次計画が策定された2021年当時から様変わりした国際情勢を反映している。地政学情勢の緊張による安全保障重視の流れと世界的な電力需要拡大の見込みは、再エネとともに原子力を最大限活用するという方針転換に繋がった。第2次トランプ政権の動向や革新的技術導入の遅れなどによっては、2040年度のLNG需要が現状より大幅増となる可能性も提示された。理想が実現しない場合に備える「戦略的プランB」も用意し、エネルギー安定供給の備えを万全にしていく必要がある。

3年ぶりのエネルギー基本計画改定

 2024年12月17日、第7次エネルギー基本計画の原案が発表された。経済産業省の審議会で重ねられてきた議論を踏まえ、日本を取り巻く厳しい内外エネルギー情勢に対応して、「S+3E」(安全性、エネルギー安定供給、経済効率性、環境適合)の同時達成を目指すエネルギー政策の基本方針が示されたのである。

 なお、原案では、「S+3E」について、「安全性を大前提に、エネルギー安定供給を第一として、経済効率性の向上と環境の適合を図る」と明記している。すなわち、日本のエネルギー政策にとって、やはりエネルギーの安定供給確保は筆頭の最重要課題であることを再確認した、と言っても良い。

 そもそもエネルギー基本計画は、2002年制定のエネルギー政策基本法の下で、日本のエネルギー政策の骨格を成す最も重要な基本方針を定めるものであり、概ね3年に一回、改定が行われてきた。改定の度に、その時点での内外情勢と将来展望を徹底的に検討し、それに対応するための政策方針を定めてきた。現行の第6次エネルギー基本計画は2021年10月に閣議決定されたが、その取りまとめのための先行期間はカーボンニュートラルの潮流が世界を席巻していた時期でもあり、客観的に見て、カーボンニュートラル実現と脱炭素化の議論がエネルギー基本計画策定においても圧倒的に重要な影響力を持っていた、ということができるだろう。

国際情勢は激変、安全保障と電力供給が優先課題に

 しかし、現行計画策定時から国際情勢は大きく変貌した。2022年にはロシアによるウクライナ全面侵攻が始まり、国際エネルギー市場の価格は一気に高騰、エネルギー供給不安が世界を震撼させた。2023年にはガザ危機が発生し、中東情勢の流動化が深刻化する状況が続いている。東アジアでも、中台関係や北朝鮮情勢の緊張、さらには韓国政治の混乱など地政学情勢の流動化・緊張の高まりが見られている。こうした状況下、エネルギー安全保障はエネルギー政策にとって最重要の課題として脚光を浴びるようになった。

 かつては石油問題に集中していたエネルギー安全保障の問題が、上述の国際環境の中で複雑化の様相を強めてきたが、地政学問題とは別に、脱炭素(GX)と情報革命(DX)の観点から、電力安定供給の問題が世界的に注目されるようになったことも重要である。脱炭素化の取組みにおいて最も効率的な対策は、エネルギー利用を電力化した上でその電力を既存の脱炭素電源、すなわち原子力と再エネで賄うことであるため、世界的に電力需要が拡大に向かうことになる。加えて、生成AIやデータセンターの大幅拡大も電力需要増大を加速する要因となっている。こうして、増大する電力需要を如何に安定的に、手頃な(競争力のある)価格で、環境に優しく供給するか、という問題が今日のエネルギー安全保障問題における世界共通の重要課題になっているのである。

暮らしや経済に影響を及ぼす「脱炭素化のコスト」

 もちろん、気候変動対策や脱炭素化も待った無しの課題であり続けている。2023年の第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)では、地球の気温上昇を産業革命前から1.5℃以内に抑えるためには、2035年の世界の温室効果ガス(GHG)排出を2019年度比で60%削減する必要がある、との取りまとめを行った。その認識を踏まえつつ、世界各国が2025年2月を目途に新たなGHG排出削減目標を策定し、国連に提出することが求められている。気候変動防止のために、GHG排出60%削減という極めて野心的な目標を掲げ、その実現に向けて取り組む方針が示された、といえよう。

 しかし、その実現は決して容易でない。むしろ、高い「理想」と「現実」の乖離が広がり、世界各国でその乖離に苦しむ状況が顕在化している。理想の実現に向けて取組み強化を図る際に発生するエネルギーコストの上昇を先進国でさえも吸収できず、深刻な社会・政治問題が生じているのである。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
小山堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
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