
様々な集団に計2万5000人
2022年12月、ドイツ政府に対するクーデターを計画していた「ライヒスビュルガー(帝国市民)」のメンバーが、警察の一斉摘発を受けた。武力を用いた国家転覆計画はドイツ社会を震撼させ、世界中で報道された。同グループは、独自の国家の樹立を試みていたとされる。
さらに2024年11月初め、陰謀論を信じる極右過激派グループ「ザクセン分離主義者」のメンバー8人がクーデターを企てていたとして警察に逮捕された。ドイツ東部を武力で占領し、「不要」な人種を排除して、ナチズムに触発された新体制を樹立することを目指していたと当局は発表している。
このように現政府を認めず、独自の国家体制づくりを志向するグループがドイツには少なからずいる。なかでも、戦前のドイツ帝国はまだ合法的に存在すると信じ、ドイツ連邦共和国という国家の存在、現在の法律や制度を認めない人々、運動は「ライヒスビュルガー」と呼ばれる。ドイツにおける反憲法活動を調査する連邦憲法擁護庁によると、2023年時点で約2万5000人がその動きに加わっている。2022年のクーデター計画の中心は「愛国者連合」と呼ばれる一派だが、他にも非常に多様なグループが存在し、その信条や活動もさまざまだ。1970年代に独自国家を宣言したグループが現れ、2010年からその数も種類も増えていったという。
風変わりな思想・陰謀論を信じている人々の集団というだけならば、それほど問題にならなそうだ。しかし、中には過激化し、自分たちの目的のために暴力に訴えようとするグループもいるため、憲法擁護庁の監視下に置かれている。2016年にはライヒスビュルガーが警察官を射殺する事件が起きた。同庁は、ライヒスビュルガーのうち1350人を右翼過激派と分類し、2500人は暴力を行使する潜在的な可能性があると発表している。
ライヒスビュルガーは現国家体制を否定するために、法律を守らなかったり、税金の支払いを拒否したりするなど、社会の秩序を乱そうとする傾向がある。
憲法・領土・国民を抱える「大噓つき」
なかでも最近メディアを賑わせているのが、ライヒスビュルガーのなかでも最大数のメンバーを抱える「ドイツ王国(ケーニヒライヒ・ドイチェランド、KRD)」だ。「王国」といっても、自らそう名乗っているだけで、どこかから正当に認められているわけではない。2012年に元シェフ・元空手トレーナーのペーター・フィツェク(59)という男性が、自らを「最高主権者」とする同“国家”の創設を一方的に宣言した。
KRDは平和や自由などの共通善を希求する「共同福祉国家」と自らを謳う。オルタナティブな生き方を提唱し、「憲法」を制定し、独自の銀行、通貨、年金、医療保険のような制度を持つ。連邦憲法擁護庁によると、2023年11月時点で同グループには6000人以上の会員がおり、800人程度が「国民」と呼ばれているという。各地に古城や農地などの不動産を「領地」として取得し、そこで活動を展開するため、地元住民や行政とトラブルになっている。
KRDの「国民」になるには、独自のテストをパスしなくてはいけないとウェブサイトには書かれている。そこで忠誠を誓えば既存国家の制度から抜け、税金を払わなくても平和や理想のために生きられる、ユートピアのようなKRDに加わることができるとされる。また、自己啓発や代替医療などさまざまなセミナーを提供しており、たとえば「禅とカンフーの原理を日常生活に取り入れ、夢を実現する方法」を学ぶなどといったものがある。ウェブサイトにはウェルネスやチームビルディングに使われそうな明るい画像がちりばめられており、新興宗教のようでもある。
同グループを長年観察してきたザクセン州プロテスタント教会のハラルド・ランプレヒトは、KRDの創始者であるフィツェクは人々を騙して金を出させる、壮大なスケールの「大嘘つき」であると独紙「フライエ・プレセ」に語っている。問題なのは、同組織が法律に従わず、会員から莫大な資金を不当に集めていることだ。フィツェクは無許可で投資や保険業を営業してきたことなどで、何度も実刑判決を受けている。
独自の通貨を扱い、違法な金融機関を通じて資金調達
通常の銀行であれば、規制に基づき、自己資本比率、預金保護などの要件を守る必要がある。しかし、KRDによる「王国王立銀行(KR銀行)」は預金を集めるにもかかわらず、無許可であり、そのような規制には従っていない。扱っているのはユーロと、独自の擬似通貨である「Eマルク」だ。

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